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きつねの夜這い 5
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「ご、ごめんなさい……」
いくら狐でも、これが大失態であることはわかる。
寝ているときに草餅が降って来るなんて、ありえない。
そういう妖ならともかく、天狐の血を引く大人の白狐がやることではない。
楓は、どうやってこの大失態を取り繕えばいいのか、まったくわからなかった。
右近左近に習ったことはすっかり頭の中から抜け落ちて、二人が口にした恐ろしい結末を思い出し、ガタガタ震えてしまう。
『一歩間違うと曲者として首を刎ねられるかもしれない』
『うまくできないと、お殿さまに嫌われるかもしれない』
どうにかしなくてはと思うのに、詫びの言葉すら満足に考えられない。
大粒の涙が今にも滴り落ちそうだ。
しかし、そんな楓の恐怖を知ってか知らずか、秋弦が突然噴き出した
「くはっ……」
――な、に?
顔を上げれば、秋弦は手についた餡子をぺろりと舐め、肩を揺らして笑っている。
「棟上げでもないのに餅が降って来るなんて……確かに、昔は雨の代わりに餅が降ってきたら、好きなだけ食べられると思ったことはあるが……」
秋弦はひとしきり笑った後、餡子のついていない方の手で楓の頭を優しく撫でた。
「泣くな。拾って食べればいいだけだ」
「えっ! そ、それはだ、だめ……」
落としたものを食べさせるなんてできない、と楓が慌てると、秋弦は傍に落ちていた草餅をひとつ拾い上げて、ひと口ぱくりと食べた。
「うん、うまい。形は崩れても、味は変わらない」
「でも……」
「ほら、食べてみるといい。大丈夫だろう?」
秋弦は、手にした草餅を半分千切って楓に差し出した。
お殿さまが落ちたものを拾って食べる、というのはなんだか普通ではない気がしたけれど、楓が驚いている間に秋弦は残りをパクパクと食べきってしまう。
つられて楓も口にすると、餅はまるでつきたてのように柔らかく、餡の甘さが乱れた心を少しだけ落ち着かせてくれた。
「たくさん作ってきてくれたようだな。早く拾って隠してしまおう。さもないと、春之助に食われてしまう。楓も手伝え」
いくら狐でも、これが大失態であることはわかる。
寝ているときに草餅が降って来るなんて、ありえない。
そういう妖ならともかく、天狐の血を引く大人の白狐がやることではない。
楓は、どうやってこの大失態を取り繕えばいいのか、まったくわからなかった。
右近左近に習ったことはすっかり頭の中から抜け落ちて、二人が口にした恐ろしい結末を思い出し、ガタガタ震えてしまう。
『一歩間違うと曲者として首を刎ねられるかもしれない』
『うまくできないと、お殿さまに嫌われるかもしれない』
どうにかしなくてはと思うのに、詫びの言葉すら満足に考えられない。
大粒の涙が今にも滴り落ちそうだ。
しかし、そんな楓の恐怖を知ってか知らずか、秋弦が突然噴き出した
「くはっ……」
――な、に?
顔を上げれば、秋弦は手についた餡子をぺろりと舐め、肩を揺らして笑っている。
「棟上げでもないのに餅が降って来るなんて……確かに、昔は雨の代わりに餅が降ってきたら、好きなだけ食べられると思ったことはあるが……」
秋弦はひとしきり笑った後、餡子のついていない方の手で楓の頭を優しく撫でた。
「泣くな。拾って食べればいいだけだ」
「えっ! そ、それはだ、だめ……」
落としたものを食べさせるなんてできない、と楓が慌てると、秋弦は傍に落ちていた草餅をひとつ拾い上げて、ひと口ぱくりと食べた。
「うん、うまい。形は崩れても、味は変わらない」
「でも……」
「ほら、食べてみるといい。大丈夫だろう?」
秋弦は、手にした草餅を半分千切って楓に差し出した。
お殿さまが落ちたものを拾って食べる、というのはなんだか普通ではない気がしたけれど、楓が驚いている間に秋弦は残りをパクパクと食べきってしまう。
つられて楓も口にすると、餅はまるでつきたてのように柔らかく、餡の甘さが乱れた心を少しだけ落ち着かせてくれた。
「たくさん作ってきてくれたようだな。早く拾って隠してしまおう。さもないと、春之助に食われてしまう。楓も手伝え」
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