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山寺のひみつ 7
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咳き込みながらこちらを睨んでいるのは、墨衣を着て白い頭巾を被った美しい尼僧だ。
『見えているね』
『バレているね』
『そうみたいね』
諦めて結界を解き、楓たちが竹林から進み出ると尼僧は縁側に腰掛けた。
「昔っから、妖だの何だのが見える性質でね。……最近、城にいる伊奈利山のお狐さまってのは、おまえのことだろう?」
楓がそうだと頷けば、「ちょっと、おまえ人間に化けられないのかい? 話が通じてるかどうかわかりゃしないじゃないか」と文句を言われる。
仕方ない、と楓がくるんと前に一回転して人の姿を取れば、驚くでもなく「なかなかべっぴんだね。若い頃の私には劣るけど」などと持ち上げたのかこき下ろしたのかわからぬ感想を述べられた。
尼僧は、乱れた着物を整えながら、さらりと言う。
「で、もうやったんだろう?」
何のことかわからず楓が沈黙していると「どっちなんだい! はっきりしな!」と叱られた。
「で、どうなんだい?」
「ど、どうって……?」
「あの初心な子の筆おろしをして、ずぶずぶに溺れさせてんじゃないのかい?」
「ふ、筆……ず、ずぶずぶ……」
「まぁ、文字通り盛りのついたイヌだろうしね。で、一体全体、何だってあの男のようなのを野放しにしているんだ。伊奈利山のお狐さまのくせに、不甲斐ない」
尼僧の迫力に押され、楓は訳がわからぬまま取り敢えず謝った。
「……ご、ごめんなさい……」
『楓、弱すぎ』
『弱すぎる』
右近と左近の呆れた眼差しに仕方ないだろう、怖いんだから!と思いつつ、目の前の尼僧はあの男の正体を知っているに違いないと、尋ねてみた。
「それで、あのう……さっきの男は……?」
「おいおい、そんなことも知らないで、城に入りこんでるのかい? まったく、役立たずだねぇ……あいつは、銀嶺の国の神使だよ。あっちの国じゃ真神という狼が神様になったものを信奉しているんだ」
ぱちくりと目を瞬かせる楓に、尼僧は大きな溜息を吐く。
「私の正体もわかっちゃいないんだろう? 淨春院。春之助の母親だよ」
「えっ」
秋弦のことは、神鏡で時々覗いていたが、葛葉の目を盗んで、ごく限られた時間覗いていただけだ。十年の間に色んなことがあったことは断片的には知っていても、詳しい事情まではわからなかった。
「そ、そのう……じゃあ、なんで尼寺に?」
『見えているね』
『バレているね』
『そうみたいね』
諦めて結界を解き、楓たちが竹林から進み出ると尼僧は縁側に腰掛けた。
「昔っから、妖だの何だのが見える性質でね。……最近、城にいる伊奈利山のお狐さまってのは、おまえのことだろう?」
楓がそうだと頷けば、「ちょっと、おまえ人間に化けられないのかい? 話が通じてるかどうかわかりゃしないじゃないか」と文句を言われる。
仕方ない、と楓がくるんと前に一回転して人の姿を取れば、驚くでもなく「なかなかべっぴんだね。若い頃の私には劣るけど」などと持ち上げたのかこき下ろしたのかわからぬ感想を述べられた。
尼僧は、乱れた着物を整えながら、さらりと言う。
「で、もうやったんだろう?」
何のことかわからず楓が沈黙していると「どっちなんだい! はっきりしな!」と叱られた。
「で、どうなんだい?」
「ど、どうって……?」
「あの初心な子の筆おろしをして、ずぶずぶに溺れさせてんじゃないのかい?」
「ふ、筆……ず、ずぶずぶ……」
「まぁ、文字通り盛りのついたイヌだろうしね。で、一体全体、何だってあの男のようなのを野放しにしているんだ。伊奈利山のお狐さまのくせに、不甲斐ない」
尼僧の迫力に押され、楓は訳がわからぬまま取り敢えず謝った。
「……ご、ごめんなさい……」
『楓、弱すぎ』
『弱すぎる』
右近と左近の呆れた眼差しに仕方ないだろう、怖いんだから!と思いつつ、目の前の尼僧はあの男の正体を知っているに違いないと、尋ねてみた。
「それで、あのう……さっきの男は……?」
「おいおい、そんなことも知らないで、城に入りこんでるのかい? まったく、役立たずだねぇ……あいつは、銀嶺の国の神使だよ。あっちの国じゃ真神という狼が神様になったものを信奉しているんだ」
ぱちくりと目を瞬かせる楓に、尼僧は大きな溜息を吐く。
「私の正体もわかっちゃいないんだろう? 淨春院。春之助の母親だよ」
「えっ」
秋弦のことは、神鏡で時々覗いていたが、葛葉の目を盗んで、ごく限られた時間覗いていただけだ。十年の間に色んなことがあったことは断片的には知っていても、詳しい事情まではわからなかった。
「そ、そのう……じゃあ、なんで尼寺に?」
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