キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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兄と弟 3

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「母上は……ないものねだりなのです。手にすべきでないものは、結局手に入らない。手に入れたと思っても、失ってしまうものだというのに、欲しいという自分の気持ちしか見えていないのです」

 春之助は、独り言のように呟いて、抱いていた猫をそっと母猫のもとへ戻してやった。

「それに……自分が持っているものも、よく見えていないのです」

 何やら小難しいことを言っていると思ったが、春之助の言いたいことは何となく理解できた。

「つまり、春之助の母上は、春之助のことをちゃんと見ていないということだな」

 秋弦が自分なりに解釈してまとめると、春之助は黒目がちの目を大きく見開いて秋弦をじっと見つめ、いきなり泣き出した。

「お、おい、春之助……」

 相手を泣かせるのはいけないことだという考えが秋弦を慌てさせたが、春之助は泣きじゃくったりはせず、すぐに涙を拭うとにっこり笑った。

「兄上。また明日、会いに来てもよろしいですか」

「あ、ああ。今くらいの時間から夕餉までの間なら、大抵暇にしているから、好きなときに来るといい」

 基本的に、秋弦は自分が人に好かれる人間だとは思っていないので、他人に深く関わろうとはしないが、相手から近寄って来たときは別だ。

 春之助は弟だし、聡明で素直でもある。何より、出産したばかりの神経質になっている猫が嫌がらなかったのだから、いい人間なのだろう。

 ごそごそと縁の下から這い出して行く春之助を見送って、秋弦は父へ願い事をしてみようと思った。

 春之助には、兄弟なのだから仲良くしてもおかしくないと言ったが、正室である母と側室であるお遊の方の仲が良くないことは秋弦も知っている。

 でも、父の口から、秋弦と春之助は兄弟なのだから照葉の国のために助け合い、仲良くして当然だと、母親たちを含め皆に言ってもらえれば、春之助は気兼ねなく秋弦のところへ遊びに来られるようになるはずだ。

 縁の下から這い出た秋弦は着物の埃をはらい、階段を駆け上がった。
いつになく弾む胸を抱えて入側を足早に歩く秋弦は、ふと自分は何故こんなに急いでいるのだろうかと首を傾げた。

しかし、向こう側から歩いてくる父が穏やかな笑みを向けてくれる様に、秋弦は答えを見つけた。

 春之助の笑った顔は、父にとてもよく似ていた。

 その日から、春之助は秋弦の異母弟ではなく「弟」となった。
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