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第3章 婚姻承諾の儀
04 輝く髪
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国王との会食のためにいつもの食堂に入るとあまり広くないテーブルには黄の瞳の小柄な少女が座っていた。
「シ、…シオン」
功助は突っ立ったまま黄金に輝くシオンベールをただ見つめていた。
「…コースケ様。ど…どうぞお座りください」
「あ、ああ。うん」
ぎこちなく歩きいつミュゼリアが椅子を引いてくれたのかも気付かないままシオンベールの向かいに腰かける。
「シオンだよな」
「はい。お忘れですか?」
と少し上目遣いで功助を見上げるシオンベール。
「い、いや。忘れたことなんかないけど…。なんか雰囲気が…」
とシオンベールの顔を見る。
少し病的な白さだった肌は健康的で、黄の瞳はキラキラ輝いている。しかし、何よりその金色の髪だ。金色というよりプラチナの絹糸のようなその髪。以前とは比べ物にならないほどの輝きと美しさがあった。しかもシオンベールのその髪は薄っすらと光を放っていた。もし今暗闇になったとしたらシオンベールの髪が輝いているのがはっきりとわかっただろう。
「い、以前より綺麗になったんじゃないかシオン」
功助がそう言うとシオンベールの顔が赤くなった。
「コ、コースケ様…。恥ずかしいです」
と俯き上目遣いで功助を見つめる。
「い、いや。ほんとにそう思うぞ。髪なんかキラキラ光っててとても綺麗だ」
「ありがとうございますコースケ様。髪がこのようになったのは、それは、私の魔力と体力が元に戻っているということなのです」
と微笑む。
「そうなのか」
「はい。なので…」
と何かを言おうとした時。
「あらぁシオン。今日は自室じゃないのね。うれしいわぁ」
とルルサ王妃が食堂に入るなりシオンベールに駆け寄り抱き付いた。
「きゃっ!あっ、お母様。はい。今日はここでいただこうかと」
「そうなの。ほんとよかったわ。ねえコーちゃん」
「は、はい」
王妃が振ってきた言葉に反射的に返事する。
「それにしてもシオン。あなた以前よりもすごく魔力が強くなったんじゃない。その髪、魔力が染み出てるわね。もしかしたらシャリーナ隊長を超えたかもね」
「い、いえ。そんなことはないと思います。確かに魔力は強くなりかなり安定してますが。シャリーナ隊長にはまだ及ばないかと」
「ううん。超えてるわよたぶんだけど。ねえコーちゃん、そう思うでしょ」
とまたまた功助に振ってきた。
「あ、いや。俺にはよくわかりませんが…。シオンの髪、輝いてるのは魔力が染み出てるんですか?」
「そうよ。フェンリルに襲われる前は今みたいに輝いてなかったのよ。たぶんこれもコーちゃんの魔力移植の副作用かもね。ね、そう思わないシオン」
「え、はい。おそらくはそうかと」
「よかったわねシオン。コーちゃんの魔力といつも一緒だなんて。お母さんうらやましいわあ」
「お、お母様。恥ずかしいです」
と頬を染めるシオンベール。
「なーに恥ずかしがってるのよ。ねえコーちゃん」
と笑顔で功助を見る。
「あはは」
苦笑し頭をかく功助。
「それより、ねえねえ聞いてよシオン、コーちゃんったらね、あなたがいないとほんと寂しそうにしてるのよ。食事している時もこのあなたの席をじっと見てるのよ。ほんとコーちゃんって一途よねえ」
とクスクス笑っている。
「ちょっ、ちょっと王妃様っ!」
と功助は腰を浮かせ王妃に文句を言おうとしたが、
「そうだぞシオン。コースケはお前のことだけを考えてるみたいだ。父親として嬉しいような悔しいような複雑な気分だぞ」
いつの間にか入室していた国王がシオンベールの肩をポンポンと叩いた。
「お、お父様」
うんうんと頷く国王陛下。
「コ……、コースケ様」
シオンベールは両手で頬を包むと上目遣いで功助を見る。功助は中腰になったまま目を泳がせた。
「あ、い、いや。その…。あははは」
功助は腰も降ろさずそのままの姿勢で頬を指でかいた。
「ははははは。愉快愉快」
大口を開けて国王が笑う。
「あなたはしたないですわよ」
といいつつ王妃もくすくす笑う。
「も、もうっ!お父様もお母様も!」
とシオンベールが両手で顔を覆い抗議の声をあげる。が、耳まで真っ赤だったりして、それがなんとも色っぽいと心で思う功助。
シオンベールを中心にしにぎやかな食事も終わり今はコーヒーを飲んでいる。
「すまぬが先に失礼する。少し用事があるのでな」
「あらそう。なら私も失礼しようかしら。んじゃお二人でゆっくりしててね」
「は、はい」
国王が席を立つと王妃もそれに続いて部屋を出て行く。
シオンベールは出て行く二人を見送ると功助の方に視線を戻した。
「…あ、あの……コースケ様」
「な、なんだシオン」
またシオンベールの口がパクパクと何かを言おうとしている。シオンベールが何か言う前に先に功助は話をはじめた。
「なあシオン」
「は、はい」
少し身構える。
「ここに来る前にさ。俺、部屋でちょっと居眠りしてたんだ」
「は…?はい」
予想もしてなかった内容にシオンベールはちょっと不思議そうな顔をした。
「…そしたらさ、…不思議なことが起こったんだ」
「不思議なこと、ですか?」
「ああ。信じてもらえるかどうかわからないけど、……俺の意識だけが元の…、元の世界の俺の家に行ったんだ」
「えっ?……それは…どういうこと…なのでしょうか?」
と功助を仰視する。
「俺にもよくわからないんだけど、気が付いたらさ俺の両親と妹の真依と飼ってる犬のディーが目の前にあらわれたんだ」
「…コースケ様の…ご家族が…」
「うん。両親も妹も元気みたいだったよ……。みんなが話してる声は聞こえるんだけど、俺の声は届かなくてさ。話を聞いてると俺が…、俺が行方不明になって四十日たったって」
「……」
「明日も俺のことを捜すために出かけるって。俺は、俺はここにいるぞって大声で叫んだんだけど、やっぱり届かないようでさ」
「……」
功助は一口コーヒーを飲んで口を湿らせるとまた話出した。
「その後さ、妹の真依がさ、……『早く帰って来いバカ兄貴のアホ』ってさ。酷いよなバカ呼ばわりだもんな。それもアホ付だよ」
と苦笑する。
「……コースケ様…」
「でも、その時思ったんだ俺。確かに家族と離れてしまって悲しいし寂しいし、でも…」
と続きを話そうとした時。
少し俯き加減だったシオンベールが急にガバッと顔を上げると大きな声を出した。
「コースケ様!ならば、ならば一刻も早く私の牙を使い元の世界にお戻りになってください!ご家族の皆様がコースケ様のお帰りを待っておられるのですから。早速明日……」
「ちょっと待ってくれシオン!」
「はっ…!?」
功助が少し強めの声で名前を呼ぶとあっけにとられたような顔をするシオンベール。
「……いいんだ。もう…、いいんだ」
「……コースケ様…。もういいとは……?」
と不思議そうな目を功助に向ける。
「あ、いや。ま、まだ向こうに帰る気はないということだ。そ、そうだ、まだ帰らないからな俺」
「コ…、コースケ様っ!」
今度はシオンベールが大きな声を出した。
「な、なんだシオン」
「いけませんっ!まだ帰らないなんていけません!一日も早く、一刻も早く元の世界にお戻りにならないと、父君も母君もマイ様も犬のディーくんも心配されてます。お早く…、お早くお戻りに……、お早く…」
「だから、まだ帰らないって言ってるだろ」
と強い口調になる功助。
「ダメです!」
とシオンベールは一蹴。
「いや、帰らない」
バン!
テーブルを叩き立ち上がるシオンベール。
「お帰りになってください!」
バン!
「まだだって行ってるだろ!」
功助もテーブルを叩いて立ち上がった。
「シオン!」
「コースケ様!」
テーブルの上に乗り出して互いに睨みあう。シオンベールの金色の瞳に功助が映っている。功助の瞳にもシオンベールが映っている。数秒互いに睨みあっていると、
「お二人とも、その辺りでおやめください」
と少し低めの声がした。それはおだやかだが背中に鳥肌が立つほどの威圧のある声だった。
二人同時に声の方を向くと、そこには無表情に立つバスティーアがいた。
「バ…、バスティーアさん」
「バ…、バスティーア」
功助とシオンベールはまた二人同時に固まった。
「姫様、コースケ様。周りをよくごらんください」
功助とシオンベールはまるで機械仕掛けの人形のように首を回すと周りでおろおろしている護衛騎士や侍女たち、そしてライラ副侍女長とミュゼリアをようやく認識した。
「「あっ……」」
「みなさん、お二人の言い争いを止めようとはしていたようですが、かなり興奮なさっていたようですね。姫様、コースケ様」
バスティーアはふうと嘆息し二人を見る。
「す、すみませんバスティーアさん」
「ごごごめんなさいバスティーア」
と二人そろって頭を下げる。
「わかっていただければ結構です。しかし、どうされたのですか?」
「は、はあ」
「聞いてくださいバスティーア。コースケ様が……」
「そうでしたか。コースケ様の意識が元の世界へ…。不思議なこともあるのですな」
「はい。なぜかはわかりませんが、元の世界で俺を 捜してくれているみたいで」
「それなのにコースケ様はまだ帰らないとおっしゃるのですよ」
とプンプンという擬音がぴったりの顔で怒っている。
「コースケ様。それはなぜでございましょうか?」
とバスティーア。
「あ、あの…」
と口ごもる。
「ふむ。ならばなぜこの世界に留まるというのでしょうか?」
「えと。あの…」
と俯く功助。
「コースケ様。お答え願えませんでしょうか?」
とやさしい声のバスティーア。
「……シオ…がい…から……」
「申し訳ございません。小さな声だったもので聞こえませんでした。それで、今なんと?」
とバスティーア。聞こえてないはずはないのだがと功助。しかしシオンベールの方を見ると首を傾げている。彼女には聞こえなかったようだ。
「…シオンがいるから……」
さっきよりは少し声は大きいぞとバスティーアを見る。
口の端をあげて大きく頷くとバスティーアはシオンベールを見る。
「姫様、聞こえましたかな?」
「…へ…?」
シオンベールは目が飛び出るんじゃないかというくらいに目を見開いて功助を見ている。そしてみるみる顔を真っ赤にさせると俯き両手を頬に当てた。
「姫様。コースケ様。私からは何もいうことはございません。あとはお二人でお決めになればいいかと思います。しかし、一言だけいわせていただきます」
と功助とシオンベールを交互に見ると、
「どちらかがではなく、お二方が幸福になられることを望んでおります。お二人が良き答えを出されますよう見守らせていただきます」
バスティーアは深々と一例をすると失礼いたしますと食堂を出て行った。
残された二人は一瞬目を合わせた。
「シオン」
「はい。コースケ様?」
「まだ時間あるか?」
「あ、はい」
「ならもうちょっと話できるか?」
「はい。大丈夫です」
二人はゆっくりと座ると功助は侍女にお茶を頼む。淹れられたお茶を一口飲むと二人とも落ち着いたようで見つめあった。
「なあシオン。もうすぐシオンの言ってた一ヶ月になるな」
「はい。もうほとんど魔力も体力もいっぱいです。いつでも私の牙を…」
「ちょっと待って!」
と掌をシオンベールに向けて広げた。
「へ?」
口をポカンと開けたまま功助を見るシオンベール。
「そのことなんだけど。まだ俺帰りたくないんだ。向こうに残してきた家族のことは気になるけど、まだこっちにもきになることがたくさんあってさ」
「はい…?」
「できればあと一ヶ月、一ヶ月待ってくれないか」
「え…。一ヶ月でございますか…。それは…?」
「理由は言えないけどしなければならないことがあるんだ。一ヶ月待ってくれ、頼む」
真剣にシオンベールの目を見つめる功助。
「……コースケ様……」
少し俯いて何度も瞬きをするシオンベール。
「しおん、頼む」
俯いているシオンベールをじっと見る。
「…はい…。わかりました。一か月後ですね。…でも」
と顔をガバッと上げると功助の目を強く見つめた。
「一ヶ月後、一ヶ月後には私の牙を使い元の世界にお戻りになることをお約束ください!」
「シ、…シオン」
功助は突っ立ったまま黄金に輝くシオンベールをただ見つめていた。
「…コースケ様。ど…どうぞお座りください」
「あ、ああ。うん」
ぎこちなく歩きいつミュゼリアが椅子を引いてくれたのかも気付かないままシオンベールの向かいに腰かける。
「シオンだよな」
「はい。お忘れですか?」
と少し上目遣いで功助を見上げるシオンベール。
「い、いや。忘れたことなんかないけど…。なんか雰囲気が…」
とシオンベールの顔を見る。
少し病的な白さだった肌は健康的で、黄の瞳はキラキラ輝いている。しかし、何よりその金色の髪だ。金色というよりプラチナの絹糸のようなその髪。以前とは比べ物にならないほどの輝きと美しさがあった。しかもシオンベールのその髪は薄っすらと光を放っていた。もし今暗闇になったとしたらシオンベールの髪が輝いているのがはっきりとわかっただろう。
「い、以前より綺麗になったんじゃないかシオン」
功助がそう言うとシオンベールの顔が赤くなった。
「コ、コースケ様…。恥ずかしいです」
と俯き上目遣いで功助を見つめる。
「い、いや。ほんとにそう思うぞ。髪なんかキラキラ光っててとても綺麗だ」
「ありがとうございますコースケ様。髪がこのようになったのは、それは、私の魔力と体力が元に戻っているということなのです」
と微笑む。
「そうなのか」
「はい。なので…」
と何かを言おうとした時。
「あらぁシオン。今日は自室じゃないのね。うれしいわぁ」
とルルサ王妃が食堂に入るなりシオンベールに駆け寄り抱き付いた。
「きゃっ!あっ、お母様。はい。今日はここでいただこうかと」
「そうなの。ほんとよかったわ。ねえコーちゃん」
「は、はい」
王妃が振ってきた言葉に反射的に返事する。
「それにしてもシオン。あなた以前よりもすごく魔力が強くなったんじゃない。その髪、魔力が染み出てるわね。もしかしたらシャリーナ隊長を超えたかもね」
「い、いえ。そんなことはないと思います。確かに魔力は強くなりかなり安定してますが。シャリーナ隊長にはまだ及ばないかと」
「ううん。超えてるわよたぶんだけど。ねえコーちゃん、そう思うでしょ」
とまたまた功助に振ってきた。
「あ、いや。俺にはよくわかりませんが…。シオンの髪、輝いてるのは魔力が染み出てるんですか?」
「そうよ。フェンリルに襲われる前は今みたいに輝いてなかったのよ。たぶんこれもコーちゃんの魔力移植の副作用かもね。ね、そう思わないシオン」
「え、はい。おそらくはそうかと」
「よかったわねシオン。コーちゃんの魔力といつも一緒だなんて。お母さんうらやましいわあ」
「お、お母様。恥ずかしいです」
と頬を染めるシオンベール。
「なーに恥ずかしがってるのよ。ねえコーちゃん」
と笑顔で功助を見る。
「あはは」
苦笑し頭をかく功助。
「それより、ねえねえ聞いてよシオン、コーちゃんったらね、あなたがいないとほんと寂しそうにしてるのよ。食事している時もこのあなたの席をじっと見てるのよ。ほんとコーちゃんって一途よねえ」
とクスクス笑っている。
「ちょっ、ちょっと王妃様っ!」
と功助は腰を浮かせ王妃に文句を言おうとしたが、
「そうだぞシオン。コースケはお前のことだけを考えてるみたいだ。父親として嬉しいような悔しいような複雑な気分だぞ」
いつの間にか入室していた国王がシオンベールの肩をポンポンと叩いた。
「お、お父様」
うんうんと頷く国王陛下。
「コ……、コースケ様」
シオンベールは両手で頬を包むと上目遣いで功助を見る。功助は中腰になったまま目を泳がせた。
「あ、い、いや。その…。あははは」
功助は腰も降ろさずそのままの姿勢で頬を指でかいた。
「ははははは。愉快愉快」
大口を開けて国王が笑う。
「あなたはしたないですわよ」
といいつつ王妃もくすくす笑う。
「も、もうっ!お父様もお母様も!」
とシオンベールが両手で顔を覆い抗議の声をあげる。が、耳まで真っ赤だったりして、それがなんとも色っぽいと心で思う功助。
シオンベールを中心にしにぎやかな食事も終わり今はコーヒーを飲んでいる。
「すまぬが先に失礼する。少し用事があるのでな」
「あらそう。なら私も失礼しようかしら。んじゃお二人でゆっくりしててね」
「は、はい」
国王が席を立つと王妃もそれに続いて部屋を出て行く。
シオンベールは出て行く二人を見送ると功助の方に視線を戻した。
「…あ、あの……コースケ様」
「な、なんだシオン」
またシオンベールの口がパクパクと何かを言おうとしている。シオンベールが何か言う前に先に功助は話をはじめた。
「なあシオン」
「は、はい」
少し身構える。
「ここに来る前にさ。俺、部屋でちょっと居眠りしてたんだ」
「は…?はい」
予想もしてなかった内容にシオンベールはちょっと不思議そうな顔をした。
「…そしたらさ、…不思議なことが起こったんだ」
「不思議なこと、ですか?」
「ああ。信じてもらえるかどうかわからないけど、……俺の意識だけが元の…、元の世界の俺の家に行ったんだ」
「えっ?……それは…どういうこと…なのでしょうか?」
と功助を仰視する。
「俺にもよくわからないんだけど、気が付いたらさ俺の両親と妹の真依と飼ってる犬のディーが目の前にあらわれたんだ」
「…コースケ様の…ご家族が…」
「うん。両親も妹も元気みたいだったよ……。みんなが話してる声は聞こえるんだけど、俺の声は届かなくてさ。話を聞いてると俺が…、俺が行方不明になって四十日たったって」
「……」
「明日も俺のことを捜すために出かけるって。俺は、俺はここにいるぞって大声で叫んだんだけど、やっぱり届かないようでさ」
「……」
功助は一口コーヒーを飲んで口を湿らせるとまた話出した。
「その後さ、妹の真依がさ、……『早く帰って来いバカ兄貴のアホ』ってさ。酷いよなバカ呼ばわりだもんな。それもアホ付だよ」
と苦笑する。
「……コースケ様…」
「でも、その時思ったんだ俺。確かに家族と離れてしまって悲しいし寂しいし、でも…」
と続きを話そうとした時。
少し俯き加減だったシオンベールが急にガバッと顔を上げると大きな声を出した。
「コースケ様!ならば、ならば一刻も早く私の牙を使い元の世界にお戻りになってください!ご家族の皆様がコースケ様のお帰りを待っておられるのですから。早速明日……」
「ちょっと待ってくれシオン!」
「はっ…!?」
功助が少し強めの声で名前を呼ぶとあっけにとられたような顔をするシオンベール。
「……いいんだ。もう…、いいんだ」
「……コースケ様…。もういいとは……?」
と不思議そうな目を功助に向ける。
「あ、いや。ま、まだ向こうに帰る気はないということだ。そ、そうだ、まだ帰らないからな俺」
「コ…、コースケ様っ!」
今度はシオンベールが大きな声を出した。
「な、なんだシオン」
「いけませんっ!まだ帰らないなんていけません!一日も早く、一刻も早く元の世界にお戻りにならないと、父君も母君もマイ様も犬のディーくんも心配されてます。お早く…、お早くお戻りに……、お早く…」
「だから、まだ帰らないって言ってるだろ」
と強い口調になる功助。
「ダメです!」
とシオンベールは一蹴。
「いや、帰らない」
バン!
テーブルを叩き立ち上がるシオンベール。
「お帰りになってください!」
バン!
「まだだって行ってるだろ!」
功助もテーブルを叩いて立ち上がった。
「シオン!」
「コースケ様!」
テーブルの上に乗り出して互いに睨みあう。シオンベールの金色の瞳に功助が映っている。功助の瞳にもシオンベールが映っている。数秒互いに睨みあっていると、
「お二人とも、その辺りでおやめください」
と少し低めの声がした。それはおだやかだが背中に鳥肌が立つほどの威圧のある声だった。
二人同時に声の方を向くと、そこには無表情に立つバスティーアがいた。
「バ…、バスティーアさん」
「バ…、バスティーア」
功助とシオンベールはまた二人同時に固まった。
「姫様、コースケ様。周りをよくごらんください」
功助とシオンベールはまるで機械仕掛けの人形のように首を回すと周りでおろおろしている護衛騎士や侍女たち、そしてライラ副侍女長とミュゼリアをようやく認識した。
「「あっ……」」
「みなさん、お二人の言い争いを止めようとはしていたようですが、かなり興奮なさっていたようですね。姫様、コースケ様」
バスティーアはふうと嘆息し二人を見る。
「す、すみませんバスティーアさん」
「ごごごめんなさいバスティーア」
と二人そろって頭を下げる。
「わかっていただければ結構です。しかし、どうされたのですか?」
「は、はあ」
「聞いてくださいバスティーア。コースケ様が……」
「そうでしたか。コースケ様の意識が元の世界へ…。不思議なこともあるのですな」
「はい。なぜかはわかりませんが、元の世界で俺を 捜してくれているみたいで」
「それなのにコースケ様はまだ帰らないとおっしゃるのですよ」
とプンプンという擬音がぴったりの顔で怒っている。
「コースケ様。それはなぜでございましょうか?」
とバスティーア。
「あ、あの…」
と口ごもる。
「ふむ。ならばなぜこの世界に留まるというのでしょうか?」
「えと。あの…」
と俯く功助。
「コースケ様。お答え願えませんでしょうか?」
とやさしい声のバスティーア。
「……シオ…がい…から……」
「申し訳ございません。小さな声だったもので聞こえませんでした。それで、今なんと?」
とバスティーア。聞こえてないはずはないのだがと功助。しかしシオンベールの方を見ると首を傾げている。彼女には聞こえなかったようだ。
「…シオンがいるから……」
さっきよりは少し声は大きいぞとバスティーアを見る。
口の端をあげて大きく頷くとバスティーアはシオンベールを見る。
「姫様、聞こえましたかな?」
「…へ…?」
シオンベールは目が飛び出るんじゃないかというくらいに目を見開いて功助を見ている。そしてみるみる顔を真っ赤にさせると俯き両手を頬に当てた。
「姫様。コースケ様。私からは何もいうことはございません。あとはお二人でお決めになればいいかと思います。しかし、一言だけいわせていただきます」
と功助とシオンベールを交互に見ると、
「どちらかがではなく、お二方が幸福になられることを望んでおります。お二人が良き答えを出されますよう見守らせていただきます」
バスティーアは深々と一例をすると失礼いたしますと食堂を出て行った。
残された二人は一瞬目を合わせた。
「シオン」
「はい。コースケ様?」
「まだ時間あるか?」
「あ、はい」
「ならもうちょっと話できるか?」
「はい。大丈夫です」
二人はゆっくりと座ると功助は侍女にお茶を頼む。淹れられたお茶を一口飲むと二人とも落ち着いたようで見つめあった。
「なあシオン。もうすぐシオンの言ってた一ヶ月になるな」
「はい。もうほとんど魔力も体力もいっぱいです。いつでも私の牙を…」
「ちょっと待って!」
と掌をシオンベールに向けて広げた。
「へ?」
口をポカンと開けたまま功助を見るシオンベール。
「そのことなんだけど。まだ俺帰りたくないんだ。向こうに残してきた家族のことは気になるけど、まだこっちにもきになることがたくさんあってさ」
「はい…?」
「できればあと一ヶ月、一ヶ月待ってくれないか」
「え…。一ヶ月でございますか…。それは…?」
「理由は言えないけどしなければならないことがあるんだ。一ヶ月待ってくれ、頼む」
真剣にシオンベールの目を見つめる功助。
「……コースケ様……」
少し俯いて何度も瞬きをするシオンベール。
「しおん、頼む」
俯いているシオンベールをじっと見る。
「…はい…。わかりました。一か月後ですね。…でも」
と顔をガバッと上げると功助の目を強く見つめた。
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