伊織さんと夏希君

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I wish your happiness!

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元々自分が好きな人には尽くすタイプだというのもあるだろう。


好きな人にはやっぱりに幸せになって欲しいから。


でも、それは優しさとか、愛情とかとはまた違う。


あの頃、獰猛で常に人を警戒する目が、ごくたまに優しく細められる瞬間、僕はこの世で今最も幸せな人間に思えて、それが幸せの定義になった。


相手を幸せにすることが僕の幸せ。


嫌な言い方をすれば、結局は全部自分のため。



「ただいま、夏希くん!! また遅くてごめん!!」


昨日よりは早いとはいえ、やっぱり終電を逃し真夜中帰宅な僕の行動はいつもと同じ。

真っ暗な部屋の電気を付けて、居ないだろう夏希くんにただいまと叫んで……


「おわッ!! ちょ夏希くん起きてたの!?」


パチリ、とついたリビングの電気が四八方に伸びる見慣れた黒髪を明るく照らしだした。


「寝てて良かったのに、ごめん!! 夕飯は食べた?」
「……」


夏希くんは動かない。返事がないのは分かってたけど、いつもは僕が帰ってくるのを見て部屋に帰っちゃうのに。


「夏希くん?」


恐る恐る顔をのぞき込めば、鋭い眼光を放つ瞳はまぶたの下に隠れて、規則正しい息遣いが耳に届いて。


「……夏希くん寝てるの?」


……座ったまま完全に寝てる。



夏希くんはリビングでは決して寝ない。それこそ手負いの獣のように、僕の前ではいつも神経張り詰めていて、眠くなれば絶対自室へこもる。

でも今、夏希くんはソファで寝てる。


……そう言えばここ毎日、帰ってきたら夏希くんここに居るな。


自惚れは自分に倍ダメージを与えることは学習済み。
でも心と頭は別物で、トクンと静かに高まりだす音が身の内から聞こえ始める。

ねぇ夏希くん。
期待してもいいですか?

早まる鼓動が聞いている。

「夏希くん、起きて」


躊躇いがちに肩に触れる。以前、事故で触れてしまった時、強い力で振り払われた時の痛みはまだ新しい。


「……ん……」


小さな呻き声が聞こえ、でも夏希くんに起きる様子は見られなくて。


「夏希くん、風邪引くよ」

どさくさに紛れて、その綺麗な頬に手を添えた。


ドキドキする。心臓がうるさくて今に破裂しそうで苦しくてでも嬉しくて。


崩壊したのは涙腺だった。


こぼれる。
あふれる。



女の子みたいな柔らかさはない。むしろほっそりと痩けた頬は、少しだけかさついてる。

バカみたい。

でも、触れられた。
初めて、触れた。


これ、夏希くんにばれたら死刑ものなんだけど。

早く離さなきゃって思う反面あと三秒!って願う。



同性を好きになってただ一つ良かったことは、些細な幸せに気づける自分になったこと。


幸せって案外単純なことでいくらでもあったりする。
人は傲慢だから、いつしかそれを普通と感じてしまうようになって、もっと大きな幸せを追い求めるようになって。

幸せを見つけにくくなってるだけ。


好きな人に触れられることを当たり前だと思わないで欲しい。

好きと言えることがどれだけ幸せなことか気づいて欲しい。


僕らのような性癖を持つ人間の大半が、きっとそのことを世の中のカップルに思ってる。


少しばかりの妬みを添えて。



「……おい」


俯いたその時、ドスの聞いた掠れた声が耳朶を叩いて、自分の首がビクリと見事に震えたのが嫌でも分かった。


手はいまだにその頬に。


……まさに死亡フラグですね……!


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