キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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真神さまの使い 4

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 角右衛門と寺社奉行は唖然とした表情で顔を見合わせた後、二人そろって秋弦に詰め寄った。

「なんとっ!? お手付きしておきながら、何の約束もしていないとはっ! じいは殿をそのような卑怯な男に育てた覚えはありませぬぞっ!」

「殿! 夫婦の契りをなかったことにするなど、罰が当たりますぞ!」

 秋弦は、楓を妻に迎えるのが当然――というよりも既に夫婦であるかのように語る二人を見て、自分の常識に自信がなくなってきた。

 楓は間違いなく白狐のはずで、特殊な例を除き、人間と狐は夫婦にはならないものだと思っていたが、お狐さまの末裔ならば問題ないのだろうか。

 そうであるならば、子どもはどちらの姿で生まれてくるのだろう? ぜひ、ふわふわした毛並みを堪能できる子狐で生まれてほしいが……。

「もちろん、側室としてお迎えするという手もありましょう。しかし……」

 角右衛門が苦渋の表情で妥協案を示すが、そもそも照葉の国主が側室を持つのはあくまでも正室に子ができないなどといった理由がある場合だ。無理に側室を持てば、秋弦の父母のように、こじれてしまうかもしれない。

「楓殿が、よしとするかどうか」

 寺社奉行は、楓がきっと悲しむだろうと眉根を寄せた。

 悲しそうな姿の楓を思い浮かべた途端に、その柔らかな体を抱きしめたくなる。

「殿?」

 訝しむ角右衛門の声で我に返った秋弦は、咳払いで妄想を打ち消し、すぐに返事をしたためると告げた。

「はるばるやって来た使者に門前払いを食らわせるわけにもいかぬだろう。楓のことは……色々と複雑な事情がある。じいや皆には心配をかけているとわかっているが、決してないがしろにするつもりはない。今しばらく黙って見守っていてくれ」

 角右衛門と寺社奉行は顔を見合わせたものの、秋弦の真摯な態度で理解してくれたようだ。
 渋々頷きながら、「女子に隠し事は通用しませぬぞ」「隠そうとすればするほど、バレるもの」「怒れる妻を鎮めるには、洗いざらい白状するのが一番」「しかし、余計なおしゃべりは災いを招くだけですぞ」「自分に非がなくとも、ひたすら詫びの一手が定石」「くれぐれも、くれぐれも! 表立って妻に逆らってはいけませぬ」などと言う。

 秋弦は、やけに実感のこもった二人の忠告に、神妙な面持ちで頷いておいた。

 「しかと心に留めておこう」
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