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噂と絆
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「なんてこった…どおりで先任のじいさんあんな憐れむような目で俺を…」
参ったと言うような声色を聞き、噂の根深さを改めて思い知る。
「本当なのか、その…王とじゃ飽き足りず…ってのは」
「皆まだそう思ってるのか?」
「ああ。そう聞いてるからな」
呆れてため息が漏れてしまう。
「執務中以外ほぼ王と居たのに…どうすればそんな噂が出るんだろうな。
王だって馬鹿じゃないんだから噂通りいつも男を咥え込んでいたならさすがに気付かれるだろう」
「そ…そうか…」
「心配しなくても色仕掛けでお前を誘ったりはしないし、あの事件までは王しか俺に触れていない。
お前たちが聞いているのは誰かが流した根も葉もない嘘だ」
「あ、ああ」
明らかにほっとした様子の塔守に触発され気が緩んだのか、今まで渇ききっていた感情が堰を切ったように溢れ出して口をついた。
「父上は…アルグ伯爵はどうした?ご無事なのか!?
妹は?グダイユ伯爵に嫁いだマルールは!?」
矢継ぎ早にまくしたてるランシェットに塔守は一瞬言葉を失ったが、思い出したようにぽつりと話し出した。
「アルグ伯爵は…三年前胸を患って領地に引きこもった。
王の計らいで爵位や領地は取り上げられなかったが、周りの貴族連中の風当たりは酷いもんだな」
「…っ」
根も葉もない嘘を並べ立てられ、心労が祟った末のことだろうと見てとれて、悔しさが増した。
「グダイユ伯爵夫人は…あれからすぐ離縁されて尼僧になられた。
今アデールの寺院にいるそうだな」
「な…っ…」
母を早くに亡くしており、父には他に側室もいない為、妹のマルールはランシェットにとってただ一人の妹だった。
太陽の光を思わせる金色の髪、薔薇色の頬と口唇が身内ながら可愛らしく、性格も穏やかで、どこへ出しても何の非の打ち所も無い娘だと知る者全てが口を揃えていた。
事件が起こる少し前に十五になり、幼いころから婚約していたグダイユ伯爵家へ嫁いだばかりだった。
その娘の幸せを、自分自身が奪ってしまったのかと大きな罪悪感を感じた。
今まで家族だけが無事であれと、それだけを心の支えに生きてきたのだ。
足元が深い闇に飲み込まれるような錯覚に襲われ、虚無がランシェットの心の全てを支配していった。
「何だ?今度はだんまりか。
自分勝手な奴だな…もう寝るぞ」
「ああ…すまなかった」
ランシェットは力なくその場に崩れ落ちるようにうずくまり、膝を抱えていつしか眠りに落ちていた。
「…おい。朝だぞ。…起きてるか?」
「ん…」
「飯だ」
嵌め込んでいた石が外される音と共に塔守の声。
いつもの水分の抜けた硬いパンを掴んだ手が伸びてくる。
昨日聞いた家族の話がまだ心に影を落としていて、食欲など消え失せてしまっていた。
「いらない…」
「あんだと?…お、いつもこんな贅沢なもん食ってるのか、さすが王の花」
「何が…」
王都から運ばれてくる食事は通常の囚人の食事と同じ堅焼きのパンと、野菜が少し見える程度のスープだ。
取り立てて豪華なものなど何もない。
「ほらよ、ソースだ」
「え?」
最後に置かれたのは、見覚えのあるガラスの小瓶。
中には濃い昏い赤のとろりとした液体。
忘れようもない、王と共に朝食を摂ったときに必ずテーブルに並べられていたものだった。
王が手ずから、二人が出会った庭園で育て、ランシェットの為に用意させていたもの。
「クランベリーソース…なのか?
…何故急に?今まで一度も…」
震える指で瓶を手に取り、小さなその蓋を開けた。
息を吸い込むと、クランベリーの懐かしい、爽やかな酸味が鼻腔をくすぐった。
「大方前の塔守のじいさんが自分で食って入れ物だけ返してたんだろうさ。
良くあるこった」
「…もう王は私の事など…忘れてしまっているとずっと思っていた。
王を…恨んでしまっていた…!」
嗚咽が込み上げてきて、ランシェットはしばらくの間、我を忘れて子供のように泣きじゃくっていた。
これは本来、会えない王とランシェットの心を繋ぐものであるはずだった。
参ったと言うような声色を聞き、噂の根深さを改めて思い知る。
「本当なのか、その…王とじゃ飽き足りず…ってのは」
「皆まだそう思ってるのか?」
「ああ。そう聞いてるからな」
呆れてため息が漏れてしまう。
「執務中以外ほぼ王と居たのに…どうすればそんな噂が出るんだろうな。
王だって馬鹿じゃないんだから噂通りいつも男を咥え込んでいたならさすがに気付かれるだろう」
「そ…そうか…」
「心配しなくても色仕掛けでお前を誘ったりはしないし、あの事件までは王しか俺に触れていない。
お前たちが聞いているのは誰かが流した根も葉もない嘘だ」
「あ、ああ」
明らかにほっとした様子の塔守に触発され気が緩んだのか、今まで渇ききっていた感情が堰を切ったように溢れ出して口をついた。
「父上は…アルグ伯爵はどうした?ご無事なのか!?
妹は?グダイユ伯爵に嫁いだマルールは!?」
矢継ぎ早にまくしたてるランシェットに塔守は一瞬言葉を失ったが、思い出したようにぽつりと話し出した。
「アルグ伯爵は…三年前胸を患って領地に引きこもった。
王の計らいで爵位や領地は取り上げられなかったが、周りの貴族連中の風当たりは酷いもんだな」
「…っ」
根も葉もない嘘を並べ立てられ、心労が祟った末のことだろうと見てとれて、悔しさが増した。
「グダイユ伯爵夫人は…あれからすぐ離縁されて尼僧になられた。
今アデールの寺院にいるそうだな」
「な…っ…」
母を早くに亡くしており、父には他に側室もいない為、妹のマルールはランシェットにとってただ一人の妹だった。
太陽の光を思わせる金色の髪、薔薇色の頬と口唇が身内ながら可愛らしく、性格も穏やかで、どこへ出しても何の非の打ち所も無い娘だと知る者全てが口を揃えていた。
事件が起こる少し前に十五になり、幼いころから婚約していたグダイユ伯爵家へ嫁いだばかりだった。
その娘の幸せを、自分自身が奪ってしまったのかと大きな罪悪感を感じた。
今まで家族だけが無事であれと、それだけを心の支えに生きてきたのだ。
足元が深い闇に飲み込まれるような錯覚に襲われ、虚無がランシェットの心の全てを支配していった。
「何だ?今度はだんまりか。
自分勝手な奴だな…もう寝るぞ」
「ああ…すまなかった」
ランシェットは力なくその場に崩れ落ちるようにうずくまり、膝を抱えていつしか眠りに落ちていた。
「…おい。朝だぞ。…起きてるか?」
「ん…」
「飯だ」
嵌め込んでいた石が外される音と共に塔守の声。
いつもの水分の抜けた硬いパンを掴んだ手が伸びてくる。
昨日聞いた家族の話がまだ心に影を落としていて、食欲など消え失せてしまっていた。
「いらない…」
「あんだと?…お、いつもこんな贅沢なもん食ってるのか、さすが王の花」
「何が…」
王都から運ばれてくる食事は通常の囚人の食事と同じ堅焼きのパンと、野菜が少し見える程度のスープだ。
取り立てて豪華なものなど何もない。
「ほらよ、ソースだ」
「え?」
最後に置かれたのは、見覚えのあるガラスの小瓶。
中には濃い昏い赤のとろりとした液体。
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「クランベリーソース…なのか?
…何故急に?今まで一度も…」
震える指で瓶を手に取り、小さなその蓋を開けた。
息を吸い込むと、クランベリーの懐かしい、爽やかな酸味が鼻腔をくすぐった。
「大方前の塔守のじいさんが自分で食って入れ物だけ返してたんだろうさ。
良くあるこった」
「…もう王は私の事など…忘れてしまっているとずっと思っていた。
王を…恨んでしまっていた…!」
嗚咽が込み上げてきて、ランシェットはしばらくの間、我を忘れて子供のように泣きじゃくっていた。
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