キツネつきのお殿さま

唯純 楽

文字の大きさ
上 下
14 / 159

きつねの草餅 2

しおりを挟む
 楓は、言われるままに頭を使って臼を押してみたが、なかなかうまく転がってくれない。

 どうすればいいのかとウロウロしていると、あずきを洗い終えたあずき婆がやって来て、どん、とひと突きした。

 途端に、臼はごろごろと転がって道を逸れ、粗末なかやぶき屋根の一件家へと入ってしまった。

 あずき婆は、臼を追って開けっ放しの木戸から家の中へ入ると、土間どまに転がったままの臼を細い腕で軽々と起こした。

「続きを転がるのは、明日の夜にするんだね」

 あずき婆が腰に下げていた手拭で土埃をはらうと、臼は重々しく礼を述べる。

「かたじけない」

 勝手に人様の家に上がり込んで大丈夫なのかと、戸口から覗き込んだ楓が驚いていると、「あたしの家だよ」とあずき婆が言う。

「夜が明けるまでうちで休んでいくがいい」

 草の上で丸くなって夜明けを待ってもよかったが、妖の家はどんなものなのか気になる。
 楓が足を踏み入れると、どこかから現れた鬼火が行灯に飛び込み、ぼうっと部屋が浮かび上がる。
 たいして広くもない土間の隅に小さな竈があり、その横には艶のある大きな茶色の水瓶があった。

「珍しい客だな」

 いきなり低い声が聞こえて楓が飛び上がると、つるりとした水瓶の表面にぎょろりとした目が二つ見えた。

瓶長かめおさのおかげで、水汲みに行かずに済むのさ」

 どれだけ水を汲んでも減らない水瓶なのだと説明しながら、あずき婆は洗い立てのあずきをかまどにかけてあった大鍋に入れた。

 瓶の上に置かれていた柄杓ひしゃくがひとりでに水を注ぎ、ぽわんぽわんと生まれた鬼火が竈に飛び込めば、竈からにゅっと青白い腕が伸びて鍋に蓋をする。竈も妖らしい。

「かれこれ百日は洗ったからね。そろそろ替え時だ。餡にしたいなら、使えばいい。でも、餅菓子なんかつくって、どうするつもりだい?」

 あずき婆の問いに、楓は四本あるうちの一本の尻尾を前足で掴むと、おずおずと理由を口にした。

「とっても会いたい人がいて……その人の好物だから、持って行ったら喜んでくれるかもしれないと思って……」

「会いたい人ってのは、情人イロかい?」

 にやり、とあずき婆が笑う。

 情人と言うには早いかもしれないが、そうなりたいと思っているのは確かだ。
 楓は、恥ずかしさのあまり尻尾に顔を埋めて頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】あの子の代わり

野村にれ
恋愛
突然、しばらく会っていなかった従姉妹の婚約者と、 婚約するように言われたベルアンジュ・ソアリ。 ソアリ伯爵家は持病を持つ妹・キャリーヌを中心に回っている。 18歳のベルアンジュに婚約者がいないのも、 キャリーヌにいないからという理由だったが、 今回は両親も断ることが出来なかった。 この婚約でベルアンジュの人生は回り始める。

勘違いも凄いと思ってしまったが、王女の婚約を破棄させておいて、やり直せると暗躍するのにも驚かされてしまいました

珠宮さくら
恋愛
プルメリアは、何かと張り合おうとして来る令嬢に謝罪されたのだが、謝られる理由がプルメリアには思い当たらなかったのだが、一緒にいた王女には心当たりがあったようで……。 ※全3話。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

処理中です...