キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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きつねの草餅 2

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 楓は、言われるままに頭を使って臼を押してみたが、なかなかうまく転がってくれない。

 どうすればいいのかとウロウロしていると、あずきを洗い終えたあずき婆がやって来て、どん、とひと突きした。

 途端に、臼はごろごろと転がって道を逸れ、粗末なかやぶき屋根の一件家へと入ってしまった。

 あずき婆は、臼を追って開けっ放しの木戸から家の中へ入ると、土間どまに転がったままの臼を細い腕で軽々と起こした。

「続きを転がるのは、明日の夜にするんだね」

 あずき婆が腰に下げていた手拭で土埃をはらうと、臼は重々しく礼を述べる。

「かたじけない」

 勝手に人様の家に上がり込んで大丈夫なのかと、戸口から覗き込んだ楓が驚いていると、「あたしの家だよ」とあずき婆が言う。

「夜が明けるまでうちで休んでいくがいい」

 草の上で丸くなって夜明けを待ってもよかったが、妖の家はどんなものなのか気になる。
 楓が足を踏み入れると、どこかから現れた鬼火が行灯に飛び込み、ぼうっと部屋が浮かび上がる。
 たいして広くもない土間の隅に小さな竈があり、その横には艶のある大きな茶色の水瓶があった。

「珍しい客だな」

 いきなり低い声が聞こえて楓が飛び上がると、つるりとした水瓶の表面にぎょろりとした目が二つ見えた。

瓶長かめおさのおかげで、水汲みに行かずに済むのさ」

 どれだけ水を汲んでも減らない水瓶なのだと説明しながら、あずき婆は洗い立てのあずきをかまどにかけてあった大鍋に入れた。

 瓶の上に置かれていた柄杓ひしゃくがひとりでに水を注ぎ、ぽわんぽわんと生まれた鬼火が竈に飛び込めば、竈からにゅっと青白い腕が伸びて鍋に蓋をする。竈も妖らしい。

「かれこれ百日は洗ったからね。そろそろ替え時だ。餡にしたいなら、使えばいい。でも、餅菓子なんかつくって、どうするつもりだい?」

 あずき婆の問いに、楓は四本あるうちの一本の尻尾を前足で掴むと、おずおずと理由を口にした。

「とっても会いたい人がいて……その人の好物だから、持って行ったら喜んでくれるかもしれないと思って……」

「会いたい人ってのは、情人イロかい?」

 にやり、とあずき婆が笑う。

 情人と言うには早いかもしれないが、そうなりたいと思っているのは確かだ。
 楓は、恥ずかしさのあまり尻尾に顔を埋めて頷いた。
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