キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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きつねの夜這い 8

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 嘘を言うわけにもいかず、楓はそうだと頷いた。

「きっと、たくさん世話になったのだろうな」

「いいえ。秋弦さまはとても……我慢強くて、立派でした」

 秋弦は、そんな楓の言葉を聞いて、自嘲する。

「……十の子供がか? だとしたら、楓にいいところを見せたかったに違いない」

「ひと目見て……惚れてしまいました」

 夜の闇の中で、微かに光る秋弦の髪をうっとりと見つめていると顎を取られて間近に覗き込まれる。

「異形だぞ。それでも、美しいと?」

 楓は、十年前にも似たような会話をしたことを思い出しながら、きっぱり頷いた。

「はい。だって……キツネ色ですから」

 楓の言葉を聞いた秋弦は、なんとも言えない顔をした。
 泣きそうで、それでいて嬉しそうで、何だか怒ってもいるようで……。

「あの頃は、私もまだ毛並みが白くなりきっていなかったので、お揃いだと言ってくださいました」

 目の前にいる秋弦と十歳の秋弦の面影が重なり、楓は手を伸ばし、さらさらと流れ落ちる金茶色の髪を撫でた。

 秋弦の顔が近づいてきて、唇が今にも触れそうになる。

 しかし、そっと睫毛を伏せたのに、一向にその続きはやって来ない。

 楓がぱちりと目を開けると、秋弦はあからさまに顔を背けた。

「もう、寝る。夜が明ける前に帰れ」

「でも……」

 自分は妖ではないと言おうとしたが、秋弦はまるで火傷でもしたかのように、楓からパッと離れると、さっさと夜着の中へもぐりこんでしまった。

「……」

 ぽつんと取り残された楓は、ぽかんとしてしまった。

 帰れと言われても、じつのところどうやって帰ったらいいのかわからない。
 夜が明けて、お城の門が開いたら、そこから外には出られるかもしれないが、人間の姿にしろ狐の姿にしろ、怪しまれること請け合いだ。

 楓がじっと座っていると、秋弦が振り返って夜着を片側だけ持ち上げた。

「……一緒に寝るか?」

 その意味は、正しく一緒に寝るだけだと、楓にもわかった。

 それでも、このまますごすごと尻尾を巻いて引き下がるなど、伊奈利山の狐の名が廃る。何より、右近左近に馬鹿にされる。

「はい。では、お言葉に甘えて失礼いたします」

 秋弦は、冗談のつもりだったのか、楓がためらいなく夜着の中へ入ろうとすると驚いた顔をして尋ねてきた。

「……寝るときは、狐にならないのか?」

 ――なる。なるけれどっ! 

 楓は屈辱のあまり、はらわたが煮えくりかえりそうだった。

 据え膳を放置されるなど、伊奈利山の女狐の矜持きょうじをいたく傷つけられた。

 でも、期待の眼差しで見つめられると狐の姿へ戻らないわけにもいかない。

 くるんと後方へ一回転して白狐の姿へ戻り、夜着に潜り込む。

 秋弦は実に嬉しそうな顔をして、腹ばいになった楓を優しく撫でた。

「見事だな」

 ほう、と感嘆の溜息を吐き、頭から背、背からわき腹とひとしきり楓の毛並みを堪能すると、ぴたりと寄り添う。

「温かい……」

 それはそうだろう。毛皮なのだ。ぬくぬくするに決まっている。

 楓が無言でいると、秋弦は毛並みに顔を埋めてほっと息を吐く。

 やがて楓の背中を撫でる手の動きが徐々に緩慢になり、ついに止まり、沸々と怒りを煮えたぎらせる楓とは裏腹に、秋弦は微かな寝息を立てて眠りに落ちた。

 ――この状況で、寝るっ!?
  
 しばらくじっとして、秋弦が深く眠りに入ったことを確かめると、楓は夜着から這い出した。

 呑気な顔で寝ている秋弦が憎らしい。
 ちゃんと、お慕いしていますと言ったのに……。

 言葉で伝わらないのなら、やることは一つ。
 楓はくるりと前方へ一回転し、再び人間の姿になると、しゅるりと帯を解いた。
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