キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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さんにんよればXXの知恵 8

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 文箱は照葉で作られたものだったが、短刀と革袋は母の故国、銀嶺ぎんれいの国のものと思われたため、秋弦はすべてを父へ手渡した。

 その後それらが処分されたのか、どこかに再びしまい込まれたのか、秋弦は知らない。

 しかし、二度と目にしなくとも、一度見たものは記憶として秋弦の脳裏に焼き付いている。
 美しい金細工が施された短剣の黒鞘と冷たい黄金の柄に飾られていた、毒々しい色合いの赤黒い石。

 今、秋弦が手にしているのと同じ、革袋に収められていた十五本の白い獣の牙のようなもの。

 暗い場所へ閉じ込めたはずのものが、どろりと流れ出す。

 目に映るものが真実かどうかは、手にしてみるまでわからない。

 真実だと信じたものが偽りで、偽りだと信じたものが真実であるかもしれない。

 『つがい』になりたいという目の前の狐が、本物かどうかなど、食らってみなくてはわからない――。

 ぼうっと浮かび上がる白い肌に手を伸ばし、秋弦は赤い唇に噛みついた。

 蓋をし、二度と開かぬように閉ざしたものが、かすかな隙間から忍び出て、秋弦を覆い尽くそうとする。

 必死に逃げる耳に遠吠えが聞こえ、獣の生臭い息が背後に迫る。
 息が上がり、肺が潰れそうに痛む。
 この厭わしい身を食らいつくしてほしいのに、己が飼っているものは、しぶとくおぞましく、卑しい生に――あるはずのないものに縋りつく。

「……しづるさま」

 劣情に浮かされて、ただ己の欲を満たそうとしていた秋弦の耳に、小さな声が聞こえた。

 ひやりとした手が、滲み、溢れ、流れ落ちたもので濡れた頬や額を優しく拭う。

「しづるさま」

 闇の中から伸ばされた手が、秋弦を抱きしめる。
 その力強さに背を押され、さまよっていた手でしがみつけば、懐かしい声がした。

『しづるさま。私のつがいになって』

 なる、と答えたいのに、声が出ない。
 代わりに口から吐き出されたのは獣のような唸り声だ。

「秋弦さま」

 叫び出すのを堪えるために、薄い肩に齧りついた。

 柔らかい肌を噛み切らんばかりに牙を立てても、頭を、背を、ゆっくりと撫でるひやりとした手は止まらない。

「秋弦さま……。秋弦さまは、照葉の国のお殿さまです」

 照葉の国と聞いた途端に、秋弦を覆っていた闇が晴れた。

――そうだった。自分は照葉の国の「人間」だ。
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