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もしかして、図星なのか。
元恋人であるイーラがガズールから来て仕事か何かで俺かグリゴールを追っていたとしたら。
今は護衛ではなく、アリオラ王妃にランシェットの監視や襲撃役として雇われていてもおかしくはない。
襲撃後に身を隠すため夫婦役などをしたのを見られていたら、今頃腸が煮えくり返っているかもしれない。
ランシェットは無言で頭に差していた花を投げ捨て、衣服を男に見えるよう元通りに整え直した。
周囲を警戒していたグリゴールも、ランシェットの身支度が終わると元通り以上に騎士らしく衣服を一糸の乱れもなく着込んだ。
「…ここから先はお前さんは身を小さくして俺の体の影になるようにしててくれ!」
ここまで王都に近づいておきながら私怨混じりで襲撃されては堪らない。
「本人だったら誤解だと伝えてくれよ」
「ああ、善処する!」
善処するとは甘すぎでは無いかと声をかけようとした時、風を切る音が傍を掠めていく。
「…来やがった!」
遮るものが少ない交易道。
道の周囲には木や大きな岩など、襲撃する側には都合の良い道だった。
普段は王都のそばであり、警備の兵もいる為野盗なども滅多に居なかったが、王都で騒ぎが起きている今、こちらの警備など疎かになっているだろう。
剣を小脇から抜き、ランシェットの体を覆うようにしながら馬に股がったまま駆け抜ける。
斜め前から来ていた矢は、馬で矢を払いながら駆けている間にやや後ろになったが、入れ違いに前方の道に黒い影が木の上から現れた。
「…俺以外の男は抱かないって言ってたじゃないか。
…この嘘つき!」
その言葉と共に先程の襲撃者と思しき男が先の曲がった刃の刀を体の前に掲げ、凄まじい勢いでこちらに走ってきた。
「イーラ!!俺は無実だ!」
明らかに狼狽したグリゴールが悲痛な声を上げる。
それでも護衛の手は緩められることはなかったが、イーラと呼ばれた男は今度はフードから出た顔を隠すこともせず駆けてきた。
サラサラとした黒い髪に、褐色の肌、青い瞳。
腕を見るだけで健康的に痩せた肢体はまだ若い。
声も合わせて察するに二十代前半と言ったところか。
「嘘つき!『花』と塔の中で二人きりで過ごしてたんだろう!?有り得ない!」
イーラは顔を歪め激昂した。
グリゴールの言葉はイーラの耳には響いていないようだ。
…善処すると言った理由がわかった気がした。
グリゴールがイーラの一撃を弾く音と同時に、衝撃が走り堪らずグリゴールの愛馬は嘶きを上げて高く前脚を上げた。
「うわっ!」
「どうどうっ!大丈夫か!捕まっていろよ!」
駆け抜け方向を変えたイーラが、憤怒の表情で追いかけてくる。
同時に後方の物陰から短弓に矢を番えたやや大柄な男が飛び出してくる。
「イーラ様、あの塔は密閉されていて一度入ったら出されるまで食料を入れる看守の手しか通らない作りだそうですよ」
その言葉に、背後からもう一撃を喰らわせてくるかと思ったイーラの動きが一瞬止まる。
「本当だ!俺はお前以外の男は抱いていない!」
一生懸命なグリゴールの声がその場に響き渡った。
…騎士が往来で言う言葉ではない。
王都で反乱が起きていて誰もこの道を通っていなかったから良かったものの、誰か他のヴォルデ国民がいたら眉を顰めるだけでは済まなかったかもしれない。
「…良かった。『花』と一緒に斬っちゃうとこだったよ。
会いたかった、グリゴール」
イーラはふにゃりと全身の筋肉を緩め、人好きのする笑顔で獲物を腰の鞘に納めるとブランシェットを無視して馬上のグリゴールに抱きついてきた。
高級な香油の蠱惑的な香りが鼻腔を擽る。
「姉上に呼ばれて来たけど、正直グリゴールが『花』としてないならもうどうだっていいよ…」
イーラは撓垂れ掛かるようにグリゴールの頬に手を添え、わざとらしくリップ音をさせてグリゴールの唇を啄む。
「っ…イーラ、姉上とは?」
慌てて引き剥がしながら聞くが、イーラは不満そうに口を尖らせて続きを求めていた。
グリゴールが諦めたように口付けてやると、イーラは嬉しそうに吐息混じりの甘い声で呟いた。
「アリオラだよ…そこの『花』と同じ男に嫁いでる…可哀想な女」
元恋人であるイーラがガズールから来て仕事か何かで俺かグリゴールを追っていたとしたら。
今は護衛ではなく、アリオラ王妃にランシェットの監視や襲撃役として雇われていてもおかしくはない。
襲撃後に身を隠すため夫婦役などをしたのを見られていたら、今頃腸が煮えくり返っているかもしれない。
ランシェットは無言で頭に差していた花を投げ捨て、衣服を男に見えるよう元通りに整え直した。
周囲を警戒していたグリゴールも、ランシェットの身支度が終わると元通り以上に騎士らしく衣服を一糸の乱れもなく着込んだ。
「…ここから先はお前さんは身を小さくして俺の体の影になるようにしててくれ!」
ここまで王都に近づいておきながら私怨混じりで襲撃されては堪らない。
「本人だったら誤解だと伝えてくれよ」
「ああ、善処する!」
善処するとは甘すぎでは無いかと声をかけようとした時、風を切る音が傍を掠めていく。
「…来やがった!」
遮るものが少ない交易道。
道の周囲には木や大きな岩など、襲撃する側には都合の良い道だった。
普段は王都のそばであり、警備の兵もいる為野盗なども滅多に居なかったが、王都で騒ぎが起きている今、こちらの警備など疎かになっているだろう。
剣を小脇から抜き、ランシェットの体を覆うようにしながら馬に股がったまま駆け抜ける。
斜め前から来ていた矢は、馬で矢を払いながら駆けている間にやや後ろになったが、入れ違いに前方の道に黒い影が木の上から現れた。
「…俺以外の男は抱かないって言ってたじゃないか。
…この嘘つき!」
その言葉と共に先程の襲撃者と思しき男が先の曲がった刃の刀を体の前に掲げ、凄まじい勢いでこちらに走ってきた。
「イーラ!!俺は無実だ!」
明らかに狼狽したグリゴールが悲痛な声を上げる。
それでも護衛の手は緩められることはなかったが、イーラと呼ばれた男は今度はフードから出た顔を隠すこともせず駆けてきた。
サラサラとした黒い髪に、褐色の肌、青い瞳。
腕を見るだけで健康的に痩せた肢体はまだ若い。
声も合わせて察するに二十代前半と言ったところか。
「嘘つき!『花』と塔の中で二人きりで過ごしてたんだろう!?有り得ない!」
イーラは顔を歪め激昂した。
グリゴールの言葉はイーラの耳には響いていないようだ。
…善処すると言った理由がわかった気がした。
グリゴールがイーラの一撃を弾く音と同時に、衝撃が走り堪らずグリゴールの愛馬は嘶きを上げて高く前脚を上げた。
「うわっ!」
「どうどうっ!大丈夫か!捕まっていろよ!」
駆け抜け方向を変えたイーラが、憤怒の表情で追いかけてくる。
同時に後方の物陰から短弓に矢を番えたやや大柄な男が飛び出してくる。
「イーラ様、あの塔は密閉されていて一度入ったら出されるまで食料を入れる看守の手しか通らない作りだそうですよ」
その言葉に、背後からもう一撃を喰らわせてくるかと思ったイーラの動きが一瞬止まる。
「本当だ!俺はお前以外の男は抱いていない!」
一生懸命なグリゴールの声がその場に響き渡った。
…騎士が往来で言う言葉ではない。
王都で反乱が起きていて誰もこの道を通っていなかったから良かったものの、誰か他のヴォルデ国民がいたら眉を顰めるだけでは済まなかったかもしれない。
「…良かった。『花』と一緒に斬っちゃうとこだったよ。
会いたかった、グリゴール」
イーラはふにゃりと全身の筋肉を緩め、人好きのする笑顔で獲物を腰の鞘に納めるとブランシェットを無視して馬上のグリゴールに抱きついてきた。
高級な香油の蠱惑的な香りが鼻腔を擽る。
「姉上に呼ばれて来たけど、正直グリゴールが『花』としてないならもうどうだっていいよ…」
イーラは撓垂れ掛かるようにグリゴールの頬に手を添え、わざとらしくリップ音をさせてグリゴールの唇を啄む。
「っ…イーラ、姉上とは?」
慌てて引き剥がしながら聞くが、イーラは不満そうに口を尖らせて続きを求めていた。
グリゴールが諦めたように口付けてやると、イーラは嬉しそうに吐息混じりの甘い声で呟いた。
「アリオラだよ…そこの『花』と同じ男に嫁いでる…可哀想な女」
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