キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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キツネのお殿さま 5

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 真正面から向き合い、逸らすことなく見つめてくる春之助の黒い瞳には、キツネ色の秋弦が映っている。

「兄上には、よき妻、よき子と共に、幸せに暮らしてほしいのです」

 ぐっと拳を握りしめる兄想いの弟に、秋弦はふっと笑みを浮かべた。

「春之助。ひとつ、忘れている。今の私にはよき家臣、よき弟がいる。だから、十分幸せだ」

「兄上っ!」

 癇癪かんしゃくを起しそうな春之助に、もういいのだと言いかけた秋弦は「どぼん」という音を聞いて振り返った。

 白い毛並みを青海泥色に染めた楓が、カラスをくわえたまま、池の中から呆然とした様子でこちらを見ていた。

「楓、どうしたんだっ!? どこか怪我でもしたか?」

 慌てて駆け寄り池の中に入って楓を抱きかかえ、岸まで連れ戻すと、楓はくわえていたカラスを吐き出した。

『……うぇっぺぺっ』

 カラスは、しばらく草の上で痙攣していたが、春之助が近づくと慌てふためいて飛び去った。

 楓は追いかける様子もなく、しゅんとして俯いている。

「楓……?」

『ごめんなさい、秋弦さま。カラスが鴨の雛をつつこうとしていたから、とっさに。でも、カラスも秋弦さまのものだったかも……』

「いや、カラスは違う」

 狐の本能からカラスを捕らえたのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。

「鴨の雛を助けてくれて、ありがとう」

 ほっとしたように尻尾を立てた楓は、しかし再びぱたりと尻尾を下ろして俯いた。

『でも……私、こんなに汚れてしまって……とてもお城に入れません』

 確かに、楓の白い毛並みは泥や葉っぱがついて汚れていたが、大した問題ではない。

「洗えばいいだけだ。春之助、湯殿の準備を。楓を洗う」

 春之助は、何故か目を見開いて反対した。

「……兄上。まさか、兄上ご自身で洗うおつもりですか? それはおやめになった方がよろしいかと。私か、角右衛門殿にお命じになられた方が……」

 素っ裸の楓を自分以外の誰かが洗う、という図が脳裏に浮かび、秋弦は思わず叫んだ。

「駄目だっ! ほかの奴が楓に触れるなど、断じて許さぬっ!」

 唖然とした表情の春之助に見つめられ、興奮しすぎだと気付き、秋弦はこほんと咳払いした。

「……とにかく、楓の世話は私がする」

 春之助は、唖然とした顔を呆れた顔まで巻き戻すと、深々と一礼した。

「承知つかまつりました」
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