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馬は追いかけるもの、花嫁は逃げるもの 1

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 祭壇の前から逃走したものの、あっさり捕獲されたビヴァリーは、一目散に今来た道を駆け戻る薄情な馬車馬を見送った後、しばらくの間大人しくハロルドの腕の中に収まっていた。

 ハロルドが、いつどこで確かめると言い出すか気がきでなく、ちょっとした茂みや木立が目に入るたび、ビクビクしてしまった。

 狐狩りのときの前科がある。外でも、確かめられると言いかねない。

 しかし、一向に馬を止める気配はなく、やがてその行く先が侯爵家の館ではないことに気が付いた。

「ハル……どこへ行くの?」

 無駄とは思いつつ訊いてみたが、ぐっと唇を引き結び、前だけを見て馬を駆っているハロルドは答えない。

(怒るだろうとは思っていたけど、でも、わざと怒らせているわけじゃない……)

 ハロルドは、ビヴァリーが結婚を拒んだことに腹を立てているのだろうが、ビヴァリーを荷物みたいに乱暴に扱うことはせず、しっかりと腕に抱いて、ほどよい速さを保つよう巧みに馬を操っている。

 少年の頃から、ハロルドは一定の距離を保って相手を見定めてから態度を決めるように、誰にでもにこやかに接する性質ではなかったが、大人になってその距離は一層大きくなったようだ。

(でも、それだけが原因ではないかも……。私も、ハルといるとドキドキして、何だかおかしなことしちゃうし……)

 再会してからというもの、なかなか快適な関係を築けないのは、ハロルドの態度や性格のせいだけではないかもしれないとビヴァリーは思った。

 ハロルドといると、馬といるときのような揺るぎない好きという気持ちよりは、不安と安堵と不思議な嬉しさが入り混じった奇妙な気持ちになる。

 怖いような、それでいて嬉しいような、レース前の気持ちに似ている。

 勝つか負けるか、期待と不安で体中がむずむずするけれど、決して走るのを止めたいとは思わない。
 走らなくては、ゴールの先にある素晴らしい景色は見られないのだから。

(だけど……ハルは言うこと聞いてくれないし……ちゃんとゴールできなさそう……)

 ごく稀ではあるけれど、レースで頑として動くのを拒み、スタートできない馬もいれば、走っているうちによそ見をしてコースを外れていく馬もいる。騎手が落っこちてもたいていの馬は走り続ける。

 調教で改善することもあるが、どうしても苦手を克服できなかったり、生まれ持った気性はそのまま変わらなかったりという場合もある。

(ハルの場合、調教で簡単に直るとは思えないんだけど……鞭を使うのは好きじゃないけど、でも……)

「ビヴァリー」

「はいっ!?」

 ギクリとして飛び上がったビヴァリーは、ハロルドの視線の先を追って茫然とした。

「着いた」

 そこには、見覚えのある小さな館があった。

「…………」

「夏の間は、このあたりまで馬たちを放牧に連れて来ることもあるから、休憩に使ったり、短期間泊まったりはしているが、誰かを住まわせたりはしていない」

 黒っぽい石を積み上げるようにして造った、素朴な二階建ての家の周りには小さな赤や白の花が咲いている。

 開け放たれた窓からはいい匂いが漂い、昼食の用意ができたとラッセルに知らるために、玄関の分厚い木の扉を開け放って飛び出して行く自分の姿が見えるようだ。

 でも、その先にあったはずのものはもうない。

 厩舎がかつてあった場所は緑に覆われ、所々、隆起している場所に覗く煉瓦の欠片がその名残を留めているだけだった。

 その遥か向こう。あたり一帯を見渡せる丘の上に、大きな木と小さな墓標があることをビヴァリーは知っていた。

「あとで行こう」

 そう約束して馬を降りたハロルドは、顔をしかめた。

「靴がないな」

 教会に落としてきてしまったことを思い出し、裸足でも歩けると言おうとしたが、そのまま抱き下ろされた。

「は、ハルっ!」

「花婿は、花嫁を抱いて新居に入るものだと言うし、ちょうどいい」

 ビヴァリーがあたふたしている間に、ハロルドはさっさと懐かしい家に足を踏み入れた。

 そのまま二階へ上がり、かつてのビヴァリーの部屋へ向かう。

 ベッドと机、小さな本棚と箪笥があるだけの部屋は、あの頃は狭いと思っていたけれど、屋根裏部屋の暮らしに慣れた今では十分すぎるほど広かった。

「昨日のうちに、リネンは取り替えてくれているし、掃除もしてある」

 ビヴァリーをベッドの上へ下ろしたハロルドは、開け放たれていた窓を閉め、なぜかレースのカーテンまで閉める。

「身支度に必要なものも揃っているはずだ」

 洗面台のほうを示しながら、ハロルドはビヴァリーの頭にかろうじて踏み止まっていたヴェールを外し、一度は嵌めたエメラルドの指輪を外し、自分では絶対に脱げないと思っていた長手袋を見事に引き抜いた。

 きついと思っていたのを見透かしたように、見もせずにドレスの後ろ身頃の小さなボタンを器用に外してコルセットまで緩める。

「は、ハル、あの、あ、ありがとう。もう大丈夫……」

 胸からずり落ちそうになっている身頃を手で押さえながら、もう楽になったと言いかけたビヴァリーは、ドレスの裾から入り込んだ手に驚いた。

「は、ハルっ!?」

 ハロルドは「邪魔でしかない……」と呟いて、ビヴァリーの肩を押して、いともたやすくベッドの上に転がすと、ドレスを膨らませるための細工を取り外し、慎ましく膝まで覆っていたドロワーズを引き下ろした。

「な、なに……する……」

「確かめると言っただろう?」

 かさばるドレスをたくし上げられ、慌てて起き上がろうとしたが、伸し掛かるようにキスされて押し倒される。

 唇を重ねるだけのキスからは、顔を背ければすぐに解放されたが、ハロルドの手はストッキングのない太股から更に上へと伸び、何のために存在しているのかをさんざん思い知った場所に触れた。

「や、やだっ!」

 微かに開いた隙間に埋められようとしている指に、二度と味わいたくない痛みを覚えている身体が強張る。

 ハロルドは、指を突き入れるのはやめ、ゆっくりとその入り口をなぞるように撫でた。

「ひっ」

 何かが内側から滲み出し、膝を閉じようとしても足に力が入らなくなる。

 少しずつ解れていく秘唇が、もっと欲しいとねだるようにハロルドの指を追って、湿った音を立てている。

「い……やっ……やだっ」

 気持ちよくなった後に何が来るのか知っているビヴァリーは、どんどん深まる快感に溺れないよう、必死にハロルドを押し退けようともがいた。

「嫌? こんなに……蜜を溢れさせているのに?」

 その指先が、膨らみ始めた花芽に触れると痺れるような快感に貫かれた。

「あっ……んーっ!」

 思わずぎゅっと足の間にいたハロルドの腰を膝で締め付ける。

「はっ……はぁっ……」

 波は一瞬で去ったものの、ドクドクと心臓が脈打ち、どっと蜜が溢れ出す。

 四肢を投げ出して喘ぐビヴァリーの唇に軽くキスをして、ハロルドは敏感になった芽に再び触れた。

「ひっ……やっ!」

(またあれが来たら、おかしくなっちゃう……)

「どうして嫌なんだ?」

 暴れるビヴァリーを押さえつけるように上体を寄せたハロルドが、耳元で囁く。

「ふっ……」

 くすぐったさに身悶えすると、ビヴァリーが捉えたあらゆる音を抉るように舌を差し入れられた。

「んっ! んんっ! や、ハルっ」

 ジタバタと暴れているうちに、すっかりずり落ちたドレスから露になった胸の先に、硬い指先が触れた。

「あっ」

 押し潰すさないよう、でも離れないように優しく触れられていたかと思うと、きゅっと摘まみ上げられた。

「ひゃっ」

 跳ね上がるビヴァリーの身体を厚い胸板で押さえつけながら、さんざん耳を嬲り、胸の蕾を悪戯していたハロルドは、新たに弄ぶことに決めたらしい、乳房へ唇を寄せた。

「うっ……やぁんっ」

 軽く吸いつき、ビヴァリーが手足を突っ張るようにして昇りつめると、大きく口を開けて味わい始める。

 その間も、硬い指先はもう一方の蕾を捏ね、ほんの一時たりとも休ませてくれない。

 もっと大きな悦びを求めて、どんどん身体が熱くなるのを感じながら、ビヴァリーは必死に理性を呼び戻そうとした。

(なんで……こんなことしてるの……結婚式から逃げ出したのに……な、なかったことにするはずが……何かあったことになっちゃう……)

 ハロルドも、本当は結婚する必要はないとわかっているのに、きっと意地になっているだけなのだと、ビヴァリーは思った。

 しかも、花嫁が逃げ出し、祭壇に置き去りにされるという屈辱は、ハロルドのプライドをいたく傷つけただろう。

 先を走る馬がいるとやる気になるという競走馬の本能を刺激してしまったのは、迂闊だった。

「だ、ダメ……やだ、ハル……やめっ……」

(本当に何もなかったとしても、このまま続けたら、結局のところ結婚しなくちゃいけないことをすることに……自分で仕掛けた罠に自分から飛び込んでいるような……)

「どうしてだ?」

「ひっ……あああっ」

 秘唇の入り口で、微かな刺激に震えていた粒をぐっと押し込まれたビヴァリーは、悲鳴を上げて仰け反った。

  目をつぶるとぐるぐると世界が回り、一生懸命考えていたことが頭から吹き飛んで、燃えるように熱くなった身体から汗が噴き出す。

 あとほんの少しの刺激を加えられたら、叫び続けてしまいそうだ。

「ふっ……うっ……やだって……言ったのに」

 あまりの衝撃に涙が滲み、聞く耳を持たないハロルドに恨みがましく文句をぶつけた。

 嗚咽を堪えていると瞼や鼻の頭にキスされた。

「気持ちいいんだろう? それなのに、どうして嫌なんだ? ビヴァリー」

 心底不思議だと言わんばかりのハロルドの声に、むっとしてビヴァリーは鳶色の瞳を見上げた。

「だって……この後、痛くなる」

 ハロルドには、絶対にわからないに違いないと思い、ビヴァリーは訴えた。

「ハルのは、ものすごく痛かったっ! 二つに割れちゃうかと思うくらい、痛かったのっ!」

 鳶色の瞳が揺らぎ、一瞬だけ眉尻が下がったが、すぐに立ち直ったハロルドはいつもの尊大な表情でビヴァリーを見下ろし、冷ややかに告げた。

「俺のせいで痛かったということは……つまり、教会で言ったことは嘘だったということだな」
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