終焉のファンタジー

木造二階建(2×4)

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 夜、西へ向かう蒸気荷車の荷室に、三人の男と一人の女性エルフがいた。蒸気荷車はマイスべレナーを燃料とする動力機構がついていて、煙突からしゅぽしゅぽと白煙を吐きながら進む。街道沿いには明かりがついていて、夜でも道が見えなくなることはないので、荷車による定期便が夜でもやっている。客室には簡素な座席がついていて、床にじかに座るよりも多少の疲労を防ぐことができるものになっていた。金属製の車輪にはドワーフが技術提供した、ベアリングと呼ばれる軸受けがついていて、車輪の回転が滑らかになり、抵抗を大幅に低減することで速度を稼ぐことができる。
 荷車の操縦士は夜の仕事に合わせて、昼間に眠る生活をしている。
「なあ、エルフのあんたに少し聞きたいんだが」
 アダンはぶっきらぼうに切り出した。
「なに、急に。まあ、いいけれど」
「あんたたちエルフは人間と違ってはるかに長寿だ。そして自然の声を聞きながら自然と一体になって生きていく。そんな存在から見た今の人間という存在はどう映ってるんだ?」
「そうね、自然と調和するんじゃなく自然を利用してあくまで利己的に生きている印象ね。それでもまあ頑張っている方じゃないかしら。人間には自然の声は聞こえないし、ドワーフのように卓越した技術もない。あるのはひたすら探究心だけ。それがいいのか悪いのかまではわからない。でも、人間の発明を物珍しく面白がってもいるから、そんなに悪いことじゃないんじゃないかしら」
「そういうものか」
 そう言ってアダンは黙り込んだ。
「君が言いたいことはなんとなくわかるかもしれない。私はとにかく人間の暮らしを豊かにしたいと考えて、研究に邁進していた。しかし最近はふと考えることがある。本当にこれでいいのか、と。人間は何か間違った方向に行こうとしているのではないと」
 エルフはふんふんと頷いて
「なるほどね、あなた、人間かつその年にしては、多少は思慮深いのかもね」
 アダンは小さく唇をかみ、窓の外に目をやった。マイスべレナーを燃料に煌々と光る道が続いていた。
「俺は今まで何不自由なく暮らしてきた。ほしいものがあれば何でも手に入れることができた。マイスべレナーの恩恵で人間の文明は発展し、より多くの何かを作ることができるようになった。そしてそれらも自分の思い通りに手にして、使役することができた。俺にとって足りないものは何もないはずなんだ。なのに、俺の心には何かが足りないと叫ぶものがある。いったいこれはなんだ。何が足りないっていうんだ」
 エルフはあまり興味がなさそうに聞いていた。
「人間は欲望が多いからね。何かを手に入れたらすぐに次の何かがまたほしくなる。私たちエルフのように、自然と調和して生きることを目的にしたら、余計な欲望は少なくなって、生きやすいと思うわ」
「確かに、それは私もうすうす感じていたよ。人々はマイスべレナーによって豊かになった。それは私にとっての生きがいだった。私の研究によって人々が豊かになっていく様を見ていくのは、この上ない喜びだった」
「今はどうなんだ」
 アダンは聞きたくないが聞かなければならないと感じた。
「私はもう満足しているよ。人の役に立って、自分もよくやったと思っている。今の予言が気がかりだが、私は生きる意味を全うしたと感じている。思い残すことはないといっていいかもしれない」
 科学者は自分の手を見つめながら深くうなずいた。
「人間っていうのは、寿命が短いから、余計にそういうことを考えるのかしら」
 エルフはぽつりと言った。
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