61 / 159
山寺のひみつ 1
しおりを挟む
楓は、朝一番で角右衛門に詫び状を届けた後、いつものごとく謁見する秋弦の傍にくっついていたが、昼餉の後で寺社奉行と難しい話をし始めたので、日課となっている城内の挨拶まわりに出かけることにした。
御庭番が箒で掃き集めた落ち葉を蹴散らし、奥医師が奇天烈な臭いのする薬を調合する傍でうっかり尻尾を振り回して粉をまき散らし。学者のところへお邪魔して遠い国の面白い話を聞いたり、女中や下女たちの傍で噂話や笑い話、恋のお悩みなどをひと通り聞いたりした後、足早に城門へ向かった。
小伊奈利神社の右近左近に確かめたいことがあったのだ。
昨夜、一本足の傘から白い牙を受け取った途端、秋弦の様子がおかしくなった。
妖の作った牙は妖にすぎず、消えてしまったので詳しく確かめられなかったが、牙を受け取った秋弦は、突然楓に襲い掛かり、噛みついた。
ロクに言葉を発することなく楓を貪る秋弦の様子は、人間と言うよりも獣に近く、本当に食べられるのではないかと思ってしまった。
楓としては、秋弦が人間であろうと獣であろうと、たとえ天敵であろうと交わるのに何の問題もない。『つがい』になれさえすればいい。
でも、秋弦がつらかったり、苦しかったりするのはいけない。
噛みつかれたのは痛かったけれど、噛みついたことを詫びる秋弦のほうが、もっと痛くて苦しそうな顔をしていた。
しかも、人間の姿のまま一緒に寝てくれと言った秋弦は、子どものように怯えていた。
春之助も朝からピリピリしていたし、何か良くないことが起きそうだ。
一本足の傘が『イヌがウロついている』と言っていた件について、右近と左近なら葛葉から何か聞いているかもしれない。
「あら、楓。どうしたんだい? お殿さまが忙しくてかまってくれないのかい?」
城門へと向かう道すがら、台所近くの井戸を通りかかった楓に、大根を洗っていた下女が気付いて呼びかけた。
くるりと振り返ると、手招きされる。
呼ばれて無視するわけにもいかず、トコトコと歩み寄れば、懐から小さな紙袋を取り出して、手毬のような美しい模様の入った飴玉を一つくれた。
御庭番が箒で掃き集めた落ち葉を蹴散らし、奥医師が奇天烈な臭いのする薬を調合する傍でうっかり尻尾を振り回して粉をまき散らし。学者のところへお邪魔して遠い国の面白い話を聞いたり、女中や下女たちの傍で噂話や笑い話、恋のお悩みなどをひと通り聞いたりした後、足早に城門へ向かった。
小伊奈利神社の右近左近に確かめたいことがあったのだ。
昨夜、一本足の傘から白い牙を受け取った途端、秋弦の様子がおかしくなった。
妖の作った牙は妖にすぎず、消えてしまったので詳しく確かめられなかったが、牙を受け取った秋弦は、突然楓に襲い掛かり、噛みついた。
ロクに言葉を発することなく楓を貪る秋弦の様子は、人間と言うよりも獣に近く、本当に食べられるのではないかと思ってしまった。
楓としては、秋弦が人間であろうと獣であろうと、たとえ天敵であろうと交わるのに何の問題もない。『つがい』になれさえすればいい。
でも、秋弦がつらかったり、苦しかったりするのはいけない。
噛みつかれたのは痛かったけれど、噛みついたことを詫びる秋弦のほうが、もっと痛くて苦しそうな顔をしていた。
しかも、人間の姿のまま一緒に寝てくれと言った秋弦は、子どものように怯えていた。
春之助も朝からピリピリしていたし、何か良くないことが起きそうだ。
一本足の傘が『イヌがウロついている』と言っていた件について、右近と左近なら葛葉から何か聞いているかもしれない。
「あら、楓。どうしたんだい? お殿さまが忙しくてかまってくれないのかい?」
城門へと向かう道すがら、台所近くの井戸を通りかかった楓に、大根を洗っていた下女が気付いて呼びかけた。
くるりと振り返ると、手招きされる。
呼ばれて無視するわけにもいかず、トコトコと歩み寄れば、懐から小さな紙袋を取り出して、手毬のような美しい模様の入った飴玉を一つくれた。
0
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説


淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる
櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。
彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。
だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。
私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。
またまた軽率に短編。
一話…マリエ視点
二話…婚約者視点
三話…子爵令嬢視点
四話…第二王子視点
五話…マリエ視点
六話…兄視点
※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。
スピンオフ始めました。
「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。
ふまさ
恋愛
伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。
「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」
正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。
「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」
「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」
オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。
けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。
──そう。
何もわかっていないのは、パットだけだった。

王妃の鑑
ごろごろみかん。
恋愛
王妃ネアモネは婚姻した夜に夫からお前のことは愛していないと告げられ、失意のうちに命を失った。そして気づけば時間は巻きもどる。
これはネアモネが幸せをつかもうと必死に生きる話
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる