キツネつきのお殿さま

唯純 楽

文字の大きさ
上 下
6 / 159

きつねの婿さがし 2

しおりを挟む
 如月は、楓よりふた回りも大きく、力も強い。

 そのまま腰を押し付けられそうになったので、ぺたりと座り込んで抵抗すると、背後から囁かれた。

「楓。ずっとつがいになれるのを待ってたんだ。最初は、知らない奴よりも俺のほうがいいだろう? たくさん子供を産めるぞ」

 確かに、見知らぬ狐とつがいになんてなりたくないが、だからと言って如月となりたいわけでもない。

 楓は、如月があまり好きではなかった。
 正確に言えば、昔は好きだったこともあるけれど、今は好きではない。

 金狐である如月は子供の頃からとても強く、楓の母にも気に入られていたが、楓にとっては羨ましい存在であり、苦手な存在でもあった。
 生まれたての頃は、如月の後をくっ付いてまわり、一緒に眠ったりもしていたけれど、ひとりで狩りができるようになってからは、意地悪をされた記憶しかない。獲物を横取りされたり、散歩中に突然追いかけ回されたり、なかなか色の揃わない毛並みをけなされたりと、いい思い出がない。

 無言のままじっと動かずにいると、如月は痺れを切らして、力任せに楓を押し倒した。

「やっ!」

 がぶり、とその鼻先に噛みついて、如月が怯んだ隙にするりと抜け出す。

「このっ……!」

 カッと見開かれた金色の瞳とクワッと開かれた口から見えた牙に震え上がりそうになったが、足を踏ん張り、睨み返した。

 いつでも自信満々で、放っておいても女狐のほうから寄って来る如月には、自分を嫌う女狐がいるなんて微塵も考えたことがないのだろう。
 楓はすっと息を吸い込んで呼吸を整えると、きっぱりはっきり宣言した。

「如月とつがいになるのがいやなの。だって、如月のこと……嫌いだから!」

 如月は、呆然とした様子で目を大きく見開いていた。
 その様子に、逃げるなら今しかないと思い定め、楓はじりじりと後退りする。
 如月の六本の尻尾が地面に向かってしおれるように垂れているのを確かめて、止めを刺した。

「如月とは、絶対につがいにならないっ!」

 そのまま身を翻すと、赤い鳥居の隧道ずいどうへ飛び込んだ。

 走りに走り、転がるようにして山を駆け下りて、楓はただひたすらに照葉の国の真ん中にあるお城を目指して駆け続けた。

 ――十年前の約束を果たすために。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

『まて』をやめました【完結】

かみい
恋愛
私、クラウディアという名前らしい。 朧気にある記憶は、ニホンジンという意識だけ。でも名前もな~んにも憶えていない。でもここはニホンじゃないよね。記憶がない私に周りは優しく、なくなった記憶なら新しく作ればいい。なんてポジティブな家族。そ~ねそ~よねと過ごしているうちに見たクラウディアが以前に付けていた日記。 時代錯誤な傲慢な婚約者に我慢ばかりを強いられていた生活。え~っ、そんな最低男のどこがよかったの?顔?顔なの? 超絶美形婚約者からの『まて』はもう嫌! 恋心も忘れてしまった私は、新しい人生を歩みます。 貴方以上の美人と出会って、私の今、充実、幸せです。 だから、もう縋って来ないでね。 本編、番外編含め完結しました。ありがとうございます ※小説になろうさんにも、別名で載せています

そういう時代でございますから

Ruhuna
恋愛
私の婚約者が言ったのです 「これは真実の愛だ」ーーと。 そうでございますか。と返答した私は周りの皆さんに相談したのです。 その結果が、こうなってしまったのは、そうですね。 そういう時代でございますからーー *誤字脱字すみません *ゆるふわ設定です *辻褄合わない部分があるかもしれませんが暇つぶし程度で見ていただけると嬉しいです

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...