キツネつきのお殿さま

唯純 楽

文字の大きさ
上 下
62 / 159

山寺のひみつ 2

しおりを挟む
「お殿さまが好きな飴だよ。月に一回、飴屋がたくさん届けてくれるんだけど、お殿さまは私らにも分けてくださるんだ」

 いつでも周りの人たちのことを考えているのは、秋弦らしい。「やっぱりうちのお殿さまが一番だよ」と女が独り言ちるのにうんうん頷きながら、うっかり飴玉を呑み込んでしまわないよう慎重に舌の上で転がしていると、ドタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。

「ちょっとちょっと! 今、よその国から使者が来ているんだよ!」

 滑り込むように走り込んで来た女が興奮しながら声を潜める様に、ずいぶん器用だと楓は感心してしまう。

「さっきちらりと見たんだけど、白い髪やら赤い髪やら、そりゃもうお殿さまみたいに背が高くっていい男がたっくさんいてさぁ……」

 興奮で顔を赤くした女がうっとりした様子で語る。

「へぇ? じゃあ、お殿さまの親戚かねぇ?」

「聞いた話じゃ、銀嶺の国から来たらしいから、まぁ、親戚かね」

 そのくくりは、照葉の国で生まれた者はみんな親戚と言うくらいに大雑把ではないかと思ったが、女たちの言う通り、秋弦に銀嶺の国の血が流れているのは本当のことだ。

 秋弦の母は銀嶺の国出身で、そのせいで秋弦は「異形」なのだということを、十年前に本人から直接聞いている。 

「しっかし、あんまり綺麗なんで、びっくりしたよ。本当に人間なのかと疑っちまうよ」

 後からやって来た女は一時たりとも喋るのをやめるつもりはないようだが、テキパキと井戸から水をくみ上げ、飴をくれた女と並んで座り、山積みになっている大根をがしがしと洗い始める。

「お殿さまで見慣れていてもかい?」

「うーん、うちのお殿さまとはちょっと違うんだよねぇ。お殿さまは、お天道様みたいにあったかい色と雰囲気で、親しみやすいだろう? それに、こっちから挨拶すると、待ってましたとばかりに嬉しそうに挨拶を返してくれる、ちょっと恥ずかしがり屋なところが可愛いじゃないか。でも、今来ている銀嶺の人たちは、月みたいに冷え冷えとしているというか、なんかこう、近寄りがたいと言うか……目つきも鋭くってねぇ……」

「それじゃあ、まるで悪党だよ」

「まぁ、でも、わざわざ山を越えてやって来たってことは、余程の話だろう? もしかしてお殿さまへ縁談を持ちかけに来たのかも」

 縁談、と聞いて楓は耳をピンと立てた。

 ――縁談とは、聞き捨てならない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...