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きつねの婿さがし 4
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楓は律儀に言いつけを守っていたけれど、少し年上の尻尾が三本になった狐たちはしょっちゅう山を抜け出し、人間の姿に化けて麓の村へ遊びに出かけている。
彼らが言うには、人間の暮らしはとっても面白いらしい。
まだまだ上手く人間に化けられない楓にはとっても無理な話だが、狐の姿のままでもいいから、近くでじっくりたっぷり観察してみたかった。
真ん中から縦右半分が白、左半分が黄金色のふさふさの尻尾を前足で掴みながら、おずおずと尋ねる。
「あのう、母さま……」
しかし、「なんじゃ」と言った葛葉はピンとその白い耳を立て、今一度神鏡を振り返って呟いた。
「……わらわの庭に薄汚い足で踏み入った不届きものは、落とし物をしたらしい」
九つある尾のうちの一つが、ピシッとある方角を指し示す。
助けに行くと言うかと思いきや、葛葉はその尾を静かに下ろした。
「落とし物、拾いに……行かないの?」
じっと見つめる楓に、金の瞳を細めて諭す。
「わらべであっても、弱いものは生き残れぬのが人の世の理じゃ」
落とし物というのが人間の子供で、それが今にも死にそうなのだということを知り、楓はきゅっと尻尾を強く握りしめた。
「余計な真似をするでないぞ。楓」
何か言う前に、ぐさりと釘を刺された楓はしょんぼりと頷いた。
「……はい、母さま」
そうして、すごすごと後退りして拝殿を出たところで、ちらっと後ろを振り返る。
葛葉は、再び神鏡に見入っている。
楓は、そのまま白い石の敷き詰められた境内を足早に抜けると楼門を出た。
楼門から少し先、木々を縫って朱の鳥居が立ち並ぶ下界へと続く隧道の入り口までやって来たところで、ぼそっと呟く。
「……余計な真似じゃないもん」
楓たち伊奈利山の狐が仕える豊受姫は、いつも命を慈しみなさいと言っている。
弱いものは生きられないのは、狐だって同じだけれど――大人になったら、強くなるかもしれない。
楓は、朱の鳥居の隧道へ飛び込むと、一気に山を駆け下りた。
やがて薄暗い鳥居で出来た隧道を抜けた先に明るい光が見え、最後のひと足でぴょんと飛び出すと、ふわふわの落ち葉の上に降り立った。
くるくると円を描くように歩きながら辺りの様子を窺えば、金色と銀色のものが見えた。
刀を振りかぶった大きな人間の男の足元に、小さな人間の子供がいるのだと気付くと共に禍々しい殺気を感じた。
楓は、とっさに首に括りつけていた巻物をくわえて振り回す。
紐が解け、長い巻物が空を舞って男に巻き付くと、刀を振りかぶった男の後ろにいた二人もあわせて人形のように固まった。
尻もちをついている子供に駆け寄って、袖をくわえてぐいっと引く。
術は一時しか効かない。早く逃げなくてはならないのだ。
「……キツネ?」
子供は驚いたように楓を見下ろし、改めて子供の姿を間近に見上げた楓も驚いた。
――キツネ色?
子供は、黒髪黒目の人間ばかりが住む照葉の国では、ありえない姿をしていた。
肩の上で揺れる日の光を紡いだような金茶色の髪。金の睫毛に覆われた金茶色の瞳。
あちこち擦り傷だらけの頬は雪のように白く、唇はグミの実のように赤い。
それは、とても美しい生き物だった。
彼らが言うには、人間の暮らしはとっても面白いらしい。
まだまだ上手く人間に化けられない楓にはとっても無理な話だが、狐の姿のままでもいいから、近くでじっくりたっぷり観察してみたかった。
真ん中から縦右半分が白、左半分が黄金色のふさふさの尻尾を前足で掴みながら、おずおずと尋ねる。
「あのう、母さま……」
しかし、「なんじゃ」と言った葛葉はピンとその白い耳を立て、今一度神鏡を振り返って呟いた。
「……わらわの庭に薄汚い足で踏み入った不届きものは、落とし物をしたらしい」
九つある尾のうちの一つが、ピシッとある方角を指し示す。
助けに行くと言うかと思いきや、葛葉はその尾を静かに下ろした。
「落とし物、拾いに……行かないの?」
じっと見つめる楓に、金の瞳を細めて諭す。
「わらべであっても、弱いものは生き残れぬのが人の世の理じゃ」
落とし物というのが人間の子供で、それが今にも死にそうなのだということを知り、楓はきゅっと尻尾を強く握りしめた。
「余計な真似をするでないぞ。楓」
何か言う前に、ぐさりと釘を刺された楓はしょんぼりと頷いた。
「……はい、母さま」
そうして、すごすごと後退りして拝殿を出たところで、ちらっと後ろを振り返る。
葛葉は、再び神鏡に見入っている。
楓は、そのまま白い石の敷き詰められた境内を足早に抜けると楼門を出た。
楼門から少し先、木々を縫って朱の鳥居が立ち並ぶ下界へと続く隧道の入り口までやって来たところで、ぼそっと呟く。
「……余計な真似じゃないもん」
楓たち伊奈利山の狐が仕える豊受姫は、いつも命を慈しみなさいと言っている。
弱いものは生きられないのは、狐だって同じだけれど――大人になったら、強くなるかもしれない。
楓は、朱の鳥居の隧道へ飛び込むと、一気に山を駆け下りた。
やがて薄暗い鳥居で出来た隧道を抜けた先に明るい光が見え、最後のひと足でぴょんと飛び出すと、ふわふわの落ち葉の上に降り立った。
くるくると円を描くように歩きながら辺りの様子を窺えば、金色と銀色のものが見えた。
刀を振りかぶった大きな人間の男の足元に、小さな人間の子供がいるのだと気付くと共に禍々しい殺気を感じた。
楓は、とっさに首に括りつけていた巻物をくわえて振り回す。
紐が解け、長い巻物が空を舞って男に巻き付くと、刀を振りかぶった男の後ろにいた二人もあわせて人形のように固まった。
尻もちをついている子供に駆け寄って、袖をくわえてぐいっと引く。
術は一時しか効かない。早く逃げなくてはならないのだ。
「……キツネ?」
子供は驚いたように楓を見下ろし、改めて子供の姿を間近に見上げた楓も驚いた。
――キツネ色?
子供は、黒髪黒目の人間ばかりが住む照葉の国では、ありえない姿をしていた。
肩の上で揺れる日の光を紡いだような金茶色の髪。金の睫毛に覆われた金茶色の瞳。
あちこち擦り傷だらけの頬は雪のように白く、唇はグミの実のように赤い。
それは、とても美しい生き物だった。
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