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どうも春の麗らかな天気の最中、今日も今日とて農作業に精を出す北条軍です。農作業を始めてから三日が経ち、久留里城周辺も慌ただしくなっているのが分かってきている。里見軍が打って出てくるのだろう。

 こちらは今日か明日には来ると踏んでいたから特に動揺する事なく、むしろ気を引き締めて警戒に当たっている。そういえば原親子と対面して軍議を開いたが、中々に頭がキレる奴だった。伊達に千葉家の中で最大勢力を誇っている訳ではなさそうだ。

 息子の方はまだ思慮が足りぬところがあるようだが、それを補って余りある程の知略を父親の方が持っていて、今は息子を鍛えている所らしい。

 使い潰すか飼い殺しにするつもりだったが、上手く千葉と真里谷の兵を削り、この戦が終われば北条に臣従するしかない状態にしてくれているところを見ると、子使いとして幸隆の下に放り込んでもいいかもしれないな。

 お昼になった頃、里見軍が久留里城を出てこちらに向かっているとの連絡を風魔から届けられた。後方の農民たちにはすぐに椎津城の方向まで逃している。

 50名ほどの警護をつけて先導しているため整然とした撤退ができていた。そして、残った黒鍬衆には最低限の胸当てや兜をさせて身軽なまま長槍や弓を扱ってもらう。それ以外の兵が武装した状態で前面を押し留める予定だ。

 分かり辛い山中に騎馬隊と竜騎兵を隠しているため、そちらは幸隆と風魔に任せて、俺たちは田んぼに水を入れている川を渡り背水の陣を敷く。我らが川まで追いやられて負ければ、血が広がり米が不味くなる。血で育った米など食いたくないし気張るか。

 「勘助、中央と右翼の指揮を任せるぞ。俺は光秀と共に鉄砲衆のところに行く。勿論後方から斉射の時機や指示を出すだけだ。前線には出ない。」

 「はっ!一応風魔を連絡役として何人か残して置いてくださいませ。」

 「勿論だ、手配しておこう。」

 「相手はあの里見義堯でございます。北条も何度か煮え湯を飲まされておりまする。決して油断なされぬようにお願い申し上げまする。」

 「そうだな。崩れそうになったら光秀と共にいの1番に撤退するとしよう。」

 勘助とは離れて少し中央の陣から下がったところで待機をする。布陣としては左翼に原、
中央前面に常備兵、中面に黒鍬衆、後方高台に鉄砲衆、右翼に常備兵、右翼側面の山中に騎馬隊だ。

 里見軍が見えてきた。相手も守るこちらを見つけたのか一度止まり、布陣を整えている。こちらは鶴翼の陣だが、向こうは中央を鋒矢の陣で右翼と左翼は雁行で来るようだ。一気呵成に中央を突破して食い破り、側面を突かれないようにするつもりだな。

 相手の軍が儀礼として鏑矢を放ち、弓の撃ち合いに入るかと思われたが、里見軍は弓など撃つ気配なく、いきなり軍を突撃させてきた。こちらとしては元から前面と他で分けてあったため大きな動揺はなく、前面三列で槍衾を作る。

 一列目が盾を構え、二列目がそれに斜めになるように盾を構える。三列目がその隙間から槍を突き出し踏ん張る。ファランクスもどきだな。そしてその間から命中制度の高い黒鍬衆の弩兵が馬上の指揮官や武士を狙い撃ちにする。

 残りは少し後方で弓を曲射する。今回は大きく弧を描くよりも前面に飛ばすことを意識した構成にしてある。そして、斉射ではなく連射の指示だ。各々準備が出来次第発射させている。

 相手の距離がどんどんと詰まってくるが、こちらの弓の攻撃も効いているようで、そこらかしこで被害を出している。特に中央付近は指揮官の被害が激しいようで少し崩れ始めている。

 だが後ろから義堯が突っ込んできているため下がる訳にも行かず、たとえ軍の形が崩れようとも前へ来るしかない。督戦隊のようなものなのか?

 だが、里見軍の勢いは確実に弱まった。そろそろ鉄砲衆に準備をさせる。150ずつを3部隊に分け、三段打ちをさせる。正直そこまでうまく行くとは思えないが、やらないよりはマシだ。

 ぅぉぉおお

まだだ、まだ遠い。

 うぉおおお

もう少し。

 うおおおおおお

今だ! 俺が軍配を振り下ろすのと、光秀が斉射の指示を出すのはほぼ同時だった。

「「撃てい!」」

ダァン! ダァン! ダァン!

「槍隊、盾持ちは歯を食いしばって衝撃に耐えろ!!!」

 相手は見たことも聞いたこともない兵器である鉄砲を防げることもなく、たちまちに蜂の巣にされていく。これによって里見軍の出鼻は挫かれたようで勢いが脆弱なまま、こちらの槍衾に突っ込んでいき、どんどん槍に刺さって死んでいく、辛うじて生きていた者も後ろの音にびっくりして暴れる騎馬隊に踏み潰されて死んでいっている。

 そこに合わせて弓から投石に変えたスリング部隊と、後方から長槍を振り下ろす黒鍬衆に為す術もなく叩かれ、被害を拡大させていく。こちらの第一目標は達成だ。

 だが、少し後方にいた里見本隊は軍をまとめ方円の陣を築き、こちらの武器から距離を取ろうとじわじわと右翼の方へ移動する。左翼はそのまま交戦状態だ。

 鉄砲が遠距離武器だとは分かっていないだろうが、弓や投石を防ぐために同士討ちを仕掛けさせようと詰めているのだろう。ならば左翼側を叩くだけだ。攻めようにも盾持ちを左翼と中央側に寄せて効果的な攻撃が行えていない。

 この方円の陣を囲もうにも戦力が分散して、むしろこちらが押し返される危険がある。どうするかと思っていると、勘助がうまく右翼を交代させながら左斜めになるように陣を変更していく。多分だが、竜騎兵に遠慮なく撃たせるための陣形作りだと読んだ俺は、鉄砲衆を率いて右翼後方まで移動する。その間にも一応圧力をかけるために、端の方への投石や長槍での遠隔攻撃を始める。

 中央部隊の盾持ちを減らして槍持ちを増やし、右翼の援護に直勝を向かわせている。右翼の陣替えが終わると、ちょうど右翼に中央の援軍が到着した戦線がガッチリと嵌って膠着する。

 俺たち鉄砲衆はここまで詰められると、同士討ちが怖くて鉄砲が撃てない。

「右翼の外側に回り込んで鉄砲を撃ちかけるぞ!」

「なりませぬ!若殿は初めての前線の戦で気が逸っておりまする!何卒落ち着いてくだされ!」

 勿論それは分かっているが、ここで行かなければと気が焦る。動悸が激しく、自分でも今の精神状態がおかしい事には気づける。前線は後方から指示を出すのとは違って、血の匂いと火薬の匂い、人々の怒号が行き交い、後方とは全く違う印象を受ける。

 里見義堯の指揮が上手くハマって、こちらがジリジリと攻めあぐねながら削られていてどうすればいい?

~幸隆~

戦が始まってすでに1刻程が経つ。里見本隊が方円の形に陣形を整え、中央から逃れるように右翼側、つまりこちら側へと向かってきている。このまま戦線が膠着状態になれば、負けはしなくても勝てる見込みも低くなるだろう。
今こそ攻め時だな!

「よし!お前たち!今こそ我らの力を見せる時ぞ!突っ込め!」

おおぉぉぉ!!!

 声を上げながら馬を駆けさせ、右翼から少しはみ出た後方の兵に突っ込む。先ずは竜騎兵15に先頭の兵を狙って撃ち込ませ駆け抜けさせる。

 その次に騎馬隊本隊が傷口を広げるように薙ぎ倒していく。そして最後に後方に置いておいた竜騎兵に35で味方がいない方向へと撃ちかけさせ、敵兵の隊列を乱れさせて駆け抜ける。これがワシが考えた竜騎兵の使い方じゃ!

駆け抜ける時にチラリと本隊の奥にいる偉丈夫の男と目があった気がする。あれが里見義堯か?圧倒的な武の雰囲気を感じた。一人の武士として槍を打ち合わせてみたいものよ。

「駆け抜けた後、弓の範囲外まで進軍!弾込め急げ!次は原隊の方に突っ込むぞ!」

「「「おう!」」」

~氏政~
 突破口と傷口を広げるためのいい突撃だと、光秀が幸隆の部隊を誉めているのを聞いて、俺も少しは落ち着いた。状況がよく把握できるとやる事も見えてくる。相手は持ち直したとは言え農兵が主体のため、士気を挫けばこちらの勝ちだ。

「部隊長に50を率いらせて回り込ませろ!今なら敵も動揺している!」

「分かりました!」

 鉄砲衆のほんの一部50名ほどを警護をつけて外側に回り込ませておく。そして、本隊の鉄砲衆には弾を込めずに空砲の準備をさせ撃ちかける。もちろん音しか鳴らないが、普段聞かない轟音にたちまち混乱が波及していく。また、別働隊にしていた鉄砲衆が射線を通し撃ちかける事で本物の攻撃だと分からせていく。

 右翼はただひたすら耐え、中央と左翼で横合いを突く。そしてまた幸隆の突撃隊が、今度はうちの陣とは反対側に向けて竜騎兵を斉射させながら騎馬隊で蹂躙する。相手の旗が揺らぎ始め、何本かは地に伏せ始める。

 ついに里見軍が崩れた。ここが攻め所だと勘助も思ったのだろう。ここぞとばかりに中央を寄せて半包囲の形にする。原親子もその動きに追随して7割ほどは囲めた。

 蓋をしていない壺のような形の包囲はやはり空いている側から"撤退"を始めている。此れを好機と見た軍が追撃に出ることはなく、ゆっくりと戦線を押し上げていく。

 だが待てよ?おかしくないか?なぜ遅滞行動みたいな形で軍の形を一応なりとも保ちながら下がれる?そこは普通敗走だろう。何かがおかしい。なんだ?
 
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