キツネつきのお殿さま

唯純 楽

文字の大きさ
上 下
50 / 159

兄と弟 4

しおりを挟む
 翌朝、夢の続きでいつものように春之助の声で目覚めた秋弦は、腕の中の楓が白狐の姿に戻っていることを少々残念に思った。

 春之助や角右衛門の声でなく、楓のはにかんだ笑みと愛らしい声で目覚められたなら、どんなに幸せだろうか……。

「兄上。朝から妄想全開で鼻の下を伸ばすのは、おやめください」

「……」

 ぐっすり眠っていてぴくりともしない楓の肩のあたりに、昨夜の傷がないことをそっと確かめてから夜着から出て下段へ下りた。

「昨日、淨春院のもとを不審な者が訪れたようです。捕らえますか?」

 洗面の準備を整えながら、春之助が唐突に告げる。

 その顔には何の感情も浮かんでいないが、かえって不自然だ。

「まだ、そうと決まったわけではないだろう」

「後手に回るわけにはいきません」

「春之助」

 証拠もなく断定するなと秋弦がたしなめると、春之助は冷ややかな眼差しで見つめ返した。

「兄上。次はない。五年前に大殿はそう言ったはずです」

 五年前、春之助の生母であるお遊の方は、落飾らくしょくして淨春院じょうしゅんいんという名になり、城を出て郊外の尼寺へ移った。

 以来、秋弦も春之助も、会っていない。

 尼寺で祈りの日々を送っていると言えば聞こえはいいが、一生尼寺の敷地より外へ出ることは許されていない。

「首を刎ねられるべき大罪を犯した身。生かしておくべきではなかったのです」

 嫌悪と憎悪を隠そうともしない春之助は秀麗な顔を歪め、実の母親の死を望んだ。



 お遊の方が秋弦の殺害を企てたと発覚したのは、五年前のことだ。

 秋弦は、二の丸御殿で療養していた母のもとを訪れた際、危うく毒殺されかけた。

 茶に毒が入れられており、秋弦は一口飲んですぐに気付いて吐き出したため命拾いしたが、先に飲んでしまったお光は助からなかった。

 毒を入れた女中は、捕らえられる前に、どこから手に入れたのか短刀で胸を突いて命を絶った。女中は、遺書代わりにお遊の方に唆されたと証言する手紙を部屋に残していたため、お遊の方を問い質したところ、あっさりと秋弦の毒殺を企てたことを認めた。

 しかも犯人が不明のままだった十年前の秋弦のかどわかしについても、自分が企てたと白状した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

はっきり言ってカケラも興味はございません

みおな
恋愛
 私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。  病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。  まぁ、好きになさればよろしいわ。 私には関係ないことですから。

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

婚約者は他の女の子と遊びたいようなので、私は私の道を生きます!

皇 翼
恋愛
「リーシャ、君も俺にかまってばかりいないで、自分の趣味でも見つけたらどうだ。正直、こうやって話しかけられるのはその――やめて欲しいんだ……周りの目もあるし、君なら分かるだろう?」 頭を急に鈍器で殴られたような感覚に陥る一言だった。 そして、チラチラと周囲や他の女子生徒を見る視線で察する。彼は他に想い人が居る、または作るつもりで、距離を取りたいのだと。邪魔になっているのだ、と。

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。 ※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)  

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

処理中です...