キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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山寺のひみつ 2

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「お殿さまが好きな飴だよ。月に一回、飴屋がたくさん届けてくれるんだけど、お殿さまは私らにも分けてくださるんだ」

 いつでも周りの人たちのことを考えているのは、秋弦らしい。「やっぱりうちのお殿さまが一番だよ」と女が独り言ちるのにうんうん頷きながら、うっかり飴玉を呑み込んでしまわないよう慎重に舌の上で転がしていると、ドタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。

「ちょっとちょっと! 今、よその国から使者が来ているんだよ!」

 滑り込むように走り込んで来た女が興奮しながら声を潜める様に、ずいぶん器用だと楓は感心してしまう。

「さっきちらりと見たんだけど、白い髪やら赤い髪やら、そりゃもうお殿さまみたいに背が高くっていい男がたっくさんいてさぁ……」

 興奮で顔を赤くした女がうっとりした様子で語る。

「へぇ? じゃあ、お殿さまの親戚かねぇ?」

「聞いた話じゃ、銀嶺の国から来たらしいから、まぁ、親戚かね」

 そのくくりは、照葉の国で生まれた者はみんな親戚と言うくらいに大雑把ではないかと思ったが、女たちの言う通り、秋弦に銀嶺の国の血が流れているのは本当のことだ。

 秋弦の母は銀嶺の国出身で、そのせいで秋弦は「異形」なのだということを、十年前に本人から直接聞いている。 

「しっかし、あんまり綺麗なんで、びっくりしたよ。本当に人間なのかと疑っちまうよ」

 後からやって来た女は一時たりとも喋るのをやめるつもりはないようだが、テキパキと井戸から水をくみ上げ、飴をくれた女と並んで座り、山積みになっている大根をがしがしと洗い始める。

「お殿さまで見慣れていてもかい?」

「うーん、うちのお殿さまとはちょっと違うんだよねぇ。お殿さまは、お天道様みたいにあったかい色と雰囲気で、親しみやすいだろう? それに、こっちから挨拶すると、待ってましたとばかりに嬉しそうに挨拶を返してくれる、ちょっと恥ずかしがり屋なところが可愛いじゃないか。でも、今来ている銀嶺の人たちは、月みたいに冷え冷えとしているというか、なんかこう、近寄りがたいと言うか……目つきも鋭くってねぇ……」

「それじゃあ、まるで悪党だよ」

「まぁ、でも、わざわざ山を越えてやって来たってことは、余程の話だろう? もしかしてお殿さまへ縁談を持ちかけに来たのかも」

 縁談、と聞いて楓は耳をピンと立てた。

 ――縁談とは、聞き捨てならない。
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