バニラ(仮)

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図体だけは自信があった。
昔から体だけはデカかったし、態度もでかい、目つきも悪い、とあって、喧嘩負けしたこともそうない。

工場で働きだしてからは筋肉もついた。

だからたぶん、日滝久遠が無理やりでも襲って来れば、返り討ちにはしただろう。



だが、そういうわけではなかった。




「あそこは人目が多すぎる」



日滝久遠はそれだけ言って、俺の服を脱がすわけでも、シャワーを浴びに行くわけでもなく、冷めたままの目で、男二人が寝転んでもまだなお余る、デカすぎるベットで仰向けになったまま俺に話しかけた。



「惚れた振りして誰かの報復に返り討ちにするなら、どうぞ、ここはカメラもないし、したい放題ですよ、大地さん」



日滝久遠の口調は、最初に倉田に話しかけた時のように、気だるい、何もに関心を抱いていないような調子に戻っていた。


とりあえず見境なく男女構わず喰う人間ではなかったようだ。

それが分かって、力が抜ける。襲われる心配はないだろう。こっちがその気を見せない限りは。しかるに、最悪展開は永遠にない。ちょっと一安心だ。


しかしこの展開に慣れた感じから、こういう報復まがいな状況及び事態は、よくあるのかもしれない。

いや、女泣かせで名を馳せれば、よっぽど上手くやっていない限りそんなものは日常茶飯事か?



見るからに、この日滝久遠という男、もめ事を避けようなどという努力をしているようには見えないし。



「こういうこと、多いのか」


「さぁ。比べる対象がないので」


「あぁ、そう」



沈黙。
さてどうしたものかと考えて、しばらくじっと薄暗い部屋の天井を眺めていると、日滝久遠が体を起こしたのか、ベットのスプリングが揺れた。


「……何してるんですか」



視界に、日滝久遠の顔が割り込む。
俺を見下ろす彼の目は、冷めきったままで、盛られるよりずっとマシとはいえどうにも眉が寄るのを止められない。暗がりで日滝久遠からは見えないことがせめての救いだろう。



「何て、俺引っ張ってきて寝っ転がしたのお前だろう」


「それは見れば分かります。だからどうして寝っ転がって何もしないんです」

「いや、悪いけど俺女専門で」

「大地さん俺に報復しに来たんでしょ、それぐらいわかりますよ、俺」

「自分に非があるってことは認めてんの?」

「そうなんじゃないですか。皆さんが言うなら。世の中は多数決の原理でしょう」



目の前のこの男は、報復を、今はじめて会ったもはや無関係な俺にやられることに、何の疑念も抱いていない上に、悪びれた様子もなくあっけらかんとしているわけで。


「さっさと殴るなりしてくれますか」


催促までされたもの。


「……どうすっかなぁ」

「なんですか、それ。新手の報復ですね」



そういう日滝久遠の顔は至極真面目で、思わず笑ってしまった。


そもそも俺の立場からすれば、この厄介の全てが始まった三時間前から展開が早すぎて、全ての事象に対して感情がついていっていないのが正直な話で。



倉田を信じてないわけじゃねぇし、倉田の妹は確かにこの男に泣かされたんだろう。



ただ泣かせには泣かせのルールがある。
メジャーなのは抱いた別れる。一夜の付き合いってやつ。

もしそのルールを承知の上で彼女、もしくは彼らが抱かれたというのであれば、完全に俺が出るのはお門違いというものだ。



「倉田さんの報復に来たんじゃないんですか」


鉄仮面のようだった日滝久遠の表情が変わった。

報復でないかもしれないことに喜ぶのでなく、何故さっさと報復をしないのか、という怪訝な表情へ。



「倉田に何したか覚えてんの?」

「さぁ。でも突然アポイントを取ってくる人の行動は決まってますから。俺が何かしたんでしょう。彼女と寝たか、彼氏と寝たか」

「妹喰ったんだよ、お前」

「そうですか」


悪びれた様子は当然ない。



「お前。抱いたらすぐ捨てるの?」

「捨てたって彼女が言ったなら、そうなんでしょう」

「お前の意見聞いてんだけど、俺」


さっきから気になっていた、他人の意見を自分の意見に取り込んだような発言の仕方を指摘すると、日滝久遠はしばらくの間沈黙した。


「どうして、俺の意見が必要なんです?」

「は?」

「貴方は報復に来た。それは、彼女がそういったのを受け入れたからでしょう」

「いや、実際の所俺は三時間前に話を一方的に聞かされただけで、よく分かってねぇつか」


もういいか、と全てばらす。さすがにあのバカの惚れさせる作戦は口にしなかったもの、あとは事実だ。
日滝久遠は黙って俺の方を見つめるようにして、やがて、ぽつりと言った。


「……抱けと言われれば抱く。それだけです」


いつか聞いたような歯の浮くセリフに、もう堪え切れなかった。

「ははっ!」

笑いがあふれる、零れる。
やっぱりなぁ、と思う。
倉田から話舞い込んだ時点で嫌な予感はしてたんだけど。

街見るその目の冷め方を目の当たりにしたとき、感じた既視感は間違いではなかったらしい。



「何が、おかしいんですか?」

「んー?」

「普通は、笑えないでしょう」



困惑を隠さない日滝久遠の声に、笑う事で一旦誤魔化す。


倉田の妹には悪いと思う。
こういう時は、やはり一方の話からの判断でも身内贔屓になるべきなのかもしれない。

この男の貞操感が崩壊、女の(かつ男の)敵であることには間違いがないのだから。


報復で済むことでもない。
その行為が、やられた方にどれほどの傷を残すか、後悔を生むか。

一夜限りのその行為でも、万が一の事態を生み出したとき、学生の分際でどう責任を取るのか。


俺は良く知ってる分、俺が言える身分にないこともよく分かっているわけで。



「大地さん?」



見上げる男の髪を、腕を伸ばして掻き回す。


鏡に映っていた、昔の自分とそっくりな男は、もはや困惑の極致に至ったような顔で、もう一度俺の名前を呼んだ。

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