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さんにんよればXXの知恵 3
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角右衛門が去った後、腹を抱えて笑い出した寺社奉行が、一向に笑いが治まらなくなってしまったため、明日もう一度話すことにして謁見を切り上げた秋弦は、楓を湯殿まで運び、ゆっくりじっくり洗ってやった。
一緒に湯を使うのはもはや当たり前のこととなっており、春之助も楓の毛皮を拭うために大きめの布を何枚も用意している。
無事、斑狐から白狐に戻った楓と共に夕餉を取り、寝所へ引き上げた秋弦は茶の湯を沸かし、床の間の棚に置いた重箱から草餅を取り出した。
楓の作ってくれた草餅は、不思議なことに幾日経っても固くならず、できたてのように柔らかいままで、腐る様子もない。
草餅をつくる際、妖たちに協力してもらったと言うので、豆腐小僧の運ぶ豆腐のように常夜の物なのかもしれない。食べた分だけ減ってはいるが、草餅自体が妖かもしれなかった。
それでも、食べればちゃんとおいしいのだから、思い悩むこともないだろう。
翌朝のことを考えて、毎晩ひとつだけ、楓と半分ずつ食べることにしていた。
「楓。これから毎晩、私が文字を教えてやろう」
寝所の人払いをした後、人間の姿を取り、きちんと正座して草餅を食べていた楓は、秋弦の申し出に目を輝かせた。
「ほんとうですか? 秋弦さま」
「ああ。まぁ、よほど仕事が立て込んでいるときは無理かもしれないが、毎晩少しずつ勉強すれば、ひと月もあれば簡単な手紙くらいは書けるようになるだろう」
「文字は読めるのですが、書いたことはないので、ぜひ覚えたいのです」
楓は、秋弦が紙と筆、墨を用意する様子を興味津々で覗き込んでくる。
「墨は、着物や肌につくと落ちにくいから、気を付けるように」
「はい……あのう……角右衛門さまのお顔の墨は……」
気まずそうに尋ねる楓に、秋弦は大丈夫だと笑って頷く。
「一度で綺麗に落ちなくとも、そのうち落ちる」
「お詫びしなくては、いけません……」
「そうだな。楓は狐の姿では話せないから、手紙を書けばいいだろう」
「はいっ!」
「では……ここへ座って……筆はこう持つ」
秋弦は、文机の前に座るよう楓を促すと、背後から抱きかかえるようにして、筆を持たせた手を上から握った。
「し、秋弦さまっ」
一緒に湯を使うのはもはや当たり前のこととなっており、春之助も楓の毛皮を拭うために大きめの布を何枚も用意している。
無事、斑狐から白狐に戻った楓と共に夕餉を取り、寝所へ引き上げた秋弦は茶の湯を沸かし、床の間の棚に置いた重箱から草餅を取り出した。
楓の作ってくれた草餅は、不思議なことに幾日経っても固くならず、できたてのように柔らかいままで、腐る様子もない。
草餅をつくる際、妖たちに協力してもらったと言うので、豆腐小僧の運ぶ豆腐のように常夜の物なのかもしれない。食べた分だけ減ってはいるが、草餅自体が妖かもしれなかった。
それでも、食べればちゃんとおいしいのだから、思い悩むこともないだろう。
翌朝のことを考えて、毎晩ひとつだけ、楓と半分ずつ食べることにしていた。
「楓。これから毎晩、私が文字を教えてやろう」
寝所の人払いをした後、人間の姿を取り、きちんと正座して草餅を食べていた楓は、秋弦の申し出に目を輝かせた。
「ほんとうですか? 秋弦さま」
「ああ。まぁ、よほど仕事が立て込んでいるときは無理かもしれないが、毎晩少しずつ勉強すれば、ひと月もあれば簡単な手紙くらいは書けるようになるだろう」
「文字は読めるのですが、書いたことはないので、ぜひ覚えたいのです」
楓は、秋弦が紙と筆、墨を用意する様子を興味津々で覗き込んでくる。
「墨は、着物や肌につくと落ちにくいから、気を付けるように」
「はい……あのう……角右衛門さまのお顔の墨は……」
気まずそうに尋ねる楓に、秋弦は大丈夫だと笑って頷く。
「一度で綺麗に落ちなくとも、そのうち落ちる」
「お詫びしなくては、いけません……」
「そうだな。楓は狐の姿では話せないから、手紙を書けばいいだろう」
「はいっ!」
「では……ここへ座って……筆はこう持つ」
秋弦は、文机の前に座るよう楓を促すと、背後から抱きかかえるようにして、筆を持たせた手を上から握った。
「し、秋弦さまっ」
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