キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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夜もはたらくお殿さま 3

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 妖たちの中で暗黙の了解でもあるのか、これまで一晩に訪れる妖は一人だけだったのだが、もしかして豆腐小僧がまたしても豆腐を落として戻ってきたのだろうか。

 訝しく思いながらむくりと起き上がると、青白い二つの火の玉がぐるぐると暗がりの中を飛び回り、行灯に飛び込んだ。

 先ほどとは比べ物にならない、目が潰れそうな眩い光が部屋を照らす。

「こんばんは、お殿さま」
「こんばんは、お殿さま」

 数度目を瞬くと、昼間のように明るくなった部屋の中央に、薄水色の白の水干姿の少年が二人。ピンと背筋を伸ばして正座していた。

 まるで写し絵のように、まったく同じ容貌をした二人はとても妖とは思えないほど人間らしい姿をしている。

 じっと見つめる秋弦に、少年たちはうやうやしい仕草で平伏した。

「突然の訪問で驚かせてしまいましたこと、お詫び申し上げます」
「お詫び申し上げます」

「あ、いや……詫びは不要だ」

 これまで、ほかの妖たちから事前に訪いの伺いがあったためしはない。気にしていないと言えば、少年たちは顔を見合わせてくすりと笑った。

「さすがはキツネのお殿さま」
「とてもお優しい」

「世辞はいらぬ。何用だ?」

 夜明け前には眠りたいからさっさと用件を言えとぶっきらぼうに秋弦が促せば、改まった様子で背筋を伸ばす。

「伊奈利山に連なる右近うこんと申します」
「同じく左近さこんと申します」

 そっくりな二人だが、よくよく気を付けてみれば、右近は右の口元に、左近は左の口元に小さなほくろがある。

 伊奈利山は、照葉の国の西にあるお椀をひっくり返したような形をした山だ。

 豊受姫という女神の神使である九尾の天狐が住んでおり、人々は『お狐さま』と呼んで崇め奉っている。城下町にも、豊受姫と神使のお狐さまを奉った小伊奈利神社があり、いつも参拝客で賑わっていた。

 秋弦にとっても、伊奈利山のお狐さまは特別な存在だ。

 十年前、秋弦は記念すべき十回目のかどわかしに遭い、たっぷりひと月行方不明になった後、伊奈利山の麓で発見された――らしい。

『らしい』と言うのは、覚えているのは発見されたときに、どこから持ってきたものか、食べかけの草餅を握りしめていたことくらいだからだ。
 秋弦には、かどわかされた直後から、泣きじゃくる母に山の麓で発見されるまでのひと月分の記憶がまったくなかった。
 今に至るまで、あのひと月の間に何があったのか、これっぽっちも思い出せない。

 春之助が気にしている背中の傷もそのときのものらしいが、どうやって出来たものなのか、さっぱり覚えていない。

 母が、伊奈利山に住むお狐さまのお告げがあって助けに来たと言ったので、何はともあれお狐さまのおかげで助かったのだろうということにして、納得してそれきりだ。

 かどわかしに遭った後から、突然妖が見えるようになったのも、きっとそのひと月の間に不思議な体験をしたからだろうと思うが、記憶が戻らないため真相は闇の中に埋もれたままになっている。
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