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イーラ
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何事も起こらないまま日は暮れ、船は夜更けには小さな島々のある海峡を星と月を頼りに進んでいた。
大きくカーブを描いた舳先に取り付けられたランプの灯りはここに船が居るということを知らせる為だけで、あまりに頼りなかった。
グリゴールとイーラは船の左舷を哨戒する担当になっていた。
イーラの他の数人はその割り振りに明らかに不服そうな表情だったが、イーラが改めて一瞥すると青ざめた表情で持ち場へと小走りで去っていった。
「…いいのか?」
「いいんだ。あいつら、俺が護衛をやるからって家族ががつけた護衛なんだ。
護衛の護衛なんて滑稽だろ?
…家から離れたくてここに来たのにあいつらに囲まれてると息が詰まるよ」
どうやらイーラはどこかの御曹司だったようだ。
余程不満が溜まっていたようで、船のへりを掴み寝ていた猫がするようにうーんと伸びをした。
なるほど、さっきの空気はそういうことだったのかとグリゴールは納得した。
「俺も実は堅苦しい家から出て諸国放浪中でな。
余りにも自由が過ぎるとか言われて、今は半分勘当状態だが」
「羨ましいな。俺もいつか自由に色んな国にいってみたいよ。
グリゴールはヴォルデの出身だろう?
いつか行ったら国内を案内して欲しいな!」
イーラはくるくると良く表情が変わる。
しなやかな動きやら何から、まるで気まぐれな猫のようだと思った。
何もかもが新鮮らしく、月や海面の反射光に照らされて光る瞳も星のようにきらきらと輝いていた。
それから夜が明けるまで穏やかな時間が流れ、太陽が赤く輝く頃にはイーラとグリゴールはすっかり打ち解け、久々に会った兄弟のように語り合っていた。
船はガズールと交易のある小さな島国や、ヴォルデから遠く離れた地図で見た記憶しかない国の港に食糧や物資を補給がてら寄り、片道約十日程かけて進んで行った。
こうした寄港先で宝石が好まれ、日持ちを気にせず交易を出来るというのはヴォルデには真似の出来ないガズールならではの強みだと感じた。
加えて砂漠の多い過酷な気候条件を生き延びてきた彼らには、立ち寄り先で購入した食料を最大限に保存する方法も伝わっており、航海の際に重宝した。
「ガズールでは肉はこうやって小さく切り分けて水分を抜いて乾燥させて持っておくんだ。
はぐれて砂漠で迷子になっても少しは生き延びれるから、子供のうちから教えこまれるんだよ」
そう言いながらイーラはある港で仕入れた肉を船上で手際よく捌いて小さな干し肉を作り、グリゴールにも持たせてくれた。
それ以来、グリゴールはどこへ行く時もその方法で干し肉を作り、携行している。
「それがあの干し肉か…」
話を聞いていたランシェットは、以前グリゴールが出してきた小さな干し肉を思い出した。
「ああ。そして、その肉を捌いていた時にあいつは自分の獲物を使っていたんだが…」
グリゴールは顎に手を当て、どこか遠くを見るように視線を彷徨わせ少しの間言葉を選んでいた。
「その獲物を持つ指や動きの癖が、少し分厚くはなったがどうもあいつに似ているんだ」
武器をろくに扱ったことのないランシェットは、曖昧なその言葉に首を傾げた。
「…指を見て分かるものなのか?」
「…お前さんも王の指なら覚えてるんじゃないか?
…その…ガズールを離れるまでの少しの間だが、俺とイーラは…そういう関係だった」
ランシェットは零れそうなほど目を丸くした。
グリゴールの今までの話しぶりから、男相手は興味が無いのだと思っていたから。
「お互い酒を飲んだ勢いで、基本的に俺は女相手しか…って何を言わせるんだ!
とにかく、あいつはいつも爪を綺麗にしていたしまだ若かったし…
今会ったら丁度あんな感じだろうと思ったんだよ」
ランシェットは頭をガシガシと掻きながら真っ赤になったグリゴールを見ながら、最初に会った時言われた言葉を思い出して少し不愉快になった。
噂が立っていたから仕方ないとは言え、お前も男と枕を重ねていたのならそこまで怯えることもないだろうに。
「どうしてそんな不機嫌そうなんだ?」
「…別に。まあでも本当にイーラなら、久々に会った元恋人が男と一緒に行動していたのを見たら…相手に斬りかかってやるくらいするかもな」
冗談混じりで言ったつもりだったが、グリゴールは表情を強ばらせていた。
大きくカーブを描いた舳先に取り付けられたランプの灯りはここに船が居るということを知らせる為だけで、あまりに頼りなかった。
グリゴールとイーラは船の左舷を哨戒する担当になっていた。
イーラの他の数人はその割り振りに明らかに不服そうな表情だったが、イーラが改めて一瞥すると青ざめた表情で持ち場へと小走りで去っていった。
「…いいのか?」
「いいんだ。あいつら、俺が護衛をやるからって家族ががつけた護衛なんだ。
護衛の護衛なんて滑稽だろ?
…家から離れたくてここに来たのにあいつらに囲まれてると息が詰まるよ」
どうやらイーラはどこかの御曹司だったようだ。
余程不満が溜まっていたようで、船のへりを掴み寝ていた猫がするようにうーんと伸びをした。
なるほど、さっきの空気はそういうことだったのかとグリゴールは納得した。
「俺も実は堅苦しい家から出て諸国放浪中でな。
余りにも自由が過ぎるとか言われて、今は半分勘当状態だが」
「羨ましいな。俺もいつか自由に色んな国にいってみたいよ。
グリゴールはヴォルデの出身だろう?
いつか行ったら国内を案内して欲しいな!」
イーラはくるくると良く表情が変わる。
しなやかな動きやら何から、まるで気まぐれな猫のようだと思った。
何もかもが新鮮らしく、月や海面の反射光に照らされて光る瞳も星のようにきらきらと輝いていた。
それから夜が明けるまで穏やかな時間が流れ、太陽が赤く輝く頃にはイーラとグリゴールはすっかり打ち解け、久々に会った兄弟のように語り合っていた。
船はガズールと交易のある小さな島国や、ヴォルデから遠く離れた地図で見た記憶しかない国の港に食糧や物資を補給がてら寄り、片道約十日程かけて進んで行った。
こうした寄港先で宝石が好まれ、日持ちを気にせず交易を出来るというのはヴォルデには真似の出来ないガズールならではの強みだと感じた。
加えて砂漠の多い過酷な気候条件を生き延びてきた彼らには、立ち寄り先で購入した食料を最大限に保存する方法も伝わっており、航海の際に重宝した。
「ガズールでは肉はこうやって小さく切り分けて水分を抜いて乾燥させて持っておくんだ。
はぐれて砂漠で迷子になっても少しは生き延びれるから、子供のうちから教えこまれるんだよ」
そう言いながらイーラはある港で仕入れた肉を船上で手際よく捌いて小さな干し肉を作り、グリゴールにも持たせてくれた。
それ以来、グリゴールはどこへ行く時もその方法で干し肉を作り、携行している。
「それがあの干し肉か…」
話を聞いていたランシェットは、以前グリゴールが出してきた小さな干し肉を思い出した。
「ああ。そして、その肉を捌いていた時にあいつは自分の獲物を使っていたんだが…」
グリゴールは顎に手を当て、どこか遠くを見るように視線を彷徨わせ少しの間言葉を選んでいた。
「その獲物を持つ指や動きの癖が、少し分厚くはなったがどうもあいつに似ているんだ」
武器をろくに扱ったことのないランシェットは、曖昧なその言葉に首を傾げた。
「…指を見て分かるものなのか?」
「…お前さんも王の指なら覚えてるんじゃないか?
…その…ガズールを離れるまでの少しの間だが、俺とイーラは…そういう関係だった」
ランシェットは零れそうなほど目を丸くした。
グリゴールの今までの話しぶりから、男相手は興味が無いのだと思っていたから。
「お互い酒を飲んだ勢いで、基本的に俺は女相手しか…って何を言わせるんだ!
とにかく、あいつはいつも爪を綺麗にしていたしまだ若かったし…
今会ったら丁度あんな感じだろうと思ったんだよ」
ランシェットは頭をガシガシと掻きながら真っ赤になったグリゴールを見ながら、最初に会った時言われた言葉を思い出して少し不愉快になった。
噂が立っていたから仕方ないとは言え、お前も男と枕を重ねていたのならそこまで怯えることもないだろうに。
「どうしてそんな不機嫌そうなんだ?」
「…別に。まあでも本当にイーラなら、久々に会った元恋人が男と一緒に行動していたのを見たら…相手に斬りかかってやるくらいするかもな」
冗談混じりで言ったつもりだったが、グリゴールは表情を強ばらせていた。
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