伊織さんと夏希君

mito

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Your dreathing is like a cradlesong

Your dreathing is like a cradlesong

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忘れられない、光景がある。



「わぁ、すっかり晴れたねぇ、夏希くん! 昨日の大嵐が嘘みたいだ」


開け放った窓から心地よい風が入り込んで、髪を遊ぶ。ふわりと優しくクリーム色のカーテンの感じに、自然と口元がゆるむ。アクリル絵の具で何度も何度も白を重ねて描いたような、そんな雲。青い空。



でも、僕は、もっと心にしみるようなコントラストを知っている。



真っ青な空と、真っ白な雲と、そして優しく囁き、全身をなでる風を。




「もう、秋到来、だねぇ……」




「ほんと、お前秋好きな」


身を乗り出すように空を見ていたら、窓の木枠に、コトン、とコップが置かれた。



「わぁ、ありがとう夏希くん!」

「別に、毎日淹れてやってんだろうが。いちいち騒ぐな。うぜぇ」



いつも通りの夏希くんの暴言にも、でも笑みがこぼれるのを抑えられなくて、案の定すっごい引かれた目で見られたけど、仕方ない。



大好きな季節。
大好きな景色。

僕のために淹れられた珈琲が湯気を立てて、優しい風がそれを揺らす。

横を見れば、壁にもたれるようにして立ち、色違いで揃えたコップで珈琲を飲む大好きな人。



幸せだなぁ……



湧き出るように、零れるように思い浮かぶ言葉は、いつだってシンプル。




でも、僕だけかな。

このシンプルな言葉に、でも言葉にできないほどの感情を一挙に感じるのは。


胸が満たされて、思わず口元がゆるんで、頬が上がってしまうその一方で。


ぎゅうぅっと胸が締め付けられるような、この感じはなんだろう。



嬉しくて。切なくて。
笑みをこぼしながらも、どうしようもなく泣きたい気分にかられて。


どこか懐かしさに似ているなぁ、と思う。



「夏希くんは、秋は嫌い?」

「別に」


即答の別に、は、嫌いじゃないって意味。
嫌いじゃない、は好きってこと。

同じものが好きっっていうことが嬉しくて、ついつい言葉が飛び出す。


「そっかぁ……じゃぁいつか一緒に行けるといいな、イタリア」

「……イタリア?」



そうだよ、って満面の笑みで頷く。



「すっごい綺麗なんだよ、秋の空。アクリルのスカイブルーを何度も塗り重ねたみたいな青でね、でも日差しは強くなくて、なんていうかなまどろみの中にいるみたいなの。風もすっごい優しくて、絶対夏希くん気に入るよ」


脳裏に浮かぶのは、あの秋の空。
風の囁きが子供の楽しげな声を伝える。


「僕が中学の時ね、あ、イタリアに居たんだけど、教室の外に面する壁面がね、全部窓だったの。僕の居た日本人学校は規模が小さくて、小学生も同じ校舎に通ってたんだけど、夕方になるとね、僕らは授業を受けてるんだけど小学生は遊具で遊びだすわけ。秋は、窓を全部開けてるから、風と一緒に元気な声がいっぱい聞こえて。真っ青な空と、大好きな風と、元気な声と。揺れる葉っぱの音と、三人しかいないクラスで聞こえるシャーペン走らせる音。大好きだったなぁ……」



忘れられない、光景。


忘れられない、音、感覚、景色、すべて。



でももう、戻れない。
同じ景色は、見られない。




「本を読むにも最適だったなぁ……恋愛小説読んでるときに、結婚式はこんな季節に、この国でやりたいなぁ、なんて本気で思ってたっけ……まだ可愛い面もあったんだねぇ」



そこまでもはや独白のように喋って、せつな固まった。
何も誰にも遮られなったから普通に喋り倒しちゃってたけどもしかしなくても夏希くん怒ってる!?


沈黙はお怒りですか!?



「わわわごごごごめん夏希くん、つまんない話を長々と!」


ばっと顔を向けた先には、でも予想とは違って静かな表情で、さっきと変わらず珈琲を飲み続ける夏希くんがいて。



「別に、今更だろ。お前がずっと喋ってるなんざ」


「怒って、ない……?」


「むしろ呆れてんだよ、バカ伊織」


夏希くんは本当に怒ってないみたいで、再びカップを口元に運んで、一息ついた。


「んで、何。どうせなら最後まで喋れよ」



それは和やかな秋空に、突然稲妻が落ちたような衝撃。

……なんだっ、て……?
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