キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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お殿さまのおしのび 3

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「待て、そこの二人」

 泣きじゃくる子供を引き摺っていた年若い母親は、ぎょっとした顔で振り返る。
 秋弦は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした子供にだんごを差し出した。

「驚かせて悪かったな。おまえの言うとおり、私は照葉城に住んでいる殿さまだ。おまえは間違っていない。……ところで、私の仕事はみなが幸せに暮らせるようにすることだが、おまえの父は何の仕事をしているんだ?」

 子供は、母親とそっくりな顔で目を丸くしていたが、ちゃっかりだんごを受け取って、自慢げに答えた。

「とうちゃんは腕のいい大工なんだ! お殿さまの城にも行ったことがあるんだぜ!」

「ほう、それはすごいな」

「お、お城ではなく、大殿さまのお屋敷の普請でお手伝いを……」

 母親が恐る恐る訂正した。
 三年前に父が隠居して田舎へ引っ込むと言い出したとき、秋弦は父とその側室であるお須磨の方のために、城下町のはずれに小ぢんまりとした屋敷を建てた。
 子供の父親は、その時に働いてくれた大工の一人なのだろう。

「そうか。父もお須磨の方もあの屋敷をたいそう気に入っている。よい仕事をしてくれたと伝えてくれ」

「あ、ありがとうございますっ」 

 顔を真っ赤にして頭を下げる母親に、もう一本のだんごを手渡してやる。

「夫と――近所のものたちの分もそこのだんご屋からもらうといい。買い占めたからな」

 いつの間にかぺろりとだんごを食べてしまった子供が、くいっと被衣がわりの小袖の裾を引くのに合わせて屈みこむ。
 鼻先がくっつくくらいに顔を近づけて、じいっと秋弦の目を覗き込んだ子供は、ニカッと笑った。

「父ちゃんが言ってたとおり、お殿さまはキツネ色だっ!」

「ば、ばかっ! も、申し訳ありませんっ」

 母親が慌てて子供の口をふさごうとするのを制し、秋弦は苦笑する。

「かまわん。事実その通りだからな」

 金茶色の髪と瞳に真っ白い肌。照葉の国以外の血が入っているとひと目でわかる容姿のせいで、秋弦は世継ぎであるということもあり、幼い頃から何かと批判や陰口の的にされ、面倒事に巻き込まれてきた。

 三年前に国主となって父の跡を継いだことで、面と向かってあれこれ言われることも少なくなったが、この国で秋弦の姿が「異形」であることに変わりはない。

 しかし、子供の言葉には「異形」と嘲る色はなく、ただ素直に見たままを表現したにすぎないのだと、まっすぐな視線が教えていた。
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