黒猫の俺は魔女に大嫌いな人間に姿を変えられちまったので元に戻るためにロックバンドコンテストで優勝目指すことにした

柊るい

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第2章

台風

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「ここだ」
俊樹は一軒家の前で立ち止まった。

道中、俊樹から聞いた話ではドラマーは一軒家に一人で暮らしているとのことだった。

古い平屋建ての家だった。

家から向かって左側には線路があり、電車が通るたび、辺りに轟音が響き渡る。

そればかりか、家自体がぐらぐら揺れている有様だった。

線路の反対側、向かって右側は駐車場になっている。

周囲には、この家以外、人が住んでいるような建物は見られない。

まるで世界からこの家だけ孤立しているようだ。

風が強く吹いて、玄関脇に置いてあるポストがガタガタと音を立てた。

家からもミシミシという音が聞こえる。

どうやら家が揺れているのは、電車だけのせいではないようだ。

少し前から強風に雨粒が混ざるようになっていた。

徐々に雨粒が大きくなっているような気もする。

俊樹が玄関のチャイムを押した。

しばらくしても反応がない。何度か押すが、チャイムが鳴る音も聞こえなかった。

茶色く変色したチャイムは、役目を果たしていないようだ。

「いないんじゃないの?」

「さっき連絡したときは家にいるって言ってたのにな」

俊樹は俺と裕太を残し、家の裏庭の方へ回っていった。

背後から音が聞こえたので、振り返るとタクシーが止まっていた。

なぜタクシーがここにいるのだろうか。

「なんでタクシー来てんだろ」裕太は、俺と同じ疑問を口にして、ドアの横に寄りかかった。

その瞬間、玄関のドアが開き、男女が雪崩のように出てきた。

二人は絡まった紐のように身体をくっつけ、夢中でキスをしている。

女は男の首に腕を回し、男は開いたドアに手をついて女を押し付けていた。

壁ドンならぬ、ドアドンというやつだろうか。

彼らは、玄関の前で佇む俺のことはもちろん、開いたドアと壁の間に挟まれた裕太のことにも、全く気づく気配はない。

裕太は肩を窮屈そうにすぼめながら、目を丸くしていた。

何が起きたのか、状況を理解できていないようだ。

「次はいつ会えるの?」女が甘ったれた声で男に尋ねる。

茶色の長い毛が、男の肩に絡みついていた。

「空いてる日、連絡するよ」男が言った。

焼けるような赤い色の髪をしていた。

女の髪を優しくなで、抱きしめる。

「なんだ、いるじゃないか」裏庭から戻ってきた俊樹が言った。

「俊樹! なんだよ、来てたのか」

女は俊樹と軽い挨拶を交わし、タクシーに乗り込んだ。

どうやらタクシーは彼女が乗るためのものだったようだ。

「それより裕太、そんなところで何してるんだ?」俊樹が言った。

「あれま、全然気づかなかったよ」男が言った。

口がほんのり赤い。よく見ると首筋や耳の後ろも赤くなっている。

「俺もここにいたかったわけじゃないんだけど」裕太は唇を尖らせた。

改めて男を見ると、ずいぶん背が小さい。

裕太が隣に並んでいることを差し引いても、小さく見えた。

おそらく、平均的な男よりも身長は低いだろう。

色白の肌と大きな目からは、男としての力強さは微塵も感じられず、むしろ女の子のような愛らしさがあった。

昔、遭遇した生意気なリスを彷彿とさせる。

男に案内されて、家の中へと入る。

玄関を通り抜けると、十畳ほどの大きさの部屋があった。

壁には天井に届くくらい高い本棚があり、そこに本が埋め尽くされていた。

本棚にも収まりきらない本が、床に乱雑に積まれている。

男はダイニングキッチンだがほとんど本を置く場所になっていると言った。

本棚に目を取られていたが、本棚の反対側にはキッチンがあった。

引き戸の向こう側には、畳の部屋があった。

キッチンと同じくらいの広さだろうか。かすかに古びた木の匂いがする。

部屋の奥に置いてあるベッドは乱れていて、なぜかあまり見てはいけない気がした。

ベッドの反対側には、仕切りが置かれている。

中を覗き込むと机と椅子が置いてあるだけのスペースだった。

机の上には、大きなパソコンが置いてあり、ここだけは整然としていた。

男が仕事をするスペースだと教えてくれた。

男に促され、俺たちは部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台の周りに座った。

机の上には、先ほどの女が飲んでいたものなのか、ピンク色のコップが置かれている。

コップの縁には赤い口紅がついていた。

男は、赤井(あかい)和樹(かずき)と名乗った。

「髪色と一緒だから覚えやすいでしょ」と自らの髪を指差す。

てっきり年下だと思っていたが、俺たちより一つ上らしいので、驚いた。

自宅で仕事をして生計を立てていると聞いたときには、更に驚いた。

人間が金銭を得るには、会社の奴隷となるか、自分で店をやるかしかないと思っていたが、そうではないらしい。

和樹はパソコンを指差し、「これさえあれば、どこでも稼げる」と言った。

お互いに自己紹介をした後、それぞれの好きな音楽について話した。

どうやら、俺たちは少しも音楽の趣味が一致していないらしい。

俺はクラシックロック、裕太は邦楽ロック、俊樹はプログレ、和樹はLAメタル。

それなのに、不思議と会話は弾んだ。

揺れる窓の音で、本来の目的を思い出すまで、しばらく話していた。

「話してても埒あかないから、とりあえず合わせてみようか」

そう言って、和樹が腰を上げた。

近くのスタジオに今から行くつもりなのだろう。

窓に雨粒が叩きつけられる音がした。

この中を歩くのは、かなり大変だろう。

裕太も顔をしかめていた。

ため息をついて玄関に向かおうとすると、「こっちだよ」と和樹が部屋の反対を指さした。

そこにはドアがある。

俺と裕太が首を傾げると、和樹は俊樹に向かって「教えてないんだ」と言った。

俊樹は「見せたほうが早いかなと思って」と答える。

「何を見せるんだ?」

裕太の問いに、和樹は不敵な笑みを浮かべてみせた。

「この家、線路沿いだから電車が通る音うるさいし、ボロいしで全然買い手がつかなかったんだ」

「買い手って、持ち家!?」

裕太が驚いたように言った。和樹が頷く。

「安いにしても、買っちゃうなんて、すごい度胸だな」

裕太の言葉に、和樹は笑った。

「そう、俺らみたいな奴らにとって、買うだけの価値があるんだ」

そう言って、ドアを開けた。

そこには、スタジオがあった。

以前行ったスタジオよりも広いし、綺麗だ。

ドラムセットはもちろん、マーシャルアンプも置かれていた。

それも、個人練習用の小型のものではなく、スタジオに置かれているのと同じ、胸くらいの背丈のあるタイプだ。

同じように、ベースアンプやボーカル用のマイクやコンデンサー、キーボードも本格的なスタジオと遜色ないものが揃えられていた。

感嘆の声を上げる俺と裕太に、和樹が自宅の一室を音楽スタジオに改装したことを教えてくれた。

「俊樹と二人で二週間以上かけて作ったんだよ」

「吸音材、壁に貼り付けるのがあれだけ時間かかるとは思わなかった」俊樹が言った。

よく見ると、壁にはすべて柔らかいスポンジのようなものが貼り付けてあった。


「昔のバンドがガレージで練習したみたいに、いつでも練習できる環境にスタジオを作っちゃえば、バンドの演奏力が上がるだろ? そう思ってこの家に決めたんだ」

「俺もよく練習しに来るんだ」

 俊樹が隅に置かれたベースを当然のように持ち、チューニングをはじめた。

「じゃあ和樹のバンドはいつもここで練習してるのか」

「いや。普段はほとんど一人かな。本気で一緒にやりたいと思える奴がいないんだよね。この家にも家族と恋人くらいしか来ないよ」

「二人は一緒にバンドをやってるのか?」

二人が同時に首を横に振る。

バンドに妥協することがない和樹が、唯一部屋に呼ぶことを許した俊樹。

いったい、二人はどういう関係なのだろうか。

「とりあえず、始めようか」

 全員がそれぞれ準備をした。

和樹がドラムを準備運動がてら、叩き始める。

小柄で可愛らしい見た目からは想像もできない、パワフルな音が部屋に響き渡った。

マシンガンのようなバスドラムに、体温が上がるのを感じた。

裕太と目があう。目がキラキラと輝いていた。

くるりと背を向け、ギターアンプをいじり始める。

ジャギーンと鳴る音が、一回り大きくなった。

裕太を見てか、俊樹もベースアンプをいじる。

先ほどよりも、床を伝わる振動が大きくなった気がする。

準備が整い、全員で顔を見合わせる。

始まる前だというのに、胸がドキドキした。

これまで一緒に演奏したドラマーたちにはなかったものだ。

俺のリクエストで、ザ・フーの『マイ・ジェネレーション』を演奏する。

前奏が始まった瞬間、全身の血液が沸き立つように感じた。

身体の一つ一つの細胞が、目を覚ましていくようだった。

一瞬にして毛が逆立つ。歌い始めると、それは更に加速した。

身体から溢れ出した衝動が、部屋を飲み込む。

裕太のギターが宙をうねり、その間を俊樹のベースが踊る。

そして彼らを和樹のドラムが押し上げ、加速させた。

気づけば俺は叫び、飛び跳ねていた。裕太も笑顔を浮かべている。

俊樹は無表情だが、こめかみに浮き上がった血管が高揚を表していた。

音がビリビリと振動し、部屋を、いや家全体を揺らしているような気がした。

演奏が終わると、俺たちは顔を見合わせた。無意識に笑顔で頷きあう。

全員が興奮しているのがわかった。

これから、とんでもないことが起こるような予感がした。

その後は、各々がやりたい曲をひたすら演奏した。

最初は、四人が演奏できるものにこだわっていたが、やがてその囲いすらも取っ払い、できない曲までやり始めた。

俺は声が出ないと言っているのにレッド・ツェッペリンの『移民の歌』を歌わされた。

ロバート・プラントの叫びを真似る必死な俺を見て、全員が笑っていた。

腹が立つので、次の曲はキング・クリムゾンの『21世紀のスキッツォイド・マン』をリクエストした。

椅子に座り、悠々と三人が苦戦しているのを見ていた。

そんなことを繰り返していたら、ずいぶんと時間が経っていた。

「そろそろ帰ろっか」裕太が伸びをしながら言った。

全員が心地よい疲労感を抱えていた。

笑顔で談笑しながら、片付けをした。

和やかな雰囲気だった。

窓の外を見るまでは。


シャワーの水を全開で流しているような雨粒が、窓に叩きつけていた。

今になって、家が地震のように揺れていることに気づく。

てっきり俺たちの演奏で揺れているのかと思ったが、そうではないらしい。

テレビを付けると、ニュース速報で、台風が今まさに関東に上陸したと伝えていた。

暴風域を示す赤い円が、すっぽりと東京を覆っている。

「非常に危険ですので、絶対に外には出ないでください」アナウンサーは真剣な表情で、同じことを繰り返した。

結局、俺たちは和樹の家に泊まることになった。

和樹の彼女が買い溜めてくれたという冷蔵庫の食材を使って、裕太が料理を作ってくれた。

料理が美味いのは良いが、こだわりが強く、料理が完成するまでにずいぶん時間がかかった。

盛り付けに関しても、皿に入れて食べれば同じだという俺たちに対し、「料理は見た目も味付けなんだ」と言って聞かない。

料理が出来上がる頃には、俺たちは飢えた獣と化していた。

完成するやいなや、俺たちは飯に飛びつき、美しい盛り付けの料理は一瞬にしてぐちゃぐちゃになった。

裕太が自分のご飯を盛り付けていそいそと席につく頃には、すでに大皿は空になっていた。

裕太が天を仰ぐ。


食事を終えてからは、テレビを見ていた。

つまらないバラエティ番組だったが、眠気でぼんやりしている頭で見るにはちょうどいい。

休憩していると、和樹のスマホが鳴った。

電話を取って話しながら部屋を出ていく。

俊樹はトイレへと立った。

その途端、裕太は俺に内緒話をするように口を俺の耳元に近づけた。

何かと思って耳をすませると、とんでもない言葉が聞こえた。

「もしかしたら、和樹と俊樹は付きってるのかもしれない」

ぽかんとする俺に、裕太は指を立てて理由を説明してみせた。

一つ、会話の内容から二人はお互いのことをよく知っていること。

二つ、俊樹が俺たちに和樹を紹介するのに迷っていたこと。

三つ、和樹はこの家に家族と恋人くらいしか招いていないと発言していたこと。

しかし、和樹には熱いキスを交わす彼女がいる。

それを指摘すると「それはカモフラージュだよ。本命は俊樹なんだ」と言った。

頭の中に、どんどんクエスチョンマークが増えていく。

確かに男同士で付き合う人間がいることは知っている。

けれど、和樹と俊樹がそうとは思えなかった。

しかし裕太の言っていることが間違っていないのも事実だ。

そのとき、和樹と俊樹が反対のドアからそれぞれ戻ってきた。

「どうしたの?」和樹が言った。

俺たちの様子が違うことに気付いたようだ。

俺は二人を交互に指さした。

「裕太がお前らデキてんじゃないかって」

和樹の言葉に俺が答えると、裕太は「黒田!」と言って俺の口を塞ごうとしたが、ちゃぶ台に膝を強打し、悶絶した。

和樹が大笑いをした。

俊樹も笑っている。

「何それめっちゃおもろい! 確かに俊樹なら抱いてもいいかなぁ」

和樹はそう言って俊樹に抱きつこうとするが、俊樹は素早くそれを避けた。

そしてぼそりとつぶやく。

「兄貴に抱かれるのだけは、勘弁したいね」

俊樹の言葉に一瞬、部屋の空気が静まり返る。

「あ、あにき……?」裕太が二人を交互に指差した。

俺も二人を交互に見る。

一方は坊主で鋭い目つき、強面な男。
一方は赤髪で小柄、愛らしい顔立ち。

「似てない!!!!」

俺と裕太の叫び声が部屋に響いた。

和樹が他人事のように「だよね~」と言った。

「俺は母ちゃんにそっくりで、俊樹は親父にそっくりなの。ほら」

和樹はそう言ってスマホを差し出す。

そこには昔撮ったらしき家族写真が写っていた。

愛らしい顔立ちの女性と、鋭い目つきの男性、そしてその前に立つ二人の小学生くらいの男の子。

確かに一方は女性に、もう一方は男性によく似ている。

「マジかよ。でも名字……」

「離婚して俺は母ちゃんについていったんだけど、再婚して赤井になっちゃったの。ウケるよね。兄弟で青野と赤井。赤と青!」

和樹は一人でケラケラ笑った。

俺と裕太は、未だに事実が受け入れられず、二人の顔を呆然と眺めていた。

「そういえば、名前で思い出したけどバンド名どうする?」

和樹が言った。

お互いに顔を見合わせる。

俺が「もう決まっている」というと、全員が「えぇ!?」と声を上げた。

自然と俺に注目が集まる。そういえば、まだ言ってなかったっけ。

「名前は?」裕太が尋ねてくる。

「BLUE(ブルー) MOON(ムーン)」

しばらく誰も声を出さなかった。俺は三人の顔を見つめた。

気に食わないのだろうか。不安が砂時計のように募っていった。

「この名前が変だったら、他の名前でも全然いいけど」俺の言葉に「名前はいいと思うが、手を舐めるのはやめたほうがいい」俊樹が言った。

そこで初めて、自分の手を舐めていることに気付いた。

慌てて舌を引っ込める。

念のため、それぞれが良いと思う候補をいくつか出してもらったが、どれもしっくり来るものではなかった。

こうして、バンド名は『BLUE MOON』に決まった。



時計は二二時過ぎを指していた。

部屋にはビールやチューハイの空き缶が転がっている。

あれから酒盛りを始めていた。

俺は心地よい眠気に襲われていて、ほとんど夢うつつでテレビを見ていた。

テレビからは、最近人気の女性アイドルの歌が聞こえてくる。

缶を開ける軽やかな音がした。

見ると、和樹が新たな缶チューハイを開けていた。

俺や裕太よりもたくさん飲んでいるはずなのに、少しも様子が変わらない。

俊樹も同じだ。

どうやらこいつらは恐ろしく酒が強いらしい。

裕太はすっかり酔ったのか、赤くなった顔を壁にもたげ、うつろな目でテレビを見ていた。

テレビに目を向ける。画面の中では、やたらと膨らんだスカートを着たたくさんの少女たちが、くるくると踊りながら歌っていた。

『毎日毎日 満員電車 週末にはキミに逢える だからいくら働いてもへっちゃらさ
でも金曜日の夜 君は突然「今週も会えないの」なんて 僕はそれでも
き・み・が・スキ☆ ず・ぅ・と・スキ☆ あ・い・し・て・る☆』

チャンネルを変える。

他の番組をいくつか回すが、どれもひどく退屈だった。

俺は耐えきれず、ちゃぶ台に突っ伏して眠ろうとした。

テレビの方からガタガタと音がする。

突っ伏したまま顔を横に向け、テレビを見ると、和樹がDVDを再生していた。

それはブルーハーツのライブ映像だった。思わず顔を起こす。

「ブルーハーツ聞いてると、裸で走り回りたくなるよな」

「ならねぇよ」俺の言葉に三人が即答する。

「嘘。俺初めてブルハ聞いた時、裸になって部屋中走り回ってたぞ」

「変態じゃねぇか」

「黒田、まさか、サラさんの前で裸になったのか……?」裕太が驚愕の表情で言った。

「うん、ブチ切れられてすぐ服着たけど」

「サラさんって誰?」裕太がサラのことを説明する。

「あんなに美しい人の前で裸になるなんてセクハラだ!」と言うが、サラにはこれまでさんざん裸を見られている。

しかしそんなことを言ったら、多大なる誤解を生みそうなので、言わないでおいた。

テレビから『ドブネズミみたいに美しくなりたい』と歌うヒロトの声が聞こえてくる。

「いいよなぁ、やっぱテンション上がる」

「『ドブネズミ』が気に食わないけどな」

「はぁ!? 『ドブネズミ』が良いんじゃん!」裕太の言葉に、和樹と俊樹も頷く。

「いやいや、『ドブネズミ』じゃなくて『野良猫』のほうが絶対良いね」

「いやいやいやいや、それじゃ字足りないだろ、絶対『ドブネズミ』だって」

俺たちの攻防は、「リンダリンダ」というサビによって終わった。

全員で「リンダリンダ」と歌い出す。

抑えられず俺が部屋を走り回ると、三人も走り回り始めた。

そのまま隣のスタジオに走り込み、マイクを掴んで歌い出すと、三人も楽器を持ち始めた。

そのまま演奏が始まる。

俺が『ドブネズミ』というところを『野良猫』と変えて歌うが、他の三人は負けじと『ドブネズミ』と歌っていた。

更にテンションが上がり、服を脱ぎ始める。

三人がゲラゲラ笑った。

そのまま素っ裸で何曲か歌う。

「フルチンはさすがにやべぇって」笑いすぎて目に涙を浮かべた和樹が言った。

普段は無表情の俊樹ですら腹を抱えて笑っている。

「全裸で『キスしてほしい』は、ただの変態だよ」裕太は途中で笑いすぎてギターが弾けなくなり、俺を見ないように壁に向かって演奏していた。

仕方なく、パンツだけ履く。

少し落ち着いた俺は、てきとうに歌を口ずさんだ。

先ほどのアイドルの曲と、ブルーハーツを融合したようなメロディだ。

三人がそれに合わせて演奏を始める。徐々に曲の輪郭が見えてきた。

「裕太、今のとこ、もうちょっと軽い感じの音にできない?」

裕太はいくつかエフェクターを切り替えた。

俺が頷くと、「じゃあこっちのほうが面白いかも」と言って新たなフレーズを弾き出した。

俊樹と和樹がそれに合わせてリズムを作る。

小さな種から芽が出て、少しずつ大きくなっていくような感じだった。

新しい音やリズムを試したり、何度かやり直したりしているうちに、ずいぶんと時間が経っていた。

時計を見ると、夜中の二時を過ぎていた。

眠気を感じてぼんやりした状態と、ハイになっている状態が同時にきているような、奇妙な感じだった。

俺たちはその曲を何度も演奏した。何十回目かの演奏で、裕太がスマホを部屋の真ん中に置いて、録音もした。

和樹が誰かに電話をかけ、「俺たちの新曲を聞け!」と言ってスマホを部屋の真ん中に置いて演奏をしたこともあった。

「騒音、大丈夫かな?」

「俺たちより、台風のほうがやかましいだろ」

裕太の言葉に和樹が答える。

確かに防音を施したこの部屋からですら、外の轟々と風の吹き荒れる音が聞こえた。

普通の部屋ならなおさら大きく聞こえるだろう。

「じゃあもうちょっと練習しようぜ」俺の言葉に、全員が頷いた。

みんな、瞼がとろりとしているのに、目の奥はギラギラとしていた。

たぶん、俺と同じ状態なのだろう。

飽きてくると、また各々がやりたい曲を演奏し始めた。

いつの間にか眠気は消し飛び、ハイな状態だけが残った。

裕太がギターのボリュームを上げた。俊樹もそれに合わせてボリュームのつまみを回す。

ハウリングが起こるなか、和樹はチャイナシンバルをセッティングし始めた。

その様子がひどくおかしくて、ゲラゲラ笑った。他の三人も、それに釣られて笑い出す。

どこからか、ガタガタと音が聞こえた。

部屋全体がグラグラ揺れているような気がする。

それは台風のせいなのか、俺たちの奏でる音のせいなのか、わからなかった。
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