キツネつきのお殿さま

唯純 楽

文字の大きさ
上 下
11 / 159

夜もはたらくお殿さま 3

しおりを挟む
 妖たちの中で暗黙の了解でもあるのか、これまで一晩に訪れる妖は一人だけだったのだが、もしかして豆腐小僧がまたしても豆腐を落として戻ってきたのだろうか。

 訝しく思いながらむくりと起き上がると、青白い二つの火の玉がぐるぐると暗がりの中を飛び回り、行灯に飛び込んだ。

 先ほどとは比べ物にならない、目が潰れそうな眩い光が部屋を照らす。

「こんばんは、お殿さま」
「こんばんは、お殿さま」

 数度目を瞬くと、昼間のように明るくなった部屋の中央に、薄水色の白の水干姿の少年が二人。ピンと背筋を伸ばして正座していた。

 まるで写し絵のように、まったく同じ容貌をした二人はとても妖とは思えないほど人間らしい姿をしている。

 じっと見つめる秋弦に、少年たちはうやうやしい仕草で平伏した。

「突然の訪問で驚かせてしまいましたこと、お詫び申し上げます」
「お詫び申し上げます」

「あ、いや……詫びは不要だ」

 これまで、ほかの妖たちから事前に訪いの伺いがあったためしはない。気にしていないと言えば、少年たちは顔を見合わせてくすりと笑った。

「さすがはキツネのお殿さま」
「とてもお優しい」

「世辞はいらぬ。何用だ?」

 夜明け前には眠りたいからさっさと用件を言えとぶっきらぼうに秋弦が促せば、改まった様子で背筋を伸ばす。

「伊奈利山に連なる右近うこんと申します」
「同じく左近さこんと申します」

 そっくりな二人だが、よくよく気を付けてみれば、右近は右の口元に、左近は左の口元に小さなほくろがある。

 伊奈利山は、照葉の国の西にあるお椀をひっくり返したような形をした山だ。

 豊受姫という女神の神使である九尾の天狐が住んでおり、人々は『お狐さま』と呼んで崇め奉っている。城下町にも、豊受姫と神使のお狐さまを奉った小伊奈利神社があり、いつも参拝客で賑わっていた。

 秋弦にとっても、伊奈利山のお狐さまは特別な存在だ。

 十年前、秋弦は記念すべき十回目のかどわかしに遭い、たっぷりひと月行方不明になった後、伊奈利山の麓で発見された――らしい。

『らしい』と言うのは、覚えているのは発見されたときに、どこから持ってきたものか、食べかけの草餅を握りしめていたことくらいだからだ。
 秋弦には、かどわかされた直後から、泣きじゃくる母に山の麓で発見されるまでのひと月分の記憶がまったくなかった。
 今に至るまで、あのひと月の間に何があったのか、これっぽっちも思い出せない。

 春之助が気にしている背中の傷もそのときのものらしいが、どうやって出来たものなのか、さっぱり覚えていない。

 母が、伊奈利山に住むお狐さまのお告げがあって助けに来たと言ったので、何はともあれお狐さまのおかげで助かったのだろうということにして、納得してそれきりだ。

 かどわかしに遭った後から、突然妖が見えるようになったのも、きっとそのひと月の間に不思議な体験をしたからだろうと思うが、記憶が戻らないため真相は闇の中に埋もれたままになっている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

処理中です...