キツネつきのお殿さま

山寺のひみつ 5

　そっと門から覗くと、小ぢんまりした本堂の裏手側へ石畳が延びている。

　臭いを辿り、でこぼこした石で滑らないよう気を付けながら進んでいくと、うっそうとした竹林の向こうに、ひっそりと佇む茅葺かやぶき屋根の鄙ひなびた草庵があった。

　草庵は三分の一ほど池にはみ出た造りになっており、修行のためというよりは人里離れた静寂を楽しむために造られたもののように見えた。

　遅咲きの桜がひらりひらりと風に舞う中、きょろきょろしながら近づいていくと人の話声が漏れ聞こえてくる。

　縁側からさらに近寄ろうとしたとき、左右から口を塞がれ、一気に竹林の中へと引き戻された。

　ぽわんという音がして、周囲が青白く光る。

『なにしてるの!?　楓』
『食べられたいの!?　楓』

　左右から楓を抱えるようにして竹林の中へ引き摺り戻したのは、少年姿の右近と左近だった。

　どうやら、豊受姫の力をちょっとばかり拝借して、結界を張ったらしい。

「な……むぐぅ」

　どうしてここにいるのだと言おうとした口を再び塞がれ、右近左近ごと、強制的に後ろへ一回転させられた。

『飛んで火に入る夏の虫だよ』

『虎の尾ならぬ狼の尾を踏んでるよ』

　黒狐の姿に戻った右近と左近は、顔を見合わせてがっくりと頭を垂れた。

『二人とも、どうしてここに？』

　偶然ではなさそうだ。楓が問うと、二人は大きな溜息を吐いて事情を説明した。

『葛葉さまから連絡があったんだよ』

『不届き者たちが照葉に入ったってね』

　二人の視線は草庵に注がれているが、「たち」ということは複数いるということだろうけれど、どこにいるのだろうか。

『お城に来たはずだけど？』

『餌を食べるのに夢中だったんじゃないの？』

　飴を食べていたことを思い出し、楓が視線をさまよわせていると、二人は「ふう」と息を吐いた。

『取り敢えず、聞いてみる？』

『どうせ聞いてもわからないと思うけど』

　馬鹿にするような視線を受けて、楓はむっとした。

『聞いてみなきゃ、わからないかどうかわからないもの！』

　右近と左近は首を振ったが、いきなり話し声が聞こえてきた。

「今度は色仕掛けとはねぇ……なりふりかまっていられないってことかい。でも、敵は手強いんじゃないかねぇ？」