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「では、最後に安房と里見家の仕置を行う。」

 その声に合わせて控えさせていた小姓が里見勢を連れてくる。多数の武将に囲まれ居心地が悪そうにしている里見家臣と微動だにしていない英傑、里見義堯。そんな彼を見て、里見家臣も徐々に落ち着きを取り戻している。

 里見義堯は北条内でも一目置かれている男だ。なので彼を嘲る者や侮る者は誰もいない。それは敵対してきた真里谷や千葉も分かっている。厳かな雰囲気の中、父・氏康が言葉を発する。

 「まずは今回切り取った安房と上総、下総の一部は全て北条の土地とする。そして、臣従を申し出た千葉と真里谷の領地も合わせて、我らの家中では『房総』という名の一つの領地としてまとめて扱うこととする。『房総』の開発には文官志望の者たちと既に文官として働いている者たちを送り込み、実地研修させながら育てていく。

 次に里見家とその家臣についてだが、里見義堯本人の切腹、それに正木兄弟の切腹が最低条件である。当主に続いて腹を切る者を止めたりはせぬ。」

 これは北条勢にとっても何もおかしくない沙汰だったのだろう。すんなりと受け入れられた。しかし、既に俺にスカウトされていた里見勢は驚いたり戸惑ったりしている。唯一里見義堯本人だけが身じろぎもせず、俺をじっと見つめている。

 おそらく「この状況お前はどう乗り切るつもりなのか?」とでも言うつもりだろうか。では、ご期待に添えるように働きますか。

 「少しお待ちを。」

 半歩前に出て頭を下げる。

 「なんだ?」

 父の圧が凄い。普段の会話からでは感じられない、北条を背負う男としての威厳そのものが溢れ出ているようだ。

「此度の里見勢に対する仕置を再考していただきたく存じまする。と申しますのも、元々の里見勢の領地は里見義堯本人を信奉する領民が多いのです。そんな中で彼らを殺してしまえば表面上は黙って従っていても腹の中ではこちらに敵対心を持つ面従腹背の者で溢れ返ってしまい、今後の『房総』の統治が立ち行かなくなる恐れが大きくなりまする。」

ふむ、と父が考え込む。そこで事前に口合わせをしていた原胤清がこちらに話を振る。

「それでも彼を処分しない訳には参らぬでしょう。彼らがもし寝返り、再び敵にでもなれば、厄介極まりかねません。こちらの詳しい軍の情報も漏れる恐れも高まりまするし、我らも里見義堯に何人もの身内や知り合いを討ち取られております。今回は手伝い戦だったとは言え、簡単に受け入れられませぬぞ?そこはどうお考えか?」

「では、里見義堯に腹を切らせたとしましょう。その息子の里見義弘は絶対に北条を許しますまい。彼が我々に臣従するというのは聞いているとは思われますが、必ずや彼は己の武を以って父の敵討ちをしましょうぞ。彼はそれが出来る男です。

 そして、次は義弘を恨む者が出てきて、そいつが義弘を殺します。これをずっと続けるおつもりか?仕方がないと言えばそこまででござるが。

 我らは人でありまするゆえ、過去の事を水に流せとは申しませぬ。されど関東の平和を保つために、引いては民の暮らしのためにここは我慢なさるべきかと存じまする。

 …それと、これは私個人の意見ですが、里見義堯殿が我々の仲間として共に戦ってくれれば、これほど心強い味方は居らぬと存じますが、如何に?」

今度は綱成殿が口を挟む。

「確かに義堯殿が味方に居て貰えれば、我々武官としてはとても心強く有難い話だ。だが、そもそもの話だが、里見義堯殿はこちらに従ってもらえるのかな?」

「それは…」

こちらはまだ確証が得られていないので、勝手な形で決めてしまう訳にも行かない。

「では、私は此度の房総統一の戦功に関する褒賞を全て返上いたします。その代わりに私の要求を認めていただきたい。元々私が頂ける予定だった褒美は、全て他の方々で分けてもらえればよろしいかと存じまする。」

 ここで広間が騒めく。今回の俺の功績は北条家中でもダントツであり、次期当主でなければ出世コースまっしぐらの褒美を貰える。それを蹴ってまで里見義堯を手に入れようとするのだ。ざわめきが起きるのは当然だな。そして父が口を開く。

 「里見義堯以下里見勢の処遇は北条伊豆守氏政に任せる。その代わり本人の申し出どおり褒賞は1つも無しとする。もし問題が起こった場合は勿論責任を取って罰を受けてもらう。以上だ。」
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