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はたらきもののお殿さま 2
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◇◆
今日も今日とて、いつもと変わらぬ怒涛の政務を終えた秋弦が大広間を出たのは、日が落ちる寸前だった。
風呂に入り、心身の疲れを洗い流せば、夕餉に出された銚子一本の酒で酔いが回る。
「殿は、少々働き過ぎですぞ。寝所に枯れたじいとまったく小さくない、育ち過ぎの小姓を侍らせるだけ……一向に艶めいた噂もないままとは、なんとも嘆かわしい」
珍しく寝所まで付いてきたかと思えば、秋弦がいらないと言うのも聞かずに按摩のごとく足腰を揉みながら嘆く角右衛門に、寝間着を用意していた小姓兼弟の春之助が反論した。
「小さくなくとも小姓になるのに差し支えないでしょう。それに、小姓は奥方がいようが妾がいようが殿の傍に侍るものです」
「春之助さまは殿の弟君なのですぞ」
「確かに血筋では弟ですが、あくまでも自分は殿に仕える小姓です」
「……小姓ではなく、小姑の間違いでは?」
「……角右衛門殿こそ、舅ではなく姑なのでは?」
背中越しに火花を散らしている二人の様子に、秋弦は溜息を吐いた。
春之助は秋弦より五つ年下で、秋弦が照葉の国主となった当時、まだ十二歳と幼かったが神童と呼ばれるほど賢く、秋弦の母と春之助の母の立場が逆だったなら、文句なしの主になっただろうと言われていた。次期主に春之助を推す者も少なくなかった。
しかし、先代が隠居すると宣言したとき、本人はきっぱり断り、余計な騒動を巻き起こしたくないので仏門に入ると言い出した。
秋弦としては、春之助はたったひとりの弟であるし、数年後には国の中枢に関わる職に就いてほしいと思っていたので、相応しい地位を用意しようとしたのだが、どんな地位を約束しようとも、春之助は頷かなかった。
秋弦の傍に置いてくれるなら城に残るが、それが叶わないなら仏門に入ると頑なに言い張るので、仕方なく小姓にしたのだ。
一年もすれば秋弦の世話に明け暮れる日々に飽いて、きっと違うことをしたいと言い出すだろうと思っていたのだが、一向にその気配もないまま三年が過ぎている。
秋弦が正室を迎えて跡継ぎを設けるという義務果たせば、春之助も少しは考えを変えるかもしれないが、まったくその目途が立たない。
すべては秋弦の不甲斐なさが原因だった。
今日も今日とて、いつもと変わらぬ怒涛の政務を終えた秋弦が大広間を出たのは、日が落ちる寸前だった。
風呂に入り、心身の疲れを洗い流せば、夕餉に出された銚子一本の酒で酔いが回る。
「殿は、少々働き過ぎですぞ。寝所に枯れたじいとまったく小さくない、育ち過ぎの小姓を侍らせるだけ……一向に艶めいた噂もないままとは、なんとも嘆かわしい」
珍しく寝所まで付いてきたかと思えば、秋弦がいらないと言うのも聞かずに按摩のごとく足腰を揉みながら嘆く角右衛門に、寝間着を用意していた小姓兼弟の春之助が反論した。
「小さくなくとも小姓になるのに差し支えないでしょう。それに、小姓は奥方がいようが妾がいようが殿の傍に侍るものです」
「春之助さまは殿の弟君なのですぞ」
「確かに血筋では弟ですが、あくまでも自分は殿に仕える小姓です」
「……小姓ではなく、小姑の間違いでは?」
「……角右衛門殿こそ、舅ではなく姑なのでは?」
背中越しに火花を散らしている二人の様子に、秋弦は溜息を吐いた。
春之助は秋弦より五つ年下で、秋弦が照葉の国主となった当時、まだ十二歳と幼かったが神童と呼ばれるほど賢く、秋弦の母と春之助の母の立場が逆だったなら、文句なしの主になっただろうと言われていた。次期主に春之助を推す者も少なくなかった。
しかし、先代が隠居すると宣言したとき、本人はきっぱり断り、余計な騒動を巻き起こしたくないので仏門に入ると言い出した。
秋弦としては、春之助はたったひとりの弟であるし、数年後には国の中枢に関わる職に就いてほしいと思っていたので、相応しい地位を用意しようとしたのだが、どんな地位を約束しようとも、春之助は頷かなかった。
秋弦の傍に置いてくれるなら城に残るが、それが叶わないなら仏門に入ると頑なに言い張るので、仕方なく小姓にしたのだ。
一年もすれば秋弦の世話に明け暮れる日々に飽いて、きっと違うことをしたいと言い出すだろうと思っていたのだが、一向にその気配もないまま三年が過ぎている。
秋弦が正室を迎えて跡継ぎを設けるという義務果たせば、春之助も少しは考えを変えるかもしれないが、まったくその目途が立たない。
すべては秋弦の不甲斐なさが原因だった。
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