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Past#4 東町-easttown-
Past#4 東町-easttown- 3
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瞬間、がっと力強く手首を引かれて、その角ばった手の先をたどるまでもなく、岡やんの瞳からからかいの色が消えて別の強い色を映したのが分かった。
「出てったって……。小太郎、その子重傷だったって言ってたよね?」
そしてマサの目にも。
「かなり重症だったけど、朝起きたら居なく、て」
こういう時、幼馴染みっていうのは、場合によって自分よりも『富岡小太郎』という人間を知って居るな、と思う。
彼らが危惧しているのは、一つ。
その脳裏に再生されているのは、一つ。
だから、自分が言うべき言葉も決まっている。
「追いかけないよ。ただ心配してるだけ。
……自分の意思で出てっちゃったものは追いかけない。みんなと約束しただろ」
手を離れたものに自分ができることは、心配と。
戻ってきたときに温かく受け入れてやることだけ。
シズさんにも、そう約束した。
忘れもしない、小学六年の雨の季節。
「……覚えてんなら、」
「コタロたちごめん! 遅くなって!」
岡やんに大層似合わない硬質な声を、ちょうどメグの声が遮った。
彼にそんな声を出させているのは他でもない自分なのに、メグの声が遮ってくれたことに救いを感じる自分は、やっぱりあの頃から何も成長していないのかもしれない。
「……ってメグだけ? チハルは?」
先までのことなどなかったように、自然な動作で自分の手首を握っていた手を離し、いつもの飄々とした調子で岡やんが尋ねると、あぁ、とメグはその綺麗な指を入り口に向けた。
「雨が酷くなったでしょ? そしたらちょうど、イハラ君が車で通りかかったから、送ってもらったの」
「イハラ君が?」
イハラ君というのは、チハっちゃんの家の隣に住む大学生だ。
そして、これはメグは知らないことだが、昔からチハっちゃんのことが好きな、誠実で優しい人。
「へぇ……っつーことは、今チハルとイハラ君は二人きりっ!?
おい何悠長に座ってんだコタロー!! 早くチハルを迎えに行け!!」
「えぇ? なんで?」
「なんで?だと!?」
いきなり怒鳴ったかと思えば、次のセリフ時には頭を抱えて机に突っ伏す。
短時間で表情をくるくる変えて、岡やんは一人忙しそうだ。
「マサっ、お前もなんか言ってやれ!!」
「って言われてもねぇ……。小太郎のこれは今に始まった話じゃないからね」
「何が悪いんだよ? イハラ君だって、久々にチハっちゃんに会えたんだろうし、邪魔に……」
「だーかーら邪魔に行くんだろうが!?」
そりゃ正直胸に支えるものがないわけじゃない。
でも、大学生になってイハラ君とチハっちゃんの会う機会が減ったというのは明白で、今日も二人は久しぶりに会ったんだと思う。
昔、自分が両親と東町に住んでいた時。
イハラ君には自分達はよく遊んでもらって、一人っ子のチハっちゃんは特にイハラ君をお兄ちゃんのように慕っていたし、二人で話したいこともあるはず。
それに、そういう好きな人と偶然に話せることの嬉しさは分かるから、余計邪魔はしたくない。
「お前な、恋は早い者勝ちだろ!どこの小学生だ!?」
「えぇ、違うって! そんなの不公平だろ!」
「世の中なんて不公平だらけだ!! なぁマサ!」
「だから僕にいちいち振らないでよ岡やん……」
結局そのあとすぐにチハっちゃんがエントラスに現れて、ぎゃぁぎゃぁと五月蝿い男の不毛な口論は終止を打った。
なんとなく事情を読み取ったらしいメグが自分に、ごめんと小さく手を合わせたが、彼女が謝ることでもない。
むしろこれみよがしにちらちらこちらを見ながらチハっちゃんに耳打ちする岡やんを、自分はどうかと思うのだがどうなんだろう。
雨のせいで客も少なく、存分に食べ、笑い、約束の一時間などあっという間で。
「……うわぁ。雨ますます酷くなってるよ」
ファミレスを出ると、全員の思いを心底うんざりという語調でメグが代弁した。
ファミレスの正面にあるコンビニでビニール傘を買い、そこで解散となる。
岡やん、マサ、メグは東町の中心より北側にある住宅街に住んでいるので、必然的に、西町に住む自分は、東と西の中間に住むチハっちゃんと一緒に帰ることとなる。
東町で遊べばこれはいつものパターンなのだが、慣れることなどあるはずがない。
心なしか早まる鼓動も、情けないながら汗ばむ手の内も、毎度毎度酷いものだ。
「帰ろ、コタ君」
鈴がなるような声で、にっこりと笑うチハっちゃんに対し、自分が自然と笑えるはずもなく。
かなり歪んだ笑みになったんじゃないかと後悔が襲う。
あぁ、どうしてこうなるかな。
そう思うのも、毎度のこと。
こういうとき、彼女の前でも完璧な笑顔を見せる岡やんを尊敬せずにはいられない。
いかんせん余裕が無さすぎるんだ、自分には。
昔話もっと話せたし、軽い冗談も普通に言えた。でも高校にあがってから、チハっちゃんとの会話は唐突にがくんと減った。
原因の多くは自分にある、が元々チハっちゃんが無口であることも理由の一つだろう。
とはいえ沈黙が気まずいわけでもない。
チハっちゃんには何でも受け入れてくれるような雰囲気があって、それが自分を安心させる。
「出てったって……。小太郎、その子重傷だったって言ってたよね?」
そしてマサの目にも。
「かなり重症だったけど、朝起きたら居なく、て」
こういう時、幼馴染みっていうのは、場合によって自分よりも『富岡小太郎』という人間を知って居るな、と思う。
彼らが危惧しているのは、一つ。
その脳裏に再生されているのは、一つ。
だから、自分が言うべき言葉も決まっている。
「追いかけないよ。ただ心配してるだけ。
……自分の意思で出てっちゃったものは追いかけない。みんなと約束しただろ」
手を離れたものに自分ができることは、心配と。
戻ってきたときに温かく受け入れてやることだけ。
シズさんにも、そう約束した。
忘れもしない、小学六年の雨の季節。
「……覚えてんなら、」
「コタロたちごめん! 遅くなって!」
岡やんに大層似合わない硬質な声を、ちょうどメグの声が遮った。
彼にそんな声を出させているのは他でもない自分なのに、メグの声が遮ってくれたことに救いを感じる自分は、やっぱりあの頃から何も成長していないのかもしれない。
「……ってメグだけ? チハルは?」
先までのことなどなかったように、自然な動作で自分の手首を握っていた手を離し、いつもの飄々とした調子で岡やんが尋ねると、あぁ、とメグはその綺麗な指を入り口に向けた。
「雨が酷くなったでしょ? そしたらちょうど、イハラ君が車で通りかかったから、送ってもらったの」
「イハラ君が?」
イハラ君というのは、チハっちゃんの家の隣に住む大学生だ。
そして、これはメグは知らないことだが、昔からチハっちゃんのことが好きな、誠実で優しい人。
「へぇ……っつーことは、今チハルとイハラ君は二人きりっ!?
おい何悠長に座ってんだコタロー!! 早くチハルを迎えに行け!!」
「えぇ? なんで?」
「なんで?だと!?」
いきなり怒鳴ったかと思えば、次のセリフ時には頭を抱えて机に突っ伏す。
短時間で表情をくるくる変えて、岡やんは一人忙しそうだ。
「マサっ、お前もなんか言ってやれ!!」
「って言われてもねぇ……。小太郎のこれは今に始まった話じゃないからね」
「何が悪いんだよ? イハラ君だって、久々にチハっちゃんに会えたんだろうし、邪魔に……」
「だーかーら邪魔に行くんだろうが!?」
そりゃ正直胸に支えるものがないわけじゃない。
でも、大学生になってイハラ君とチハっちゃんの会う機会が減ったというのは明白で、今日も二人は久しぶりに会ったんだと思う。
昔、自分が両親と東町に住んでいた時。
イハラ君には自分達はよく遊んでもらって、一人っ子のチハっちゃんは特にイハラ君をお兄ちゃんのように慕っていたし、二人で話したいこともあるはず。
それに、そういう好きな人と偶然に話せることの嬉しさは分かるから、余計邪魔はしたくない。
「お前な、恋は早い者勝ちだろ!どこの小学生だ!?」
「えぇ、違うって! そんなの不公平だろ!」
「世の中なんて不公平だらけだ!! なぁマサ!」
「だから僕にいちいち振らないでよ岡やん……」
結局そのあとすぐにチハっちゃんがエントラスに現れて、ぎゃぁぎゃぁと五月蝿い男の不毛な口論は終止を打った。
なんとなく事情を読み取ったらしいメグが自分に、ごめんと小さく手を合わせたが、彼女が謝ることでもない。
むしろこれみよがしにちらちらこちらを見ながらチハっちゃんに耳打ちする岡やんを、自分はどうかと思うのだがどうなんだろう。
雨のせいで客も少なく、存分に食べ、笑い、約束の一時間などあっという間で。
「……うわぁ。雨ますます酷くなってるよ」
ファミレスを出ると、全員の思いを心底うんざりという語調でメグが代弁した。
ファミレスの正面にあるコンビニでビニール傘を買い、そこで解散となる。
岡やん、マサ、メグは東町の中心より北側にある住宅街に住んでいるので、必然的に、西町に住む自分は、東と西の中間に住むチハっちゃんと一緒に帰ることとなる。
東町で遊べばこれはいつものパターンなのだが、慣れることなどあるはずがない。
心なしか早まる鼓動も、情けないながら汗ばむ手の内も、毎度毎度酷いものだ。
「帰ろ、コタ君」
鈴がなるような声で、にっこりと笑うチハっちゃんに対し、自分が自然と笑えるはずもなく。
かなり歪んだ笑みになったんじゃないかと後悔が襲う。
あぁ、どうしてこうなるかな。
そう思うのも、毎度のこと。
こういうとき、彼女の前でも完璧な笑顔を見せる岡やんを尊敬せずにはいられない。
いかんせん余裕が無さすぎるんだ、自分には。
昔話もっと話せたし、軽い冗談も普通に言えた。でも高校にあがってから、チハっちゃんとの会話は唐突にがくんと減った。
原因の多くは自分にある、が元々チハっちゃんが無口であることも理由の一つだろう。
とはいえ沈黙が気まずいわけでもない。
チハっちゃんには何でも受け入れてくれるような雰囲気があって、それが自分を安心させる。
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