キツネつきのお殿さま

きつねの草餅 4

　やがて餅がつきあがり、あずき婆が出来上がったあずきを鍋ごと「どすん」と上がり框かまちに置いたところで、明け六つあけむつを知らせる鐘の音が聞こえてきた。

「丸めるのは自分でおやり」

　あずき婆は慌ただしく、やれどこそこに風呂敷があるだの、重箱に餅を入れていけだのと説明していたが、ふと楓を振り返って尋ねた。

「ところで、その会いたい相手がどこの誰だかわかっているんだろうね？」

「はい。照葉のお城に住んでいる、秋弦さまです」

　言ってしまってから、恥ずかしくなり、熱くなった両の頬を手で押さえる。

　あずき婆は、あんぐりと口を開けていたが「キツネのお殿さまだから、お似合いか」と呟いた。

「昼間のお城に入るには、七面倒なあれこれが必要だ。でも、今日はちょうど二十日。小伊奈利神社こいなりじんじゃの参道で店を出して待っていれば、きっと会える」

「小伊奈利神社……？」

「そこに、毎月五日と二十日、お殿さまがお忍びでやって来るのさ」

　来ると知られていたら、お忍びではないような気がしたが、貴重な情報だ。
　楓は神妙な面持ちで頷いた。

「神社には、右近右近と左近さこんという黒狐こくこが住んでいるから、力になってくれるだろう。お殿様はいつも昼過ぎに姿を見せるようだから、大急ぎで準備しないと間に合わないよ。なんてったって、人間の足ではここから神社まで、かなりの距離があるからね」

　とうとう最初のお天道様てんとうさまの光があばら家の屋根の隙間から差し込むと、あずき婆の姿は白く霞んで消えてしまった。

　竈の腕も、瓶長の目も、臼の呻き声もなくなって、しんと静まり返った家の中には、できたての餅と餡子あんこの甘い匂いだけが残る。

　楓は、部屋の壁に掛けられていた紐でたすき掛けにして袂たもとをたくし上げると、餅を一握りずつ等分し、餡を包んで次々と重箱へ入れた。

　全部で三十個ほどできあがった。

　かなりの重さだが、しっかりと風呂敷に包んで大事に胸に抱え、あずき婆の家を出た。

　ちらほらと道行く人の姿を見かけ、ほんの少しばかり、うまく人間に化けられているかどうか気になったが、楓を不思議そうに見る人がいないことにほっとする。

　――おいしいと言ってくれるといいな……。

　晴れ渡った空を見上げ、お天道様のように輝いていた髪を思い浮かべながら、楓は小伊奈利神社目指して歩き出した。