キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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夜もはたらくお殿さま 2

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 落としたくて落としているわけでもなく、笑いを取りたくて落としているわけでもないのなら、失敗をあげつらわれているような気にもなるだろう。

「どうすれば豆腐を落とさずにすむのか、お殿さまのお知恵を拝借したいんです」

 そう言われては、何もせずに追い返すわけにもいかない。妖だろうと人間だろうと、照葉の国に住まう者が心安らかに暮らせるように努めるのが、秋弦の仕事だ。

「そうだな……では、器を変えてみてはどうだ?」

「器?」

「豆腐を載せるのは絶対にその盆でなくてはならないのか?」

「いいえ……」

「ならば、椀のようなものにすれば、多少の揺れでは落ちなくなるだろう。さらには、燭台の針のようなものの上に置けば、たやすく動かなくなるのでは? 四隅に打つのがよいかもしれない」

「なるほど! さすがお殿さまです! でも、そんな便利なものが、どこかにあるのでしょうか?」

 何をしたって転んでしまえばおしまいだが、寝た子を起こすような真似はしたくないので黙っておいた。

「三日ほどくれ。私が用意してやろう」

「ありがとうございます!」

 ぺこりと小僧が頭を下げた拍子に豆腐が滑り落ちそうになり、秋弦はとっさに手で押さえた。
 豆腐は、妖にもかかわらず、実に豆腐らしいつるんとした手触りだった。

「あとは……そうだな。豆腐は落ちるものだと思って、気を楽にするがよい」

「はいっ」

「では、三日後にな」

 小僧は座ったままじりじりと後退りし、灯りの届かない部屋の隅の暗闇の中へと消える。
 小僧が消えると同時に行灯の明かりも消え、やれやれと溜息を吐いて、秋弦は布団へ戻った。

 時々、こうして妖が秋弦の前に現れるようになったのは、十年前からだ。

 初めは恐ろしくて仕方なかったが、怯えても怯えなくとも見えるものは見える。
 わからないから怖いのであって、相手のことがわかったら恐怖も薄らぐはず。自分だけに見えるということは、自分だけにしかできない何かがあるのではないかと考え直した。

 考え直すと、妖たちの話が聞こえるようになり、妖たちと会話ができるようになった。
それからというもの、照葉の国で暮らす妖たちの悩みや愚痴などを聞いてやり、時には困りごとを解決するために手を貸してやるようになり、今に至る。

 秋弦にとっては、妖も人間も等しく照葉の国に住む守るべき民だが、異形を恐れるものは少なくない。

 誰かに咎められるのではないかと心配だったが、妖たちがやって来るのは秋弦がひとりきりになる真夜中だけ。しかも、彼らの呼びかけに答えると現世と常夜の狭間のような場所へ迷い込むらしく、秋弦と妖の遣り取りはほかの人間には見ることも聞くこともできないようだった。

 たっぷり眠れないのは少々つらいが、妖たちは愚痴や相談事のついでに夜陰に乗じて密かに行われる悪だくみなど、有益な情報を落としていってくれることもあるので、それなりに益がある。

――取り敢えず、明日にでもさっそく絵図を描いて、じいに頼んで器に針を付けたものを作ってみてもらおう。

 豆腐小僧が喜ぶ姿を思い浮かべながら目をつぶった途端、今度は「ポポンッ」と鼓を連打する音が聞こえた。
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