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第2章 『弱小領主のダメ息子、伝説の竜姫をお持ち帰りする』
003 『ミキ』
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ロセリア王国デルモンテ州のトリアーナ県を治める領主の息子『ベル』ことベルティカ=ディ=ガレリオ。領内で三匹のワイバーンに襲われ絶体絶命の窮地に陥っていた彼だったが、どこからか現れた褐色の女によって九死に一生を得た。
かたわらでスウスウと寝息を立てている女の寝顔を眺めながらベルは思案する。
(……さっきはヤン、アルと言っていたな。彼女の名前なんだろうか……? それに彼女はもしかすると————)
その時、遠くの方で狼の遠吠えが聞こえてきた。考えたいことは山ほどあったが、いつまでも夜の森の中に留まっているのはマズい。
(ワイバーンの死骸に釣られてダイアウルフなんぞにやって来られたら、目も当てられないぞ。俺はこんなザマだし、肝心要のお姫さまは絶賛お休み中だ)
ベルは手の届かない背中の傷は仕方なくそのままにしておいて、右肩の傷を止血すると、眠りこけている褐色の女を担ぎ上げた。
(……今は普通に体重があるな。さっき突然、身体が軽くなったように感じたのはなんだったんだ……?)
首を捻りながらベルは空いた手を口元に当てる。
————ピィーーーッ‼︎
夜の森に澄んだ指笛の音が響き渡った。
(子供の頃、母上に読んでもらった絵本の中だと、これで逃げてしまった馬が戻って来るはずなんだが…………)
しかし、そう都合良く馬が戻って来るはずもなく、
(……ハハ。確率で言ったら、伝説の騎士を召喚するよりも逃げた馬が戻って来る方が高いと思うんだがな)
ベルが苦笑いを浮かべた時、正面の方からけたたましい馬蹄音が響いて来た。
(————凄いぞ! どうやら非才な俺にも指笛の才能はあったらしい…………ん?)
逃げた馬は一頭のみだったが、近づいて来る馬蹄音は明らかに複数のものであり、松明のものと思しき四つの光も見えた。
「ベルティカ様ーーーッ‼︎」
次いで聞き慣れた男の声が耳に入り、ベルの表情が明るさを帯びる。
(————ミケーレ! さすが心の友よ!)
応えるように『火』の魔法で目印を上げようとしたところ突然、眼の前が暗転してベルは褐色の女もろとも前のめりに崩れ落ちた。
(……い、いかん……、身体に力が入らな————…………)
◇
————最初にベルの眼に入って来たものは、毎日まず眼にする自室の天井の模様だった。
「…………ここは、俺の部屋か……?」
「————お目覚めですか! ベルティカ様!」
声のした方に顔を向けると、赤毛の屈強な青年が心配そうな表情を浮かべているのが見えた。
「……ミケーレ、お前が俺を運んでくれたのか————うっ!」
起き上がろうとしたベルだったが、頭がクラッとしてまたしてもベッドに突っ伏してしまった。
「まだ起き上がられてはなりません! 傷の手当ては致しましたが、熱が出ております」
「熱……」
「おそらくワイバーンの爪から雑菌が入ったのでしょう。残念ながら当家に回復魔法の使い手はおりませんので、只今隣県から手配しております。明朝到着の予定ですので今しばらくお待ち下さい」
「そうか……。ありがとう、『ミキ』」
そばに他の使用人がいないことを確認したベルはミケーレを愛称で呼び、呼ばれたミケーレは指を突きつけた。
「————全くお前というヤツは! レベイア様やガスパール様がどれほど心配していたか分かっているのか!」
「う……。ガスパール、もしかしないでも怒ってるか……?」
「ああ、カンカンだよ。明日は一日中しぼられるだろうから、俺はもう勘弁してやるよ」
白い歯を見せてミキはベッドの脇の椅子に腰掛ける。
「すまん、助かる。それで我が可愛い妹は?」
「さっきまでここでお前が目覚めるのを待たれていたが、流石に我慢できずに眠ってしまわれた」
「そうか、心配を掛けてしまったな」
「全くだ。それじゃ今回の脱走の理由を説明してもらおうか、『ベル』よ」
使用人であるミケーレから愛称で呼ばれたベルはバツが悪そうに頭を掻いた。
「……父上の不在で回って来た大量の書類と睨めっこするのに飽きて、いつも通り領内の視察と称して馬で散策していたところ、運悪くワイバーンと遭遇してしまったということだ」
「…………」
ミキの眉が再び吊り上がったのを敏感に察知したベルは、分かりやすく話題を変える。
「————そ、それにしても良く俺があの森にいるのを見つけてくれたな! さすが俺の心の友だ!」
「……お前が向かって行ったと思われる辺りを捜索してたところ、突然真っ赤な光が見えて、もしやと思ってな」
「やっぱり、あの紅い光は幻じゃなかったん————」
ここまで話すと、ベルが再び半身を起こした。
「おい! まだ安静にしていろと————」
「ミキ! あの女は⁉︎」
「は?」
「俺と一緒に倒れていた褐色の女だ! いただろう!」
「あ、ああ。一応、一緒に運んで今は客間で眠っているが……」
「そうか……、良かった……!」
ホッとした様子のベルを見てミキは言いづらそうに口を開く。
「なあ、ベル。一応お前は小領地とは言え領主の息子だ。身分の違う村娘とはどうしたって結ばれな————」
「そんなんじゃない! 彼女は……彼女は『伝説の騎士』なんだ!」
「…………は?」
何を言ってるんだコイツは、という表情でミキが訊き返した。
「ほら、お前も知っているだろう! 『このロセリアの地に数多の災厄が降りかかる時、東の空より紅き翼を携えし一人の騎士が降臨され、その比類なき神通力によって民は救済されるであろう』ってお伽話! 彼女がそれなんだ!」
「…………怪我をしているのに長話をさせてすまなかった。ベル、今日はもう眠れ」
ミキは呆れ顔で言いながらベルを寝かしつけようとする。
「熱で朦朧としているワケじゃない! 俺は彼女に命を救われたんだ!」
「なに? ワイバーンを倒したのはお前じゃないのか?」
「一匹は俺だが、残りは彼女が空を飛んで倒した」
「空だと? そんな魔法は聞いたことがないぞ。酒でも飲んでいたんじゃないのか、お前?」
「ああ、もう! どうすれば信じてくれるんだ!」
ベルが頭を抱えた時、突然部屋の窓が開け放たれた。
かたわらでスウスウと寝息を立てている女の寝顔を眺めながらベルは思案する。
(……さっきはヤン、アルと言っていたな。彼女の名前なんだろうか……? それに彼女はもしかすると————)
その時、遠くの方で狼の遠吠えが聞こえてきた。考えたいことは山ほどあったが、いつまでも夜の森の中に留まっているのはマズい。
(ワイバーンの死骸に釣られてダイアウルフなんぞにやって来られたら、目も当てられないぞ。俺はこんなザマだし、肝心要のお姫さまは絶賛お休み中だ)
ベルは手の届かない背中の傷は仕方なくそのままにしておいて、右肩の傷を止血すると、眠りこけている褐色の女を担ぎ上げた。
(……今は普通に体重があるな。さっき突然、身体が軽くなったように感じたのはなんだったんだ……?)
首を捻りながらベルは空いた手を口元に当てる。
————ピィーーーッ‼︎
夜の森に澄んだ指笛の音が響き渡った。
(子供の頃、母上に読んでもらった絵本の中だと、これで逃げてしまった馬が戻って来るはずなんだが…………)
しかし、そう都合良く馬が戻って来るはずもなく、
(……ハハ。確率で言ったら、伝説の騎士を召喚するよりも逃げた馬が戻って来る方が高いと思うんだがな)
ベルが苦笑いを浮かべた時、正面の方からけたたましい馬蹄音が響いて来た。
(————凄いぞ! どうやら非才な俺にも指笛の才能はあったらしい…………ん?)
逃げた馬は一頭のみだったが、近づいて来る馬蹄音は明らかに複数のものであり、松明のものと思しき四つの光も見えた。
「ベルティカ様ーーーッ‼︎」
次いで聞き慣れた男の声が耳に入り、ベルの表情が明るさを帯びる。
(————ミケーレ! さすが心の友よ!)
応えるように『火』の魔法で目印を上げようとしたところ突然、眼の前が暗転してベルは褐色の女もろとも前のめりに崩れ落ちた。
(……い、いかん……、身体に力が入らな————…………)
◇
————最初にベルの眼に入って来たものは、毎日まず眼にする自室の天井の模様だった。
「…………ここは、俺の部屋か……?」
「————お目覚めですか! ベルティカ様!」
声のした方に顔を向けると、赤毛の屈強な青年が心配そうな表情を浮かべているのが見えた。
「……ミケーレ、お前が俺を運んでくれたのか————うっ!」
起き上がろうとしたベルだったが、頭がクラッとしてまたしてもベッドに突っ伏してしまった。
「まだ起き上がられてはなりません! 傷の手当ては致しましたが、熱が出ております」
「熱……」
「おそらくワイバーンの爪から雑菌が入ったのでしょう。残念ながら当家に回復魔法の使い手はおりませんので、只今隣県から手配しております。明朝到着の予定ですので今しばらくお待ち下さい」
「そうか……。ありがとう、『ミキ』」
そばに他の使用人がいないことを確認したベルはミケーレを愛称で呼び、呼ばれたミケーレは指を突きつけた。
「————全くお前というヤツは! レベイア様やガスパール様がどれほど心配していたか分かっているのか!」
「う……。ガスパール、もしかしないでも怒ってるか……?」
「ああ、カンカンだよ。明日は一日中しぼられるだろうから、俺はもう勘弁してやるよ」
白い歯を見せてミキはベッドの脇の椅子に腰掛ける。
「すまん、助かる。それで我が可愛い妹は?」
「さっきまでここでお前が目覚めるのを待たれていたが、流石に我慢できずに眠ってしまわれた」
「そうか、心配を掛けてしまったな」
「全くだ。それじゃ今回の脱走の理由を説明してもらおうか、『ベル』よ」
使用人であるミケーレから愛称で呼ばれたベルはバツが悪そうに頭を掻いた。
「……父上の不在で回って来た大量の書類と睨めっこするのに飽きて、いつも通り領内の視察と称して馬で散策していたところ、運悪くワイバーンと遭遇してしまったということだ」
「…………」
ミキの眉が再び吊り上がったのを敏感に察知したベルは、分かりやすく話題を変える。
「————そ、それにしても良く俺があの森にいるのを見つけてくれたな! さすが俺の心の友だ!」
「……お前が向かって行ったと思われる辺りを捜索してたところ、突然真っ赤な光が見えて、もしやと思ってな」
「やっぱり、あの紅い光は幻じゃなかったん————」
ここまで話すと、ベルが再び半身を起こした。
「おい! まだ安静にしていろと————」
「ミキ! あの女は⁉︎」
「は?」
「俺と一緒に倒れていた褐色の女だ! いただろう!」
「あ、ああ。一応、一緒に運んで今は客間で眠っているが……」
「そうか……、良かった……!」
ホッとした様子のベルを見てミキは言いづらそうに口を開く。
「なあ、ベル。一応お前は小領地とは言え領主の息子だ。身分の違う村娘とはどうしたって結ばれな————」
「そんなんじゃない! 彼女は……彼女は『伝説の騎士』なんだ!」
「…………は?」
何を言ってるんだコイツは、という表情でミキが訊き返した。
「ほら、お前も知っているだろう! 『このロセリアの地に数多の災厄が降りかかる時、東の空より紅き翼を携えし一人の騎士が降臨され、その比類なき神通力によって民は救済されるであろう』ってお伽話! 彼女がそれなんだ!」
「…………怪我をしているのに長話をさせてすまなかった。ベル、今日はもう眠れ」
ミキは呆れ顔で言いながらベルを寝かしつけようとする。
「熱で朦朧としているワケじゃない! 俺は彼女に命を救われたんだ!」
「なに? ワイバーンを倒したのはお前じゃないのか?」
「一匹は俺だが、残りは彼女が空を飛んで倒した」
「空だと? そんな魔法は聞いたことがないぞ。酒でも飲んでいたんじゃないのか、お前?」
「ああ、もう! どうすれば信じてくれるんだ!」
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