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兄と弟 5
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お遊の方は、秋弦の母が正室であることをずっと不満に思っていたと言い、銀嶺の国の出身である上に、高貴な血筋でも何でもない巫女風情が正室で、その息子が国主になるなどおかしいと訴えた。
照葉の国を支えてきた豪商の出である自分が生んだ、生粋の照葉の血を持つ春之助こそが照葉の国を継ぐに相応しい。異形の秋弦では民の心も掴めまいと言い募った。
お遊の方と同じ考えの者は家臣にも少なからずいたはずで、それゆえに大胆にも城中で正室と世継ぎの暗殺を企て、実行することができたのだろうが、失脚した側室に手を差し伸べようとする者は誰もいなかった。
本人がやったと言う以上、わざわざ否定する必要もない。正室を殺めた罪は重く、いくら側室であろうと、打ち首になってもおかしくない大罪だ。
しかし、秋弦が父に助命を嘆願したため、生涯尼寺に幽閉という沙汰で落着した。
母を殺され、自分も殺されかけたのだ。そう簡単に許す気にはなれなかったが、お遊の方が処刑されるようなことになれば、春之助も処刑すべきだと言い出す者が出てくるかもしれない。あくまでもお遊の方だけに罪があることを明確にし、可能な限り穏便に済ませなくてはならなかった。
そうしなければ、春之助は自分も死ぬと言い出すだろうと思ったのだ。
秋弦にとって、春之助はお遊の方の子どもではない。あくまで血の繋がった「弟」だ。
母を失った上に、大事な弟まで失いたくなかった。
洗面を終えた秋弦が立ち上がると、着替えを手伝おうと跪いた春之助がきっぱり宣言する。
「今度こそ、逃しません」
春之助は、五年前のこと、十年前のことについて、すべてお遊の方の仕業であり、情状酌量の余地などないと信じている。自分の母親は、狡猾で、強かで、卑劣な人間だと信じているのだろう。
「春之助。疑いに曇った目で見れば、無垢な赤子ですら怪しく見える。真の敵を見誤ることになっては、目も当てられない。まずは情報を集めるところからだ」
怪しいというだけでは、何の証拠にもならない。
敵であるはずの者がそうではなく、味方であるはずの者が敵であったと後から気付くことは、ままある。人は、優しさを装うことができると同時に、罪を装うこともできると秋弦は知っている。
照葉の国を支えてきた豪商の出である自分が生んだ、生粋の照葉の血を持つ春之助こそが照葉の国を継ぐに相応しい。異形の秋弦では民の心も掴めまいと言い募った。
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