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キツネのお殿さま 3
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「はぁ……」
いつもより少々早めの昼八つに大広間での謁見を終えた秋弦は、どっと疲れを覚えて脇息に突っ伏した。
胡坐の中に納まっていた楓が畳の上に降り、くるりと振り返る。
『秋弦さま。やっぱり、私、人間の姿の方がよかったのでは……?』
「いやっ! 狐で! 狐がいいんだ!」
秋弦は、間髪入れずに即答した。
供寝していた現場を目撃した角右衛門と春之助に口にするのも憚られるような疑いを抱かれていることは由々しき問題だが、他の者たちの耳にはまだ入っていないはず。このまま、助けた子どもが無事立派な殿さまになっているかどうかを確認しに来た狐、ということで押し通したい。
楓が実は人間に化けられて、その化けた人間の姿がこの上なく好みだったために初の共寝をしたと説明したらどうなるか、想像するだけでも頭が痛い……。
『でもやっぱり、狐が傍にいると秋弦さまに色々とご迷惑をおかけするのではないでしょうか……』
しゅんとして項垂れる楓に、秋弦は慌てて「そうではない」と言い訳した。
「その、普通の人間は、妖や神使といったものを目にする機会は滅多にないから、そういう存在を簡単に受け入れられないものなのだ。見慣れてくれば、大丈夫だろう」
『……そうだといいのですけれど』
「ああ。楓は美しいから、大丈夫だ」
『ふふ……うれしい』
照れたように前足で顔を隠す楓の姿につい微笑んだところで、無粋な咳払いが聞こえた。
「殿。狐の楓殿と仲がよろしいのは結構ですが、まるっきり独り言を言っているようにしか見えません」
春之助の言葉に、角右衛門も頷いている。
「確かに、大変美しい白狐ですが、そういう口説き文句は女子に告げるべきかと」
白狐姿の楓の言葉は二人には聞こえないのだったと思い出し、秋弦は引きつった笑みを浮かべて言い訳した。
「そ、そうだな。だが、楓は賢いから人の言葉を理解しているのだ」
「そうだとしても、イチャついているようにしか見えませぬ」
しかめ面の角右衛門と、にやついた顔の春之助を交互にみやり、ぱたぱたと期待に尻尾をばたつかせる楓をみやり、秋弦は諦めの溜息を吐いた。
三人のうち、誰を喜ばせたいかなど、考えるまでもない。
「じいの言うとおり、私は楓とイチャつきたいのだから、そう見えて当然だ。楓、夕餉までまだ間があるから、城の中を案内しよう。じい、楓はどこでも出入り自由の旨、みなに申し伝えておいてくれ」
絶句して固まる角右衛門に反し、楓はごろんごろんと畳の上を横に三回転した。
四本の尻尾をぐるんぐるん振り回しているところからして、よほど嬉しいらしい。
「角右衛門殿。昔から、兄上は動物たちとは相思相愛ですから、いまさら誰も不思議には思いませんよ」
くすりと笑う春之助に「ぐぬう……」と角右衛門は唸ったが、秋弦の命を伝えるべくドスドスと足音荒く出て行った。
「さて、行くか。楓」
秋弦が立ち上がるなり、楓はぴたりと足元に寄り添った。
その様子を見た春之助が、苦笑する。
「番犬ならぬ番狐ですね」
『私、秋弦さまをお守りいたします』
いじらしいことを言う楓に、人の姿だったなら、抱きしめてそのまま押し倒しそうだと思う。
「それはありがたいな。だが、無理はするな」
神使である楓は、きっと人間よりも強いのだろうが、秋弦は守ってもらいたいとは思わない。むしろ、自分が楓を守ってやりたい。
お狐さまだって、照葉の国に住んでいるのだから、秋弦が守るべきものなのだ。
いつもより少々早めの昼八つに大広間での謁見を終えた秋弦は、どっと疲れを覚えて脇息に突っ伏した。
胡坐の中に納まっていた楓が畳の上に降り、くるりと振り返る。
『秋弦さま。やっぱり、私、人間の姿の方がよかったのでは……?』
「いやっ! 狐で! 狐がいいんだ!」
秋弦は、間髪入れずに即答した。
供寝していた現場を目撃した角右衛門と春之助に口にするのも憚られるような疑いを抱かれていることは由々しき問題だが、他の者たちの耳にはまだ入っていないはず。このまま、助けた子どもが無事立派な殿さまになっているかどうかを確認しに来た狐、ということで押し通したい。
楓が実は人間に化けられて、その化けた人間の姿がこの上なく好みだったために初の共寝をしたと説明したらどうなるか、想像するだけでも頭が痛い……。
『でもやっぱり、狐が傍にいると秋弦さまに色々とご迷惑をおかけするのではないでしょうか……』
しゅんとして項垂れる楓に、秋弦は慌てて「そうではない」と言い訳した。
「その、普通の人間は、妖や神使といったものを目にする機会は滅多にないから、そういう存在を簡単に受け入れられないものなのだ。見慣れてくれば、大丈夫だろう」
『……そうだといいのですけれど』
「ああ。楓は美しいから、大丈夫だ」
『ふふ……うれしい』
照れたように前足で顔を隠す楓の姿につい微笑んだところで、無粋な咳払いが聞こえた。
「殿。狐の楓殿と仲がよろしいのは結構ですが、まるっきり独り言を言っているようにしか見えません」
春之助の言葉に、角右衛門も頷いている。
「確かに、大変美しい白狐ですが、そういう口説き文句は女子に告げるべきかと」
白狐姿の楓の言葉は二人には聞こえないのだったと思い出し、秋弦は引きつった笑みを浮かべて言い訳した。
「そ、そうだな。だが、楓は賢いから人の言葉を理解しているのだ」
「そうだとしても、イチャついているようにしか見えませぬ」
しかめ面の角右衛門と、にやついた顔の春之助を交互にみやり、ぱたぱたと期待に尻尾をばたつかせる楓をみやり、秋弦は諦めの溜息を吐いた。
三人のうち、誰を喜ばせたいかなど、考えるまでもない。
「じいの言うとおり、私は楓とイチャつきたいのだから、そう見えて当然だ。楓、夕餉までまだ間があるから、城の中を案内しよう。じい、楓はどこでも出入り自由の旨、みなに申し伝えておいてくれ」
絶句して固まる角右衛門に反し、楓はごろんごろんと畳の上を横に三回転した。
四本の尻尾をぐるんぐるん振り回しているところからして、よほど嬉しいらしい。
「角右衛門殿。昔から、兄上は動物たちとは相思相愛ですから、いまさら誰も不思議には思いませんよ」
くすりと笑う春之助に「ぐぬう……」と角右衛門は唸ったが、秋弦の命を伝えるべくドスドスと足音荒く出て行った。
「さて、行くか。楓」
秋弦が立ち上がるなり、楓はぴたりと足元に寄り添った。
その様子を見た春之助が、苦笑する。
「番犬ならぬ番狐ですね」
『私、秋弦さまをお守りいたします』
いじらしいことを言う楓に、人の姿だったなら、抱きしめてそのまま押し倒しそうだと思う。
「それはありがたいな。だが、無理はするな」
神使である楓は、きっと人間よりも強いのだろうが、秋弦は守ってもらいたいとは思わない。むしろ、自分が楓を守ってやりたい。
お狐さまだって、照葉の国に住んでいるのだから、秋弦が守るべきものなのだ。
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