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兄と弟 2
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「なんだ、春之助か。かまわないから、入って来るといい」
異母弟とは公の行事などで何度か顔を合わせたことはあるが、遠くから一瞥した程度で、まともに面と向かって言葉を交わすのは初めてだ。
それでも、血の繋がった弟だというだけで、秋弦の警戒心は霧散する。
「失礼します」
ごそごそと潜り込んで来た春之助に、抱いていた子猫を押し付けるようにして渡してやると、おっかなびっくりといった様子で受け止める。
「……随分と、小さいものなのですね」
「母親があれなのだから、そんなものだろう」
母体の大きさを考えれば、子どもの大きさは妥当なものだ。
もしかして、春之助は猫自体を見たことがないのかと、秋弦は思った。
「初めて見るのか?」
「母が、動物嫌いなので……近くで見たことはありません」
「ふうん。だったら、母上のいないところで会えばいいだろう?」
何も、四六時中母親と一緒にいる必要はないだろうと秋弦が言えば、春之助は驚いたように目を丸くする。
「父上が、男子たるものいつまでも女子の後ろに隠れているようでは、情けないと言っていたぞ」
秋弦が父の受け売りで諭すと、春之助はしゅんとして俯いた。
「……はい」
その様子から、はきはき喋る春之助は大人びて見えるけれども、自分より五つも年下だったということを思い出し、秋弦は逃げ道を付け足してやった。
「でも、母上という生き物は時々鬼のように怖いからな。見たくなったら、私に会いに行くと言えばいい。兄弟なのだし、会って話をしてはいけないなんてことは、ないだろう」
「あの、あにう……惣一朗様も、母上が怖いのですか?」
兄ではなく幼名で秋弦を呼び直した春之助は、五歳にしては礼儀正しすぎるようだ。
自分が同じ年頃だったときは、さんざんばあやとじいを困らせていたことを思い返し、春之助を気の毒に思った。
「兄弟で、惣一朗様は変だ。兄上がいい。ちなみに、俺の母上は鬼というより狼だな。油断するとがぶりと噛みつかれる。まぁ、春之助の母上も同じくらい怖いみたいだな」
時折聞こえてくる女中たちの噂では、春之助の母お遊の方は気が強くて癇癪持ちとのことだった
異母弟とは公の行事などで何度か顔を合わせたことはあるが、遠くから一瞥した程度で、まともに面と向かって言葉を交わすのは初めてだ。
それでも、血の繋がった弟だというだけで、秋弦の警戒心は霧散する。
「失礼します」
ごそごそと潜り込んで来た春之助に、抱いていた子猫を押し付けるようにして渡してやると、おっかなびっくりといった様子で受け止める。
「……随分と、小さいものなのですね」
「母親があれなのだから、そんなものだろう」
母体の大きさを考えれば、子どもの大きさは妥当なものだ。
もしかして、春之助は猫自体を見たことがないのかと、秋弦は思った。
「初めて見るのか?」
「母が、動物嫌いなので……近くで見たことはありません」
「ふうん。だったら、母上のいないところで会えばいいだろう?」
何も、四六時中母親と一緒にいる必要はないだろうと秋弦が言えば、春之助は驚いたように目を丸くする。
「父上が、男子たるものいつまでも女子の後ろに隠れているようでは、情けないと言っていたぞ」
秋弦が父の受け売りで諭すと、春之助はしゅんとして俯いた。
「……はい」
その様子から、はきはき喋る春之助は大人びて見えるけれども、自分より五つも年下だったということを思い出し、秋弦は逃げ道を付け足してやった。
「でも、母上という生き物は時々鬼のように怖いからな。見たくなったら、私に会いに行くと言えばいい。兄弟なのだし、会って話をしてはいけないなんてことは、ないだろう」
「あの、あにう……惣一朗様も、母上が怖いのですか?」
兄ではなく幼名で秋弦を呼び直した春之助は、五歳にしては礼儀正しすぎるようだ。
自分が同じ年頃だったときは、さんざんばあやとじいを困らせていたことを思い返し、春之助を気の毒に思った。
「兄弟で、惣一朗様は変だ。兄上がいい。ちなみに、俺の母上は鬼というより狼だな。油断するとがぶりと噛みつかれる。まぁ、春之助の母上も同じくらい怖いみたいだな」
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