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Past#3 一日-oneday-
Past#3 一日-oneday- 4
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母屋の自室に駆け込み、彼が居ないことを一応確かめて、襖を閉める。
人知れず握りしめていた冷や汗を袖で拭い、ゆっくり息を吐き、吸う。
渾身の、平常の振り。
うまくできていただろうか。
平気だと思ってた。
雰囲気も昨日とうってかわって怖くない。
それどころか、今の彼はどこをどう見てもありふれた、笑って冗談飛ばす、自分と何も変わらない『普通の人』。
むしろ職業から連想した先入観との異なりに戸惑いと困惑を抱くほど。
寝起きで上手く働かない頭も手伝って、虚勢でなく平常心でいけるって。
でもそうじゃなかった。
だって体が覚えてる。
気を抜けば震えそうだった指先が、今なおうるさく心臓が警告を発する。
『俺にアンタを殺させるな』
軽快なリズムを生む唇と同じそれが、穏やかに一度だけ、隠喩も直喩もなくはっきりと忌み言葉を落とした。
差し伸べられたその手が、首筋を這い血脈を押さえた。
『コワイ』
生まれたのは、目を惹き寄せられたたあの瞬間。
警告のように沸き上がったその感情は、彼が近づくほどうるさく騒ぎ出す。
それは、彼の声を書き消そうとする。
呑まれてはいけない。
捕まってはいけない。
囚われてはいけない。
昨夜何事もなかったように自分に接するその『普通さ』こそ。
彼は決して『普通』じゃないことの証明。
「……はは、手が真っ白」
制服を掴み、着る。手がこの調子だと、顔色も悪いのかもしれない。
しかもまぶたは腫れたままで、相当酷い顔をしているに違いない。
* * *
「おー、ほぼ一週間ぶりじゃんコタろ……ってひでぇ!! ただでさえ中の中の顔が下以下になってる!!」
土日を含めば、確かにほぼ一週間ぶりとなる学校で、かけられた第一声は、そんな失礼極まりない叫び。
遅刻ギリギリで飛び込んだ自分に、今日も校則の範囲内でお洒落を極めた格好の岡やんが、教室内のどの声にも負けない声量で笑う。
「おはよ、小太郎」
続いてのんびりとそう言ったのは、鳥の巣状態の髪型を岡やんに直されてるマサ。
「ていうか、顔より病気とか大丈夫なの? 風邪?」
ただ一人心配そうに問いかけてくれたのがメグで、いつもはあと一人、チハっちゃんがここに居る。
岡やん、マサそしてチハっちゃんは幼稚園からの付き合いで、どこに行くにも何をするにもずっと四人一緒だった。
高校に入って、チハっちゃんが女の子同士仲良くなったのをきっかけに、メグがそこに加わって。
いつの間にかこの五人でいることが同学年の間で有名になるくらい当たり前になっている。
「あーメグ、心配いらねーよ。どうせ心優しいコタローは猫拾い休みだろ?」
にやにやと笑う岡やんはさすが幼馴染だけあって、これだけ酷い顔をしていても騙されなかったようだ。
……とはいえ、さすがの幼馴染でも、まさか自分が猫じゃなくて人間、しかもヤから始まる人を拾っただなんてちらりとも思っていないだろうけど。
真実を告げるわけにもいかず曖昧に笑えば、うわ、もう見てらんない顔、と岡やんが嘆きのままに顔を背けた。
悪かったな、お前と違って平凡は泣くとこうなるんだよ。
いわゆるイケメンと称される顔を持つ岡やんを無言で睨み付けていると、メグが躊躇いがちに口を開く。
「あのさ、猫拾い休みって……何?」
「そういや高校入って初か? だからメグ知らねーんだ」
「小太郎、怪我してる猫とか放って置けないんだよね。それで世話するとじゃで学校休むの。小学校の時なんか頻繁だったよ猫休み」
「小六の時、先生俺らに泣きついてきたからな。富岡君を引きずってでも連れてきてーってな!」
「ちょ、それメグに言うなよ!!」
焦る自分に、くすりと眠気を帯びた顔でマサが、そして岡やんが続いて笑う。
とうとうメグまで笑い出したところでSHRを知らせるチャイムが鳴った。
人知れず握りしめていた冷や汗を袖で拭い、ゆっくり息を吐き、吸う。
渾身の、平常の振り。
うまくできていただろうか。
平気だと思ってた。
雰囲気も昨日とうってかわって怖くない。
それどころか、今の彼はどこをどう見てもありふれた、笑って冗談飛ばす、自分と何も変わらない『普通の人』。
むしろ職業から連想した先入観との異なりに戸惑いと困惑を抱くほど。
寝起きで上手く働かない頭も手伝って、虚勢でなく平常心でいけるって。
でもそうじゃなかった。
だって体が覚えてる。
気を抜けば震えそうだった指先が、今なおうるさく心臓が警告を発する。
『俺にアンタを殺させるな』
軽快なリズムを生む唇と同じそれが、穏やかに一度だけ、隠喩も直喩もなくはっきりと忌み言葉を落とした。
差し伸べられたその手が、首筋を這い血脈を押さえた。
『コワイ』
生まれたのは、目を惹き寄せられたたあの瞬間。
警告のように沸き上がったその感情は、彼が近づくほどうるさく騒ぎ出す。
それは、彼の声を書き消そうとする。
呑まれてはいけない。
捕まってはいけない。
囚われてはいけない。
昨夜何事もなかったように自分に接するその『普通さ』こそ。
彼は決して『普通』じゃないことの証明。
「……はは、手が真っ白」
制服を掴み、着る。手がこの調子だと、顔色も悪いのかもしれない。
しかもまぶたは腫れたままで、相当酷い顔をしているに違いない。
* * *
「おー、ほぼ一週間ぶりじゃんコタろ……ってひでぇ!! ただでさえ中の中の顔が下以下になってる!!」
土日を含めば、確かにほぼ一週間ぶりとなる学校で、かけられた第一声は、そんな失礼極まりない叫び。
遅刻ギリギリで飛び込んだ自分に、今日も校則の範囲内でお洒落を極めた格好の岡やんが、教室内のどの声にも負けない声量で笑う。
「おはよ、小太郎」
続いてのんびりとそう言ったのは、鳥の巣状態の髪型を岡やんに直されてるマサ。
「ていうか、顔より病気とか大丈夫なの? 風邪?」
ただ一人心配そうに問いかけてくれたのがメグで、いつもはあと一人、チハっちゃんがここに居る。
岡やん、マサそしてチハっちゃんは幼稚園からの付き合いで、どこに行くにも何をするにもずっと四人一緒だった。
高校に入って、チハっちゃんが女の子同士仲良くなったのをきっかけに、メグがそこに加わって。
いつの間にかこの五人でいることが同学年の間で有名になるくらい当たり前になっている。
「あーメグ、心配いらねーよ。どうせ心優しいコタローは猫拾い休みだろ?」
にやにやと笑う岡やんはさすが幼馴染だけあって、これだけ酷い顔をしていても騙されなかったようだ。
……とはいえ、さすがの幼馴染でも、まさか自分が猫じゃなくて人間、しかもヤから始まる人を拾っただなんてちらりとも思っていないだろうけど。
真実を告げるわけにもいかず曖昧に笑えば、うわ、もう見てらんない顔、と岡やんが嘆きのままに顔を背けた。
悪かったな、お前と違って平凡は泣くとこうなるんだよ。
いわゆるイケメンと称される顔を持つ岡やんを無言で睨み付けていると、メグが躊躇いがちに口を開く。
「あのさ、猫拾い休みって……何?」
「そういや高校入って初か? だからメグ知らねーんだ」
「小太郎、怪我してる猫とか放って置けないんだよね。それで世話するとじゃで学校休むの。小学校の時なんか頻繁だったよ猫休み」
「小六の時、先生俺らに泣きついてきたからな。富岡君を引きずってでも連れてきてーってな!」
「ちょ、それメグに言うなよ!!」
焦る自分に、くすりと眠気を帯びた顔でマサが、そして岡やんが続いて笑う。
とうとうメグまで笑い出したところでSHRを知らせるチャイムが鳴った。
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