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仮面を被って今日和
仮面を被って今日和 /あとがき2 side?
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* * *
「とにかく、今は容体は安定してんだな?」
『家にいる分には問題ないって言われました。ただしばらくは安静にしてるようにって』
「それに関しちゃ、ナツキは得意分野だろ」
薄暗い部屋に、押し殺したような笑いが広がる。携帯を持ち替えながらスーツを脱ぐ。そうですね、と電話越しに笑うイタリア男の声は、心なしか力がない。
「悪かったな」
謝罪に、なんで貴方が謝るんですか、と彼は苦笑した。
『篠原さんと約束したのは、僕です。……あぁ、でも。実際会うか会わないかを決めたのは俺だって、夏希くんに今日、怒られました』
「ナツキらしいな」
視界の隅で動いたモノに気付きながら、一本抜き取った煙草に火をつけ、リビングのソファに座り込む。
「そういうところは、全然変わらない」
しばらくの沈黙。細く白い煙がたゆたう。
『……それで、その。面会のことなんですが』
「分かってる。亮介にはそっちに行かないよう伝えておく。俺が責任をもって、いかせない。これで安心できたか?」
『……田上さんは、』
「ん?」
『田上さんは、夏希くんには会いたくないですか?』
突拍子もない質問に、一瞬言葉が続かなくなる。
煙を吐く。それから、吸う。
『僕は、分かってたんです』
苦笑する。
『いつかこうなるだろうって。夏希くんは無理してるって。それでも、篠原さんの条件を呑んで、毎回面会日を取り付けたのは、篠原さんが言った言葉全てが、僕自身に身に覚えがあるものばかりだったから。言葉なんか、交わせなくてもいい。ただ、"先輩"に会いたくて、ただそれだけで、それだけで充分幸せになれたから、だから僕は、』
「……お前、今でも"ジウ"のこと大好きだろ」
電話口の向こうで息が詰まる音がして、図星か、と笑ってしまった。
「会えるもんなら、会いてぇよ」
一拍置いて、答える。
「でも俺は、亮介と同じポジションだ」
『田上さん』
「んでもって、俺はお前が思う以上に、ナツキには幸せになってほしい」
再びの、沈黙。
部屋の中も、静まり返っている。
「お前がジウを思うのは構わない。ただ忘れるな。ジウとナツキは似てる、だが、所詮は別の人間だ」
『……はい』
「今日はお前も早く寝ろ。……ナツキのこと、よろしくな」
それに対する返事を待たず、携帯が切れる。切ったのは携帯を持つ手でも、煙草を持つ手でもない。
「……俺だって、ナツの幸せを願ってる」
「電気ぐらい、つけて待ってろ。亮介」
無理やり取り上げられた携帯をそのままに、部屋の電気を付けに行く。途端あらわれた傷んだ金髪は、それは酷い顔をしていて、思わず苦笑してしまう。
「……なんだよ、悪いかよ、俺が泣いたら」
「いや?……ナツキ、今は安定してるってさ」
「聞こえてんよ」
乱暴に袖で顔をこすりながらぶっきらぼうに言い放つ亮介を尻目に、もう一本、煙草に火をつける。
「むかつく」
「何が」
「あのイタリア野郎に同情されるとか、末代までの恥」
「成長したな、イオは」
「そういう話じゃねぇって分かって言ってんだろ、まさおみ」
鋭く睨まれようが、そんなものは慣れたもので。
「……俺は、諦めねぇよ」
聞こえた言葉には、答えない。
「ナツは、いつだって俺たちといたんだ。いつだって、四人でいた。あいつじゃない、ナツもジウも、あいつらの居場所は、ここだ」
持っていた携帯をこちらに投げつけて、亮介は荒々しく部屋を出ていく。
バタンと余韻を残す、ドアの音。
「……それでも。それは、あいつら自身が決めることだ」
悲しいことに、な。
呟きとともに、灰が落ちた。
仮面を被って今日和
(俺のことを、君はまだ知らない)
「とにかく、今は容体は安定してんだな?」
『家にいる分には問題ないって言われました。ただしばらくは安静にしてるようにって』
「それに関しちゃ、ナツキは得意分野だろ」
薄暗い部屋に、押し殺したような笑いが広がる。携帯を持ち替えながらスーツを脱ぐ。そうですね、と電話越しに笑うイタリア男の声は、心なしか力がない。
「悪かったな」
謝罪に、なんで貴方が謝るんですか、と彼は苦笑した。
『篠原さんと約束したのは、僕です。……あぁ、でも。実際会うか会わないかを決めたのは俺だって、夏希くんに今日、怒られました』
「ナツキらしいな」
視界の隅で動いたモノに気付きながら、一本抜き取った煙草に火をつけ、リビングのソファに座り込む。
「そういうところは、全然変わらない」
しばらくの沈黙。細く白い煙がたゆたう。
『……それで、その。面会のことなんですが』
「分かってる。亮介にはそっちに行かないよう伝えておく。俺が責任をもって、いかせない。これで安心できたか?」
『……田上さんは、』
「ん?」
『田上さんは、夏希くんには会いたくないですか?』
突拍子もない質問に、一瞬言葉が続かなくなる。
煙を吐く。それから、吸う。
『僕は、分かってたんです』
苦笑する。
『いつかこうなるだろうって。夏希くんは無理してるって。それでも、篠原さんの条件を呑んで、毎回面会日を取り付けたのは、篠原さんが言った言葉全てが、僕自身に身に覚えがあるものばかりだったから。言葉なんか、交わせなくてもいい。ただ、"先輩"に会いたくて、ただそれだけで、それだけで充分幸せになれたから、だから僕は、』
「……お前、今でも"ジウ"のこと大好きだろ」
電話口の向こうで息が詰まる音がして、図星か、と笑ってしまった。
「会えるもんなら、会いてぇよ」
一拍置いて、答える。
「でも俺は、亮介と同じポジションだ」
『田上さん』
「んでもって、俺はお前が思う以上に、ナツキには幸せになってほしい」
再びの、沈黙。
部屋の中も、静まり返っている。
「お前がジウを思うのは構わない。ただ忘れるな。ジウとナツキは似てる、だが、所詮は別の人間だ」
『……はい』
「今日はお前も早く寝ろ。……ナツキのこと、よろしくな」
それに対する返事を待たず、携帯が切れる。切ったのは携帯を持つ手でも、煙草を持つ手でもない。
「……俺だって、ナツの幸せを願ってる」
「電気ぐらい、つけて待ってろ。亮介」
無理やり取り上げられた携帯をそのままに、部屋の電気を付けに行く。途端あらわれた傷んだ金髪は、それは酷い顔をしていて、思わず苦笑してしまう。
「……なんだよ、悪いかよ、俺が泣いたら」
「いや?……ナツキ、今は安定してるってさ」
「聞こえてんよ」
乱暴に袖で顔をこすりながらぶっきらぼうに言い放つ亮介を尻目に、もう一本、煙草に火をつける。
「むかつく」
「何が」
「あのイタリア野郎に同情されるとか、末代までの恥」
「成長したな、イオは」
「そういう話じゃねぇって分かって言ってんだろ、まさおみ」
鋭く睨まれようが、そんなものは慣れたもので。
「……俺は、諦めねぇよ」
聞こえた言葉には、答えない。
「ナツは、いつだって俺たちといたんだ。いつだって、四人でいた。あいつじゃない、ナツもジウも、あいつらの居場所は、ここだ」
持っていた携帯をこちらに投げつけて、亮介は荒々しく部屋を出ていく。
バタンと余韻を残す、ドアの音。
「……それでも。それは、あいつら自身が決めることだ」
悲しいことに、な。
呟きとともに、灰が落ちた。
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(俺のことを、君はまだ知らない)
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