キツネつきのお殿さま

真神さまの使い 5

「文はこちらに」

　角右衛門が差し出した書状には、三の姫である更姫との縁談について様々な角度からの利点が書かれていたが、要約すると照葉の国と手を結び、近年力を増して周辺諸国に手を出そうとしている金剛こんごうの国を牽制したいということに尽きた。

　金剛の国は銀嶺の国から更に西にある大国だ。

　照葉の国と金剛の国との間には、銀嶺の国を始めとしていくつかの国が挟まっているため、これまで直接の影響はないが、現在の金剛の国の主は野心家だという話は聞いていた。

　一方的な条件で取引を持ちかけ、断れば襲いかかるといった方法で、近隣の小さな国を次々と飲み込み、領土を広げている。金で支配できなければ武力で支配し、どちらも難しければ半ば強引に婚姻関係を結ぶ。今や、かの国の主には数十人の側室がいるらしい。

「銀嶺の国は、よほど金剛の国に従いたくないと見える」

「それはどの国とて同じでしょう。言葉も信ずるものも、姿形も違うとなれば」

　寺社奉行の言うとおり、異質なものを拒否したくなるのは自然な反応でもある。

　無意識のうちに身を守ろうとして拒絶するのは、少しも不思議ではない。秋弦のこれまでの経験では、知らぬものをもっと知りたいと好奇心を抱くより、遠ざけて目を逸らそうとする者が大半だった。

「しかし、己と違うからと言って、闇雲に避けても策は見つかりますまい。相手を落とすには、まずは相手のことをよく知らなくてはならないのは、女子と一緒。難攻不落と思える相手でも、よぅく観察すれば攻めどころが見つかるものですぞ」

　秋弦は、国の話と女子を口説く話を同列に並べた角右衛門の無茶ぶりに呆れたが、その言わんとするところは理解した。

「角右衛門殿の言うとおりかもしれませんな。人は、知らないものに怯える反面、興味をそそられる。未知のものへの恐れと憧れは、まさに表裏一体」

「女子は一生かかっても解けぬ謎と思って、腰を据えて取り掛かるべきですぞ。殿」

「そうだな。今もじいが、ばあやの尻に敷かれているところからして、一生かかっても攻略できぬ手強い相手だということは、想像に難くない」

　説教されるばかりでは面白くないと秋弦が揶揄すれば、角右衛門は顔を赤くして眦を吊り上げた。

「なっ！　殿っ！　冗談を言っている場合ではっ……」