56 / 159
真神さまの使い 4
しおりを挟む
角右衛門と寺社奉行は唖然とした表情で顔を見合わせた後、二人そろって秋弦に詰め寄った。
「なんとっ!? お手付きしておきながら、何の約束もしていないとはっ! じいは殿をそのような卑怯な男に育てた覚えはありませぬぞっ!」
「殿! 夫婦の契りをなかったことにするなど、罰が当たりますぞ!」
秋弦は、楓を妻に迎えるのが当然――というよりも既に夫婦であるかのように語る二人を見て、自分の常識に自信がなくなってきた。
楓は間違いなく白狐のはずで、特殊な例を除き、人間と狐は夫婦にはならないものだと思っていたが、お狐さまの末裔ならば問題ないのだろうか。
そうであるならば、子どもはどちらの姿で生まれてくるのだろう? ぜひ、ふわふわした毛並みを堪能できる子狐で生まれてほしいが……。
「もちろん、側室としてお迎えするという手もありましょう。しかし……」
角右衛門が苦渋の表情で妥協案を示すが、そもそも照葉の国主が側室を持つのはあくまでも正室に子ができないなどといった理由がある場合だ。無理に側室を持てば、秋弦の父母のように、こじれてしまうかもしれない。
「楓殿が、よしとするかどうか」
寺社奉行は、楓がきっと悲しむだろうと眉根を寄せた。
悲しそうな姿の楓を思い浮かべた途端に、その柔らかな体を抱きしめたくなる。
「殿?」
訝しむ角右衛門の声で我に返った秋弦は、咳払いで妄想を打ち消し、すぐに返事をしたためると告げた。
「はるばるやって来た使者に門前払いを食らわせるわけにもいかぬだろう。楓のことは……色々と複雑な事情がある。じいや皆には心配をかけているとわかっているが、決してないがしろにするつもりはない。今しばらく黙って見守っていてくれ」
角右衛門と寺社奉行は顔を見合わせたものの、秋弦の真摯な態度で理解してくれたようだ。
渋々頷きながら、「女子に隠し事は通用しませぬぞ」「隠そうとすればするほど、バレるもの」「怒れる妻を鎮めるには、洗いざらい白状するのが一番」「しかし、余計なおしゃべりは災いを招くだけですぞ」「自分に非がなくとも、ひたすら詫びの一手が定石」「くれぐれも、くれぐれも! 表立って妻に逆らってはいけませぬ」などと言う。
秋弦は、やけに実感のこもった二人の忠告に、神妙な面持ちで頷いておいた。
「しかと心に留めておこう」
「なんとっ!? お手付きしておきながら、何の約束もしていないとはっ! じいは殿をそのような卑怯な男に育てた覚えはありませぬぞっ!」
「殿! 夫婦の契りをなかったことにするなど、罰が当たりますぞ!」
秋弦は、楓を妻に迎えるのが当然――というよりも既に夫婦であるかのように語る二人を見て、自分の常識に自信がなくなってきた。
楓は間違いなく白狐のはずで、特殊な例を除き、人間と狐は夫婦にはならないものだと思っていたが、お狐さまの末裔ならば問題ないのだろうか。
そうであるならば、子どもはどちらの姿で生まれてくるのだろう? ぜひ、ふわふわした毛並みを堪能できる子狐で生まれてほしいが……。
「もちろん、側室としてお迎えするという手もありましょう。しかし……」
角右衛門が苦渋の表情で妥協案を示すが、そもそも照葉の国主が側室を持つのはあくまでも正室に子ができないなどといった理由がある場合だ。無理に側室を持てば、秋弦の父母のように、こじれてしまうかもしれない。
「楓殿が、よしとするかどうか」
寺社奉行は、楓がきっと悲しむだろうと眉根を寄せた。
悲しそうな姿の楓を思い浮かべた途端に、その柔らかな体を抱きしめたくなる。
「殿?」
訝しむ角右衛門の声で我に返った秋弦は、咳払いで妄想を打ち消し、すぐに返事をしたためると告げた。
「はるばるやって来た使者に門前払いを食らわせるわけにもいかぬだろう。楓のことは……色々と複雑な事情がある。じいや皆には心配をかけているとわかっているが、決してないがしろにするつもりはない。今しばらく黙って見守っていてくれ」
角右衛門と寺社奉行は顔を見合わせたものの、秋弦の真摯な態度で理解してくれたようだ。
渋々頷きながら、「女子に隠し事は通用しませぬぞ」「隠そうとすればするほど、バレるもの」「怒れる妻を鎮めるには、洗いざらい白状するのが一番」「しかし、余計なおしゃべりは災いを招くだけですぞ」「自分に非がなくとも、ひたすら詫びの一手が定石」「くれぐれも、くれぐれも! 表立って妻に逆らってはいけませぬ」などと言う。
秋弦は、やけに実感のこもった二人の忠告に、神妙な面持ちで頷いておいた。
「しかと心に留めておこう」
0
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説


〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。
藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。
学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。
入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。
その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。
ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。


【完】隣国に売られるように渡った王女
まるねこ
恋愛
幼いころから王妃の命令で勉強ばかりしていたリヴィア。乳母に支えられながら成長し、ある日、父である国王陛下から呼び出しがあった。
「リヴィア、お前は長年王女として過ごしているが未だ婚約者がいなかったな。良い嫁ぎ先を選んでおいた」と。
リヴィアの不遇はいつまで続くのか。
Copyright©︎2024-まるねこ

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

真実の愛がどうなろうと関係ありません。
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。
婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。
「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」
サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。
それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。
サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。
一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。
若きバラクロフ侯爵レジナルド。
「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」
フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。
「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」
互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。
その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは……
(予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる