弱小領主のダメ息子、伝説の竜姫を召喚する。

知己

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第1章 『弱小領主のダメ息子、伝説の竜姫を召喚する』

002 紅き翼の褐色美女

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 耳をつんざくような高音と今まで眼にしたことのない真紅の光に、『ベル』ことベルティカ=ディ=ガレリオは眼をつぶり、歯を食いしばって両耳を塞いだ。
 
(————な、なんだ、この耳鳴りと真っ赤なカーテンは⁉︎ 俺は死んで『地獄インフェルノ』に落ちてしまったのか⁉︎)
 
 気付かぬ間に殺されてしまい地獄に落ちてしまったのかと思ったベルだったが、ワイバーンに付けられた傷以外は身体に異常は感じられない。
 
(…………おかしいな。地獄といえば業火に焼かれるイメージだったが、熱くもなんともないぞ……?)
 
 恐る恐る眼を開けたベルの視界に飛び込んできたモノ、それは————
 
「————お、女…………⁉︎」
 
 両耳を塞いだ情けない格好のままベルが呆けたようにつぶやく。眼をつぶっていた数秒の間にいきなり女が眼の前に現れれば無理もない反応であろう。ワイバーンたちも何が起こったのか理解できていないようで呆然とホバリングしている。
 
「い、一体どこから…………」
 
 女の双眸は閉じられ死んでいるのか気を失っているのか分からないが、大層美しい容貌をしているようだった。歳は二十歳そこそこといったところか。褐色の肌の上に纏うものは、身体の線が見えるほどのピッタリでツヤツヤな真紅のサテン生地。思わずベルが見惚みとれていると、女の身体がかしいできた。
 
「お、おい⁉︎」
 
 耳を塞ぐのに使っていた両手で倒れ込んで来る褐色の女の身体を抱きかかえると、体温と微弱な脈動が感じられた。
 
「……良かった。生きている……!」
 
 ベルは安堵の表情を浮かべた。ワイバーンのことなどとっくの昔に頭の片隅から消し飛んでいるようである。
 
『————キシャアアアアアアッ‼︎』
 
 その時、一足先に我に返ったワイバーンたちが鳴き声を上げた。その声にベルも正気に戻り、褐色の女の背中を揺すってみせる。
 
「おい、アンタ! 起きてくれ! このままじゃ二人とも死んでしまう!」
「…………ん……」
 
 ベルに身体を揺すられた褐色の女が小さく声を上げ、その双眸がゆっくりと開き始める。やがて濡れた漆黒の瞳が姿を現し、ベルの碧眼を真っ直ぐに捉える。
 
「…………」
 
 褐色の女は無言のままベルの顔を見つめ続ける。一方ベルは普段であれば美女と見つめ合うのは歓迎すべきことであったが、流石に今はそんなことをしている場合ではない。
 
「後ろだ! 今は俺よりも後ろを見てくれ!」
「…………」
 
 ベルの声に反応した褐色の女が振り返ると、一匹のワイバーンが襲い掛かってくるところであった。
 
「————クッ!」
 
 咄嗟にベルは褐色の女の身体を引き寄せてかばおうとしたが、突然女の身体から体重おもみというものが消えた感覚に陥った。
 
「…………え?」
 
 次の瞬間、ドスンっという音がした後、ワイバーンの身体が眼の前で崩れ落ちていく。驚くべきことにその長い首の上に乗っているであろうはずの頭がない。視線を下に移すと、足元に爬虫類に似た頭部が転がっている。先ほどの落下音はワイバーンの頭部が地面に落ちた音だったようだ。
 
「…………⁉︎」
 
 驚愕したベルがゆっくりと顔を上げると、褐色の女が宙空に浮かんでいるのが見えた。
 
「…………なん……だって……⁉︎」
 
 再び褐色の女の姿を眼にしたベルの驚愕度が増した。なにしろ女の背には先ほどまでには見られなかった透き通るような真紅の翼が広がっていたのである。
 
「————『あかき、翼』……‼︎」
 
 信じられぬといった表情でベルがつぶやくと同時に、残った最後のワイバーンが標的を褐色の女に変えて襲い掛かった。
 
「気を付けろッ!」
 
 ワイバーンの牙が女の柔肌に食い込むかと思われたその刹那、しなやかな身体が宙空でトンボ返りして華麗に外して見せる。まるでダンスのような女の軽やかな動きと、真紅の翼から巻き上がった火花を思わせる粒子によって、夜の闇が幻想的な光景に包まれた。
 
 攻撃を外され標的を見失ったワイバーンの上空から女の細腕が振り下ろされると、まるでバターのように抵抗なく素っ首が落とされた。
 
「…………‼︎」
 
 ベルは瞬く間に二匹のワイバーンを葬り去った褐色の女から視線を外すことができない。
 
 トパーズを彷彿とさせるきめ細かやかな褐色の肌、絹の如き濡羽色の髪色、憂いを帯びた切れ長の瞳、そして夜空に浮かぶオーロラのような真紅の翼————。女を構成するその全てに眼を奪われてしまった。
 
 蕩然と褐色の女の姿を見つめていたところ、フッと女の翼が光を失い、その身体を重力が支配した。
 
「————ッ!」
 
 慌ててベルは落下点に入り、女の身体を抱きとめた。先ほどは身体から体重おもみが失くなってしまったように感じられたが、今は成人女性の体重が一気にのし掛かり、ベルは支えきれずに女もろとも倒れ込んでしまった。
 
「グッ……‼︎」
 
 痛めた背中と肩をしたたかに地面に打ち付けベルは呻き声を上げたが、そんなことには構わずすぐに褐色の女に声を掛ける。
 
「おい、アンタ! 大丈夫か⁉︎ どこか痛めてはいないか⁉︎」
「…………?」
 
 褐色の女は微睡まどろんだ表情かおで首をひねる。
 
(どうやら俺の身体がクッションになって無事なようだが、もしかして俺の言葉が通じてないのか……?)
 
 ベルは女の身体の下から這い出て自らの胸に手を置いた。
 
「俺の名はベルティカ=ディ=ガレリオ。近しい者には『ベル』と呼ばれている。貴女あなたは命の恩人だ。是非、礼をさせて欲しい」
「…………べ……る……?」
「そう! 俺はベル! 貴女は? なんていう名前なんだ?」
 
 興奮した面持ちでベルが尋ねると、褐色の女がゆっくりと口を開く。
 
「……ヤン……アル…………」
 
 それだけ言うと、褐色の女は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちてしまった。
 
「————おい⁉︎ 大丈————」
 
 突然倒れ込んだ女に血相を変えたベルだったが、やがてスウスウという寝息が聞こえて来た。
 
「……眠ってしまっただけか。良かった……!」
 
 ホッと一息ついたベルは先ほど起こった出来事を思い返す。
 
「————『あかき翼を携えし一人の騎士』…………」
 
 その口からロセリアに伝わる伝承が再び発せられた。
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