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序章
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昔々のお話です。
ある世界ある場所で、とても大きな大きな戦いが御座いました。
それはもう昔のお話で、その戦いは思い出話になり、過去の記憶となり、伝承となり、伝説となり、神話となりました。
それくらいに、昔々の戦いです。
何の戦いであったかと申しますと、それはもう恐ろしい化け物と人間との戦いだったのです。
その化け物が何処から来たのか、何が根源であったのか、それは未だに明らかになっていません。
それはもう未来のそのまた未来になっても未だに分からない謎なのです。
ですがその化け物たちの目的ははっきりとしていました。
単純によくある事で、この世界を闇で埋め尽くし人間を支配する事こそ、その化け物の目的だったのです。
何という事でしょう。
人間はその化け物に対抗する手段が一切ありませんでした。
何しろその化け物はとても屈強で醜く、人間の腕なんかは簡単にポキッと折ることが出来るくらいには力があって乱暴なのでした。
当然人間は恐れ戦き、見た瞬間に逃げ惑うしか出来ませんでした。
そのくらいに、人間という生き物は弱く脆弱だったのです。
しかしそんな人間の中にも、ほんの一握程度には強く勇敢な人々が居たのです。
その人々は鉄を削り武器を作り、闇の化け物と戦いはじめました。
ですが闇の化け物はとても数が多く、一握だけの勇敢な人々では到底敵うはずもありません。
人間はまた絶望しました。
彼等が死んでしまえば後は自分たちは支配され、あるいは殺されるだけなのだろうと。
そんな人々の前に、またほんの少しの希望がもたらされました。
ほんの少し、ほんの二人だけの希望です。
しかしその二人は闇に対抗する光の力を持った特別な二人でした。
二人は太古の民と呼ばれる、闇が生まれる前からこの世界を見守ってきた人々でした。
二人は戦う力を持った人間にさらなる力を与えました。
その力は、伝承では武器であったり魔法であったりと様々ですが、とにかく二人は人間に戦う力を与えました。
するとどうでしょう、一握の勇敢な人々はたちまち闇の化け物を打ち破り、ついには化け物の王を討ち取る事に成功したのです。
偉大な偉大な勝利でした。
沢山の犠牲を出し、勇敢な人々もまた沢山傷つき倒れた末の、大きな大きな意味を持つ勝利でした。
その時の事を、今でも思い出すことがあります。
歓喜にわく人々の笑顔、歓声、そして涙。
素晴らしい勝利の末の宴はいつまでもいつまでも続きました。
あれから何年が経過したのでしょうか。
わたしにはもうその感覚すらありません。
遠い遠い過去のお話です。
ですがわたしはその時の事を忘れられずにいます。
偉大なる勝利もそうですが、偉大なる勝利を得る前の身体の中が空っぽになってしまうような絶望を、忘れられないのです。
ですからわたしはまだ、その時の戦いが思い出から神話になり、更に忘れ去られてしまっても今もここに居るのです。
今は【勇者】と呼ばれる事になった勇敢な人々の末裔と共に戦いながら、わたしは今も戦っているのです。
さて【勇者】とは何なのでしょうか。
答えは簡単です。とても勇気ある人々のこと、これだけです。
今現在存在している勇者は、決して物語の中だけに存在する人々だけではありません。
闇の化け物との戦いが忘れ去られて久しい昨今ですが、勇者と呼べる存在はまだチラホラと居るのです。
勿論、あの時の戦いの時のような素晴らしい力を持っているわけではありません。魔法だってショボショボだし治癒を行う魔法なんかはもう存在すらしないかもと思えるくらいです。
けれど、勇者はまだこの世界に存在しているのです。
人前に出る事なんかはほとんどありません。
ショボショボとはいえ魔法を使えるのですからそんな姿を見られたら大騒ぎですし、戦っている相手は未だにちょろっと残っている闇の化け物です。化け物なんか見たらほとんどの人は悲鳴をあげて卒倒してしまう事でしょう。
だから、勇者たちは自分たちで独自の組織を作り上げ、自分たちで構築したネットワークを駆使しながらこっそりこっそりと世界の裏側で戦っているのです。
あぁなんと健気なことでしょうか。
とはいえ、わたしはその勇者の存在をほとんど知りません。そういう人がまだ沢山居るのだという部分は、ほとんどにおいて伝聞だけです。
では何故そんなことを知っているのか。
簡単です。わたしの相棒こそがその勇者のひとりなのです。
彼はたった一人で闇の化け物(今更ですが、この化け物はマルヴと呼ばれていました。遠い遠い過去の話です)と戦い、世界を守っています。
世界中の人々は彼の戦いなんかは当然知らないことでしょう。けれど確かに彼は時に体中を傷だらけにしながら戦い続けているのです。
何故未だにマルヴが居るのかは、わたしはよくわかりません。
分かっているのは、過去の勇敢な人々が闇の魔王を追い払った後に長い長い眠りについたわたしが再び目覚めたのが、このマルヴたちの復活と同時期だったというだけの事です。
何故戻ってきたのか、どこから生まれているのか、やはりそれは分からないままです。
光と影がある以上闇だってあるのだ、なんてかっこいい事を言っていられるような状況でもありません。
とってもとっても厄介な事なのです。
わたしにとって幸運だったのは、目覚めてすぐに相棒と出会えたことでしょう。
目覚めた時には世界はもうとってもとっても変わっていました。
何しろ土ばかりだった地面には硬いねずみ色の舗装がなされ、鉄の鳥が空を飛び、四角い硬い箱の中で人間が喋り倒すような世界になっていたのですから、驚かないわけがありませんでした。
そこでようやくわたしは、あの戦いが忘れ去られた過去の伝説である事を知ったのでした。
とてもとても驚きましたが、彼に色々な話を聞いていると納得するものもありました。
何しろもうあれから何千年も経っているのです。仕方がない話です。
創世神話なる物語を読んであまりの荒唐無稽さに大笑いしたこともありましたけれどね。
そんなわたしから見ても立派な勇者である彼はわたしを目覚めさせると、素晴らしい力でもってマルヴと戦いはじめました。
孤独な孤独な戦いです。
わたしと出会う前はもっともっと孤独だったと彼は言っていました。
わたしと出会えた事は、生きてきた中でとてもとても大きな幸運なのだとも。
そう言ってもらえたらもう頑張るしかありません。
わたしは自分の持てる力の全てを彼に預けました。
彼は正直、パッと見ただけではとても強そうには見えません。
身体は細身ですし、赤みを帯びたふわふわとした髪は年齢よりも彼を少し幼く見せています。
けれど彼は確かに勇者なのです。
わたしの、たった一人の勇者さまなのです。
彼はとても強い人でした。
まるで太古の人々が力を与えたように炎を生み出し激流を流し、どんどんと敵を倒してゆきます。
治癒魔術というのも、彼はほんのちょっぴりだけ使う事が出来ました。昔の戦いの折に見たように一瞬で切り傷を治してしまう、なんて事は勿論出来ませんが、わたしが見てもそれは立派な治癒の魔術でした。
そもそも魔術というのは、過去の大戦の時に協力をしてくれた二人の太古の人々から貸してもらった力です。
その力が未だに存在している事に感動すら覚えましたが、それでも力は当時のものよりも小さくなっています。
それはまぁ、仕方がないでしょう。当時ですら太古の人々と呼ばれていたのに、今はその太古すら太古の昔ですから、力が残っているだけ御の字というやつです。
その力を駆使して彼は今日もまたいつものように戦っておりました。
ただ少し違ったのは、その戦いの相手がとても強い相手であるという事でした。
彼は魔術を使う事が出来ます。それでも、魔術を使うためには多少の集中は必要であり、ただの人間である彼が太古の人々から貰っている魔術の力をうっかり失敗してしまえば、大きなしっぺ返しをくらってしまいます。
そうならないように魔術を使いつつ戦うのは、幾ら熟練の勇者だってとても大変な事です。
それでも、彼は戦っていました。
どんどん湧いて出てくるマルヴを蹴散らし、マルヴの闇の力に捻じ曲げられた魔物を倒し、いつまでも終わる事のなさそうな闇のトンネルの中を突き進みます。
闇のトンネルでの戦い事態は決して珍しいことではありません。
何しろ相手は闇の化け物ですから、不快害虫のように闇の中を好むのです。
ですから、出現したマルヴを蹴散らそうとすると結局そういった場所での戦いになってしまうのは仕方が無いことなのです。
彼は奥へ奥へと進みました。
手はマルヴの血でぬめり、返り血が目に入って白目が真っ赤になり、衣服は破れてボロボロ。
それでも彼は進みました。ここでマルヴを根絶できなければ、次に何処に出現するか分からないからです。
そうしてトンネルを突き進んだ先には、マルヴの王様が居ました。
マルヴの王様といっても、マルヴを統括している王様というかリーダーのような存在は沢山居るのです。
人間の世界にだって、リーダーは沢山存在します。それと同じで、マルヴにだって沢山のリーダーは存在しているのです。
今回の相手はその中でも特に強い奴でした。
魔王と名乗ったそいつは燃える盛る炎の髪に彼の腰ほどに太い両腕、全身を覆う筋肉はまるで岩のようで、足の裏からは根が生えたようにデンと構えて動きません。
とんでもない相手でした。
戦いは丸一日続きました。
わたしは疲れ果て輝きを失い、それでも彼は戦う事をやめず、魔王もまた彼との勝負をやめませんでした。
その戦いを制したのは、結局は勇者でした。
そりゃあそうです、魔王と勇者の戦いで魔王が勝つなんて話は聞いた事がありません。
魔王がズンと地響きをたてて倒れ伏し、疲れてへとへとになっていた彼もまた、地面に膝をつきました。
そこで、わたしは気付きました。
魔王が倒れた時に、魔王の額にあった二本の角が、倒れた拍子にぽっきりと両方折れてしまった事に。
そのあまりにもお間抜けてあまりにも可哀相な、直前の戦いと比べるとちょっと笑ってしまえそうなくらいの小さな小さな事故が、その後に始まる大きな変化のきっかけになるとは、流石のわたしも想像もしていませんでした。
ある世界ある場所で、とても大きな大きな戦いが御座いました。
それはもう昔のお話で、その戦いは思い出話になり、過去の記憶となり、伝承となり、伝説となり、神話となりました。
それくらいに、昔々の戦いです。
何の戦いであったかと申しますと、それはもう恐ろしい化け物と人間との戦いだったのです。
その化け物が何処から来たのか、何が根源であったのか、それは未だに明らかになっていません。
それはもう未来のそのまた未来になっても未だに分からない謎なのです。
ですがその化け物たちの目的ははっきりとしていました。
単純によくある事で、この世界を闇で埋め尽くし人間を支配する事こそ、その化け物の目的だったのです。
何という事でしょう。
人間はその化け物に対抗する手段が一切ありませんでした。
何しろその化け物はとても屈強で醜く、人間の腕なんかは簡単にポキッと折ることが出来るくらいには力があって乱暴なのでした。
当然人間は恐れ戦き、見た瞬間に逃げ惑うしか出来ませんでした。
そのくらいに、人間という生き物は弱く脆弱だったのです。
しかしそんな人間の中にも、ほんの一握程度には強く勇敢な人々が居たのです。
その人々は鉄を削り武器を作り、闇の化け物と戦いはじめました。
ですが闇の化け物はとても数が多く、一握だけの勇敢な人々では到底敵うはずもありません。
人間はまた絶望しました。
彼等が死んでしまえば後は自分たちは支配され、あるいは殺されるだけなのだろうと。
そんな人々の前に、またほんの少しの希望がもたらされました。
ほんの少し、ほんの二人だけの希望です。
しかしその二人は闇に対抗する光の力を持った特別な二人でした。
二人は太古の民と呼ばれる、闇が生まれる前からこの世界を見守ってきた人々でした。
二人は戦う力を持った人間にさらなる力を与えました。
その力は、伝承では武器であったり魔法であったりと様々ですが、とにかく二人は人間に戦う力を与えました。
するとどうでしょう、一握の勇敢な人々はたちまち闇の化け物を打ち破り、ついには化け物の王を討ち取る事に成功したのです。
偉大な偉大な勝利でした。
沢山の犠牲を出し、勇敢な人々もまた沢山傷つき倒れた末の、大きな大きな意味を持つ勝利でした。
その時の事を、今でも思い出すことがあります。
歓喜にわく人々の笑顔、歓声、そして涙。
素晴らしい勝利の末の宴はいつまでもいつまでも続きました。
あれから何年が経過したのでしょうか。
わたしにはもうその感覚すらありません。
遠い遠い過去のお話です。
ですがわたしはその時の事を忘れられずにいます。
偉大なる勝利もそうですが、偉大なる勝利を得る前の身体の中が空っぽになってしまうような絶望を、忘れられないのです。
ですからわたしはまだ、その時の戦いが思い出から神話になり、更に忘れ去られてしまっても今もここに居るのです。
今は【勇者】と呼ばれる事になった勇敢な人々の末裔と共に戦いながら、わたしは今も戦っているのです。
さて【勇者】とは何なのでしょうか。
答えは簡単です。とても勇気ある人々のこと、これだけです。
今現在存在している勇者は、決して物語の中だけに存在する人々だけではありません。
闇の化け物との戦いが忘れ去られて久しい昨今ですが、勇者と呼べる存在はまだチラホラと居るのです。
勿論、あの時の戦いの時のような素晴らしい力を持っているわけではありません。魔法だってショボショボだし治癒を行う魔法なんかはもう存在すらしないかもと思えるくらいです。
けれど、勇者はまだこの世界に存在しているのです。
人前に出る事なんかはほとんどありません。
ショボショボとはいえ魔法を使えるのですからそんな姿を見られたら大騒ぎですし、戦っている相手は未だにちょろっと残っている闇の化け物です。化け物なんか見たらほとんどの人は悲鳴をあげて卒倒してしまう事でしょう。
だから、勇者たちは自分たちで独自の組織を作り上げ、自分たちで構築したネットワークを駆使しながらこっそりこっそりと世界の裏側で戦っているのです。
あぁなんと健気なことでしょうか。
とはいえ、わたしはその勇者の存在をほとんど知りません。そういう人がまだ沢山居るのだという部分は、ほとんどにおいて伝聞だけです。
では何故そんなことを知っているのか。
簡単です。わたしの相棒こそがその勇者のひとりなのです。
彼はたった一人で闇の化け物(今更ですが、この化け物はマルヴと呼ばれていました。遠い遠い過去の話です)と戦い、世界を守っています。
世界中の人々は彼の戦いなんかは当然知らないことでしょう。けれど確かに彼は時に体中を傷だらけにしながら戦い続けているのです。
何故未だにマルヴが居るのかは、わたしはよくわかりません。
分かっているのは、過去の勇敢な人々が闇の魔王を追い払った後に長い長い眠りについたわたしが再び目覚めたのが、このマルヴたちの復活と同時期だったというだけの事です。
何故戻ってきたのか、どこから生まれているのか、やはりそれは分からないままです。
光と影がある以上闇だってあるのだ、なんてかっこいい事を言っていられるような状況でもありません。
とってもとっても厄介な事なのです。
わたしにとって幸運だったのは、目覚めてすぐに相棒と出会えたことでしょう。
目覚めた時には世界はもうとってもとっても変わっていました。
何しろ土ばかりだった地面には硬いねずみ色の舗装がなされ、鉄の鳥が空を飛び、四角い硬い箱の中で人間が喋り倒すような世界になっていたのですから、驚かないわけがありませんでした。
そこでようやくわたしは、あの戦いが忘れ去られた過去の伝説である事を知ったのでした。
とてもとても驚きましたが、彼に色々な話を聞いていると納得するものもありました。
何しろもうあれから何千年も経っているのです。仕方がない話です。
創世神話なる物語を読んであまりの荒唐無稽さに大笑いしたこともありましたけれどね。
そんなわたしから見ても立派な勇者である彼はわたしを目覚めさせると、素晴らしい力でもってマルヴと戦いはじめました。
孤独な孤独な戦いです。
わたしと出会う前はもっともっと孤独だったと彼は言っていました。
わたしと出会えた事は、生きてきた中でとてもとても大きな幸運なのだとも。
そう言ってもらえたらもう頑張るしかありません。
わたしは自分の持てる力の全てを彼に預けました。
彼は正直、パッと見ただけではとても強そうには見えません。
身体は細身ですし、赤みを帯びたふわふわとした髪は年齢よりも彼を少し幼く見せています。
けれど彼は確かに勇者なのです。
わたしの、たった一人の勇者さまなのです。
彼はとても強い人でした。
まるで太古の人々が力を与えたように炎を生み出し激流を流し、どんどんと敵を倒してゆきます。
治癒魔術というのも、彼はほんのちょっぴりだけ使う事が出来ました。昔の戦いの折に見たように一瞬で切り傷を治してしまう、なんて事は勿論出来ませんが、わたしが見てもそれは立派な治癒の魔術でした。
そもそも魔術というのは、過去の大戦の時に協力をしてくれた二人の太古の人々から貸してもらった力です。
その力が未だに存在している事に感動すら覚えましたが、それでも力は当時のものよりも小さくなっています。
それはまぁ、仕方がないでしょう。当時ですら太古の人々と呼ばれていたのに、今はその太古すら太古の昔ですから、力が残っているだけ御の字というやつです。
その力を駆使して彼は今日もまたいつものように戦っておりました。
ただ少し違ったのは、その戦いの相手がとても強い相手であるという事でした。
彼は魔術を使う事が出来ます。それでも、魔術を使うためには多少の集中は必要であり、ただの人間である彼が太古の人々から貰っている魔術の力をうっかり失敗してしまえば、大きなしっぺ返しをくらってしまいます。
そうならないように魔術を使いつつ戦うのは、幾ら熟練の勇者だってとても大変な事です。
それでも、彼は戦っていました。
どんどん湧いて出てくるマルヴを蹴散らし、マルヴの闇の力に捻じ曲げられた魔物を倒し、いつまでも終わる事のなさそうな闇のトンネルの中を突き進みます。
闇のトンネルでの戦い事態は決して珍しいことではありません。
何しろ相手は闇の化け物ですから、不快害虫のように闇の中を好むのです。
ですから、出現したマルヴを蹴散らそうとすると結局そういった場所での戦いになってしまうのは仕方が無いことなのです。
彼は奥へ奥へと進みました。
手はマルヴの血でぬめり、返り血が目に入って白目が真っ赤になり、衣服は破れてボロボロ。
それでも彼は進みました。ここでマルヴを根絶できなければ、次に何処に出現するか分からないからです。
そうしてトンネルを突き進んだ先には、マルヴの王様が居ました。
マルヴの王様といっても、マルヴを統括している王様というかリーダーのような存在は沢山居るのです。
人間の世界にだって、リーダーは沢山存在します。それと同じで、マルヴにだって沢山のリーダーは存在しているのです。
今回の相手はその中でも特に強い奴でした。
魔王と名乗ったそいつは燃える盛る炎の髪に彼の腰ほどに太い両腕、全身を覆う筋肉はまるで岩のようで、足の裏からは根が生えたようにデンと構えて動きません。
とんでもない相手でした。
戦いは丸一日続きました。
わたしは疲れ果て輝きを失い、それでも彼は戦う事をやめず、魔王もまた彼との勝負をやめませんでした。
その戦いを制したのは、結局は勇者でした。
そりゃあそうです、魔王と勇者の戦いで魔王が勝つなんて話は聞いた事がありません。
魔王がズンと地響きをたてて倒れ伏し、疲れてへとへとになっていた彼もまた、地面に膝をつきました。
そこで、わたしは気付きました。
魔王が倒れた時に、魔王の額にあった二本の角が、倒れた拍子にぽっきりと両方折れてしまった事に。
そのあまりにもお間抜けてあまりにも可哀相な、直前の戦いと比べるとちょっと笑ってしまえそうなくらいの小さな小さな事故が、その後に始まる大きな変化のきっかけになるとは、流石のわたしも想像もしていませんでした。
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