キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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山寺のひみつ 1

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 楓は、朝一番で角右衛門に詫び状を届けた後、いつものごとく謁見する秋弦の傍にくっついていたが、昼餉の後で寺社奉行と難しい話をし始めたので、日課となっている城内の挨拶まわりに出かけることにした。

 御庭番が箒で掃き集めた落ち葉を蹴散らし、奥医師が奇天烈な臭いのする薬を調合する傍でうっかり尻尾を振り回して粉をまき散らし。学者のところへお邪魔して遠い国の面白い話を聞いたり、女中や下女たちの傍で噂話や笑い話、恋のお悩みなどをひと通り聞いたりした後、足早に城門へ向かった。

 小伊奈利神社の右近左近に確かめたいことがあったのだ。

 昨夜、一本足の傘から白い牙を受け取った途端、秋弦の様子がおかしくなった。

 妖の作った牙は妖にすぎず、消えてしまったので詳しく確かめられなかったが、牙を受け取った秋弦は、突然楓に襲い掛かり、噛みついた。

 ロクに言葉を発することなく楓を貪る秋弦の様子は、人間と言うよりも獣に近く、本当に食べられるのではないかと思ってしまった。

 楓としては、秋弦が人間であろうと獣であろうと、たとえ天敵であろうと交わるのに何の問題もない。『つがい』になれさえすればいい。

 でも、秋弦がつらかったり、苦しかったりするのはいけない。

 噛みつかれたのは痛かったけれど、噛みついたことを詫びる秋弦のほうが、もっと痛くて苦しそうな顔をしていた。

 しかも、人間の姿のまま一緒に寝てくれと言った秋弦は、子どものように怯えていた。

 春之助も朝からピリピリしていたし、何か良くないことが起きそうだ。

 一本足の傘が『イヌがウロついている』と言っていた件について、右近と左近なら葛葉から何か聞いているかもしれない。

「あら、楓。どうしたんだい? お殿さまが忙しくてかまってくれないのかい?」

 城門へと向かう道すがら、台所近くの井戸を通りかかった楓に、大根を洗っていた下女が気付いて呼びかけた。

 くるりと振り返ると、手招きされる。

 呼ばれて無視するわけにもいかず、トコトコと歩み寄れば、懐から小さな紙袋を取り出して、手毬のような美しい模様の入った飴玉を一つくれた。
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