キツネつきのお殿さま

唯純 楽

文字の大きさ
上 下
3 / 159

はたらきもののお殿さま 2

しおりを挟む
◇◆

 今日も今日とて、いつもと変わらぬ怒涛の政務を終えた秋弦が大広間を出たのは、日が落ちる寸前だった。

 風呂に入り、心身の疲れを洗い流せば、夕餉に出された銚子一本の酒で酔いが回る。

「殿は、少々働き過ぎですぞ。寝所に枯れたじいとまったく小さくない、育ち過ぎの小姓を侍らせるだけ……一向に艶めいた噂もないままとは、なんとも嘆かわしい」

 珍しく寝所まで付いてきたかと思えば、秋弦がいらないと言うのも聞かずに按摩のごとく足腰を揉みながら嘆く角右衛門に、寝間着を用意していた小姓兼弟の春之助が反論した。

「小さくなくとも小姓になるのに差し支えないでしょう。それに、小姓は奥方がいようが妾がいようが殿の傍に侍るものです」

「春之助さまは殿の弟君なのですぞ」
「確かに血筋では弟ですが、あくまでも自分は殿に仕える小姓です」
「……小姓ではなく、小姑の間違いでは?」
「……角右衛門殿こそ、舅ではなく姑なのでは?」

 背中越しに火花を散らしている二人の様子に、秋弦は溜息を吐いた。

 春之助は秋弦より五つ年下で、秋弦が照葉の国主となった当時、まだ十二歳と幼かったが神童と呼ばれるほど賢く、秋弦の母と春之助の母の立場が逆だったなら、文句なしの主になっただろうと言われていた。次期主に春之助を推す者も少なくなかった。

 しかし、先代が隠居すると宣言したとき、本人はきっぱり断り、余計な騒動を巻き起こしたくないので仏門に入ると言い出した。

 秋弦としては、春之助はたったひとりの弟であるし、数年後には国の中枢に関わる職に就いてほしいと思っていたので、相応しい地位を用意しようとしたのだが、どんな地位を約束しようとも、春之助は頷かなかった。

 秋弦の傍に置いてくれるなら城に残るが、それが叶わないなら仏門に入ると頑なに言い張るので、仕方なく小姓にしたのだ。

 一年もすれば秋弦の世話に明け暮れる日々に飽いて、きっと違うことをしたいと言い出すだろうと思っていたのだが、一向にその気配もないまま三年が過ぎている。

 秋弦が正室を迎えて跡継ぎを設けるという義務果たせば、春之助も少しは考えを変えるかもしれないが、まったくその目途が立たない。

 すべては秋弦の不甲斐なさが原因だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

婚約破棄されてから義兄が以前にも増して過保護になりました。

木山楽斗
恋愛
両親と姉を亡くした私は、姉の夫であるお義兄様を始めとするコークス公爵家の人々に支えられていた。 そんな公爵家によって紹介された婚約者から、私は婚約破棄を告げられた。彼は私の一家が呪われているとして、婚約を嫌がったのだ。 それに誰よりも怒ったのは、お義兄様であった。彼は私の婚約者だった人を糾弾して、罰を与えたのである。 それからお義兄様は、私に対して過保護になった。以前からそのような節はあったが、それがより過激になったのだ。 私にとって、それは嬉しいことでもある。ただあまりにも過保護であるため、私は少し気が引けてしまうのだった。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?

Debby
恋愛
キャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢とクラレット・メイズ伯爵令嬢は困惑していた。 最近何故か良く目にする平民の生徒──エボニーがいる。 とても可愛らしい女子生徒であるが視界の隅をウロウロしていたりジッと見られたりするため嫌でも目に入る。立場的に視線を集めることも多いため、わざわざ声をかけることでも無いと放置していた。 クラレットから自分に任せて欲しいと言われたことも理由のひとつだ。 しかし一度だけ声をかけたことを皮切りに身に覚えの無い噂が学園内を駆け巡る。 次期フロスティ公爵夫人として日頃から所作にも気を付けているキャナリィはそのような噂を信じられてしまうなんてと反省するが、それはキャナリィが婚約者であるフロスティ公爵令息のジェードと仲の良いエボニーに嫉妬しての所業だと言われ── 「私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 そう問うたキャナリィは 「それはこちらの台詞だ。どうしてエボニーを執拗に苛めるのだ」 逆にジェードに問い返されたのだった。 ★★★ 覗いて頂きありがとうございます 全11話、10時、19時更新で完結まで投稿済みです

【完結】愛してなどおりませんが

仲村 嘉高
恋愛
生まれた瞬間から、王妃になる事が決まっていたアメリア。 物心がついた頃には、王妃になる為の教育が始まった。 父親も母親も娘ではなく、王妃になる者として接してくる。 実兄だけは妹として可愛がってくれたが、それも皆に隠れてコッソリとだった。 そんなある日、両親が事故で亡くなった同い年の従妹ミアが引き取られた。 「可愛い娘が欲しかったの」 父親も母親も、従妹をただただ可愛いがった。 婚約者である王太子も、婚約者のアメリアよりミアとの時間を持ち始め……? ※HOT最高3位!ありがとうございます! ※『廃嫡王子』と設定が似てますが、別のお話です ※またやっちまった、断罪別ルート。(17話から)  どうしても決められなかった!!  結果は同じです。 (他サイトで公開していたものを、こちらでも公開しました)

結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?

宮永レン
恋愛
 没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。  ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。  仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

処理中です...