47 / 159
兄と弟 1
しおりを挟む
秋弦が五歳のとき、父の二人いる側室のうちの一人、お遊の方が男児を産んだ。
正しく照葉の人間である黒髪黒目の弟は、春之助と名付けられた。
正室であるお光の子であり、世継ぎでもある秋弦が側室の子である春之助と顔を合わせることは滅多になかったが、成長するにつれ、女中たちの話からその様子を伺い知ることはできた。
春之助はとても賢い子どもで、身体も丈夫。五歳になる頃には、教師役を務める学者や武士たちから、神童と言われていた。
あまり活発でも器用な性質でもない秋弦が、新しいことを覚えたり、呑み込んだりするのに時間がかかるのとは大違いだ。
何より、異形ゆえに女中や未来の家臣、さらには自分そっくりに生まれてきたことを嘆く母にまで嫌われている秋弦とは違い、大勢に好かれているらしかった。
父は、あくまでも正室の子である秋弦を跡継ぎにするという考えを変えるつもりはないようだったが、遅かれ早かれ、臣下の間で春之助を推す声が上がるだろうと誰もが予想していた。
ただ、そういった争いが起きるのは、本当に秋弦が後を継ぐことになるまでは、あくまでも水面下で留まっているはずだった。
「その猫……触らせてもらえませんか」
いきなり背後で人の声がして、縁の下に潜り込んでいた秋弦は驚きのあまり飛び上がり、「ごつん」と思い切り頭を床板にぶつけて涙目になった。
「す、すみません……驚かせてしまって……」
振り返ると、逆光でよく見えないが、子どもらしき人影がこちらを覗き込んでいた。
つい先ほど、起床から始まる勉強や鍛錬を含んだ目まぐるしい日課がひと通り終わったところで、秋弦は辺りを窺った後、いつものように庭へ下り、縁の下に潜り込んだ。
七日程前に、自室の床下から猫の鳴き声がすることに気が付いて覗き込んでみたところ、なんと子猫を産んだばかりの三毛猫が住みついていた。
誰かに知られたら追い払われてしまうかもしれないので、黙って時々餌を運んでやり、見返りとして子猫を抱いたり撫でたりさせてもらっていた。
猫に危害を加えないのなら、仲間に入れてやってもかまわないが、正体がわからない。
秋弦がじっと見つめていると、その子ども――少年はおずおずと名乗った。
「あの……春之助です」
正しく照葉の人間である黒髪黒目の弟は、春之助と名付けられた。
正室であるお光の子であり、世継ぎでもある秋弦が側室の子である春之助と顔を合わせることは滅多になかったが、成長するにつれ、女中たちの話からその様子を伺い知ることはできた。
春之助はとても賢い子どもで、身体も丈夫。五歳になる頃には、教師役を務める学者や武士たちから、神童と言われていた。
あまり活発でも器用な性質でもない秋弦が、新しいことを覚えたり、呑み込んだりするのに時間がかかるのとは大違いだ。
何より、異形ゆえに女中や未来の家臣、さらには自分そっくりに生まれてきたことを嘆く母にまで嫌われている秋弦とは違い、大勢に好かれているらしかった。
父は、あくまでも正室の子である秋弦を跡継ぎにするという考えを変えるつもりはないようだったが、遅かれ早かれ、臣下の間で春之助を推す声が上がるだろうと誰もが予想していた。
ただ、そういった争いが起きるのは、本当に秋弦が後を継ぐことになるまでは、あくまでも水面下で留まっているはずだった。
「その猫……触らせてもらえませんか」
いきなり背後で人の声がして、縁の下に潜り込んでいた秋弦は驚きのあまり飛び上がり、「ごつん」と思い切り頭を床板にぶつけて涙目になった。
「す、すみません……驚かせてしまって……」
振り返ると、逆光でよく見えないが、子どもらしき人影がこちらを覗き込んでいた。
つい先ほど、起床から始まる勉強や鍛錬を含んだ目まぐるしい日課がひと通り終わったところで、秋弦は辺りを窺った後、いつものように庭へ下り、縁の下に潜り込んだ。
七日程前に、自室の床下から猫の鳴き声がすることに気が付いて覗き込んでみたところ、なんと子猫を産んだばかりの三毛猫が住みついていた。
誰かに知られたら追い払われてしまうかもしれないので、黙って時々餌を運んでやり、見返りとして子猫を抱いたり撫でたりさせてもらっていた。
猫に危害を加えないのなら、仲間に入れてやってもかまわないが、正体がわからない。
秋弦がじっと見つめていると、その子ども――少年はおずおずと名乗った。
「あの……春之助です」
0
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説


淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
責任を取らなくていいので溺愛しないでください
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。
だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。
※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。
※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜
舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」
突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、
手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、
だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎
神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“
瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・
転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?
だが、死亡する原因には不可解な点が…
数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、
神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?
様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、
目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“
そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪
*神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw)
*投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい
*この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。
ふまさ
恋愛
伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。
けれど。
「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」
他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。
ふまさ
恋愛
いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。
「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」
「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」
ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。
──対して。
傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる