そんなの女の子の言うことじゃないですよ ― ギャル系女子と出くわした無気力系男子 ―

たゆたん

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第6話(前篇):バレバレ

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■第6話(前篇):バレバレ





――今日は金曜日












幸尋の週末バイトが始まった。
金曜日はバイトが始まると思うと、朝から憂鬱ゆううつだった。



スーパーに入る直前と直後に憂鬱のピークを迎えた。







(はぁ・・・)




更衣室で学校の制服から、お惣菜そうざい屋さんの制服に着替える。


髪の毛の落下を防ぐ透明なキャップに、紙製の円筒帽を頭にかぶり、
不織布ふしょくふのマスクをつける。


薄いピンクのシャツに、グレーのズボン、
それに濃いグリーンのエプロンをつける。





更衣室から廊下ろうかを抜けて、手洗い場で手をよく洗う。


そこから背中でドアを押しながら厨房ちゅうぼうに入ると、
気持ちが引き締まる。








「お疲れさまでーす」





「巻き10、コロ20ね」





幸尋が厨房に入ったと同時に、
品出しのオーダーを指示された。





「りょーかいでーす」





学校とは打って変わって、しっかり返事をする。
バイト中の幸尋はちょっぴり男ぶりが上がる。







(・・・この瞬間、ちょっといいよなぁ・・・)


自分でも背筋が伸びて、気合が入るよう気がする。



厨房とスーパーの店内とは大きな窓でへだてられていて、
お客さんと店員は互いに見えるようになっている。



幸尋は厨房に入ってすぐの最前列右側のスペースにつく。



取り出しやすいよう壁に箱ごと固定されたポリエチ手袋を
2枚取って素早く手にはめる。



指先までポリエチ手袋がしっくりくるよう
両手を顔まで上げて、うにうにさせる。





仕事をしやすいように、微調整びちょうせいするのはいいことである。
この動作は別に個人でやっていればいい。



それを彼は儀式ぎしきのようにしていて、
厨房にいる誰かにわざわざ見せた。








「はいはい、うにうにね」






今日、奥にいたのは店長の鬼柳瀧江きりゅう たきえだった。
彼の儀式に一応は付き合ってくれる。他の人にはたいがい無視される。


瀧江店長の言葉に、幸尋はニコッとしてくるりと前に向き直す。








(よしっ!巻きからいくぜっ)







幸尋がお惣菜屋さんでバイトを始めたのは
1年生の夏休みからだった。



独り暮らしをしていると、自炊じすいしたほうが節約できた。
料理の腕を上げるのは彼にとって必要なことだった。




彼の料理は素人の域を出ない。


それでも慣れるにつれて、いろいろな工夫ができるようになってきた。
料理は面倒なことではあったが、それなりにやり甲斐も感じていた。



「何かいいバイトがないか」とあちこち探していたところ、
下校途中に立ち寄るスーパーにバイト募集の貼り紙があった。




それはスーパーのテナントとして入っているお惣菜屋さんだった。
揚げ物と寿司を売る店で、店長ひとりにパートが7~8名いた。



最初は盛り皿や食材の下拵え、いろんな容器の洗い物を担当していたが、
それも2週間ほどすると、ようやく料理の一部を任されるようになった。






すしは店長が全て握っていた。それ以外に「巻きもの」と言われている、
巻き寿司、鉄火巻き、納豆巻き、サラダ巻き、シーチキン巻きなどがある。


揚げ物では唐揚げ、イカゲソ、コロッケ、クリームコロッケ、
野菜のかき揚げ、ちくわ天、はんぺんの磯辺揚げなど。






鮨ネタは鮨用に切り分けられた冷蔵物を業者が週一回運んできていた。
海苔、たまご焼き、シーチキン、野菜、油なども同じである。



揚げ物は唐揚げ以外は全て冷凍物だった。
こうしたものの搬入は量も多く重かった。


力仕事はもっぱら幸尋の仕事で、テキパキ検品を終えて、
冷蔵と冷凍に振り分けて、素早く運び入れなければならなかった。








(・・・今日はお客さん多いな・・・)







最初、厨房と店内が互いに見えるのが嫌だった。
自分の姿をお客さんに見せたくなかった。


しばらくお客さんの目が気になって仕方なかったが、
いつしかそれにも慣れていた。







バイトをがんばらないと、家計が維持できない。
幸尋は必死にバイトに慣れようとした。




金曜日と土曜日の夕方から20時までのシフトに、ほぼ固定で入っている。
それにパートさんの都合によって、土曜日と日曜日にヘルプで入ることもある。
時給は800円でひと月にだいたい5万円ほどのお金になる。



幸尋が暮らす古びた団地は、暮羽くれは町の町営で、しかも高校生ということで、
光熱費込みで家賃2万円という安さだった。



それでも、食費、ネットやケータイ、雑費などを差し引くと、余裕は無かった。
幸尋が何とかうまく切り盛りして、何とか安藤家の家計は維持されていた。


彼がお総菜屋さんをバイトに選んで良かった。


瀧江店長やパートさんの理解があり、残り物の総菜を持って帰ることができた。
さらに彼女たちの手料理(実験台を含む)をしょっちゅう貰うことがあった。
そうしたおかげで、だいぶ食費が浮いて、ほんのちょっぴり家計に余裕が出た。






・・・ところが、一難去ってまた一難だった。





何とか家計を維持していたところに、アカネが現れた。




家に入り浸って、ごはんを食べるようになった。

最初は「何とかなるだろう」と思っていたが、
彼女はなかなか食欲旺盛おうせいでぱくぱく食べた。






(はぁ・・・バイトがんばらねば・・・)





幸尋は目の前の調理台に必要なものを出していく。



調理台の先には売り場が見通せる窓があるが、
そのサンの下には外から見えないように、
ちょっとした棚が左右に設置されている。



そこから、まな板、巻き、包丁を取り出して、
調理台にセッティングしていく。



巻きずしを切る包丁は、寿司切り包丁といって、
刃を横から見ると、およそ長方形であるが、
物を切る刃先は丸みがついている。

ちょうどかまぼこの山側を逆さにした形である。



次に、調理台の下の冷蔵庫から、具材の容器を取り出す。
それは「巻き」と略して呼ばれる、巻きずしの具材だった。




・・・かんぴょう、高野豆腐、玉子焼き、きゅうり・・・



それらを重ねてサッサッと調理台に上げていく。



海苔のりも冷蔵庫に入っているが、湿度を嫌うので、
密封みっぷうできる容器に、乾燥剤もしっかり入っている。


海苔の容器を開けてすぐ閉める。
必要な10枚だけスッと引き出す。

かすかにいい香りがただよう。



シャリの入ったおひつは専用のワゴンに乗せられていて、
厨房の中をゴロゴロ動かせる。4本足のお櫃である。

それを自分の左側に引き寄せる。





まな板に巻き簾を敷き、海苔を乗せる。
お櫃に左手を突っ込んで、むんずとシャリをつかみ取る。




ぐっぐっぐっ・・・



海苔にシャリを置いて延ばしていく。


シャリの適量は、慣れだった。
瀧江店長の直伝で見て覚えた。


そう言えば、聞こえはいいが、
適量を取るのは難しかった。




海苔の端々までしっかりシャリを延ばす。
端までシャリがないと、出来上がりの見栄えが悪い。


海苔の上端にはシャリを置かない。
ここは巻いたさいに底になる部分で、海苔が二重になる。



シャリを延ばし終えると、真ん中からやや下方に具材を横たえていく。
乱雑に置くと仕上がりの見栄みばえが悪いからおろそかにできない。






そして、いよいよ巻く。





・・・キュッ、くるり・・・





両手の指先で巻き簾と海苔を持って、
シャリを置いていない海苔の部分目がけて素早く巻く。



でんぐり返しになった巻き簾を、親指・人差し指・中指だけで
左右にスライドさせながら形をやや四角く整えていく。



巻き簾の下で、巻きずしが形になっていく。



天辺になる部分は、人差し指を折り曲げて第1関節の背で、
凹まない程度に軽く押しながら平らにしていく。



この「巻く」動作はほんの数秒しかかからない。






巻き簾を外すと、黒い一本が出てくる。






(巻き・・・お前、キラキラしてんなぁ・・・)





これを包丁で8つに切り分ける。
定規などは使わず、かんだけで均等きんとうに切る。



慣れない頃は、中央で2等分し、
それぞれ4等分する切り方だった。


それもいつしか、そんなことをせずに
最初から勘だけで8等分できるようになった。



幸尋は均等を心掛けていたが、
パートさんによっては大雑把な人がいて、
やや不揃ふぞろいになることも少なくない。





包丁の刃先を黒い一本の少し向こうに下す。
位置関係を垂直に交わるように調整する。





いよいよ切る。




わずかに手元に包丁を引いて、
サッと向こう側に押し切る。

手首を使って切る要領ようりょうだった。



手元に包丁を引くのは刃の軌道付けで、
次の瞬間、刃の中央から後ろの部分で
切る感覚で手首を素早く動かす。



包丁の動きにムダがなければ、
サクリとキレイに切れてしまう。




切り終えると見慣れた巻きずしに見えてくる。



切り分けて8貫になった左端の1貫をくるりと
具材が見える断面を上に向ける。



それの8貫すべての両端を内側に軽く力を入れて持って、
後は透明でぺらぺらのプラスティック容器に入れる。





パラーンと開いている容器のフタを閉じて、
クチをテープで2ヶ所止める。


最後は品名・値段・材料などが印字されたシールをる。






(でけた・・・)



1本仕上げるたびに、幸尋はニッコリとする。
形として物が出来上がるのは、何とも充実感がある。





3本仕上げたところで、ポリエチ手袋をまな板のはしに脱いで、
今度は油がぐらぐらと熱くなっているフライヤーのところに移動する。



極寒の冷凍庫に入って、コロッケの箱から
素早く20個を四角い金網に無造作むぞうさに入れる。



バットは金属製のトレイのような形状であるが、
カチカチの冷凍コロッケはするりとすべりやすい。


バットから落ちないよう注意しながら、
ムーンウォークで冷凍庫を出る。







フライヤーの前に立つ。



ぐらぐらとした熱気で顔がすぐに熱くなる。
四角い金網ごと、ゆっくり油の中に入れる。






・・・ぱじゅぐじゅじゅ~っ・・・





フライヤーの油が激しい泡立ちで真っ白になる。
破裂はれつ音がけたたましい。






(ふふふふ・・・)





揚げ物をするときの幸尋は一瞬表情が怖くなる。
コロッケを油で揚げる刑に処す気分は、少し悪魔めいている。







火が通るまでしばらくかかる。



今度は再び、調理台に戻って、
残りの7本を巻いていく。


何本か仕上げるうちに、時折フライヤーを確認しに行く。







そうして、幸尋は品出しをこなしていった。








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





夕方の品出しが一段落した。








幸尋が洗い場でまな板や包丁、容器などを洗っていると、
瀧江店長が後ろから話し掛けてきた。











「安藤くん、女の子でも連れ込んでるでしょ?」









いきなりだった。
硬質な声音が幸尋に突き刺さる。


厨房の話し声は店内にはれない仕組みになっている。







「いぎっ!」








見ると、瀧江店長は視線を合わさずに作業を続けている。
どうやら鮨の盛り皿の在庫を確認しているようだった。



彼女は鮨を専門に握る以外に、管理業務もこなさなければならない。
いろんなところに目が行き届いている。






「だって、おかしいでしょ・・・
売れ残りのお惣菜、持って帰ってる量が最近多いもの」





今度は髪を掻き上げながら、あごを少し突き出す。

怖いぐらいの目を向ける。もう視線を外せない。






「ううん、いいのよ?どうせ捨てちゃうもんだから・・・
せっかく作ったんだから、誰かに食べてもらいたいもの」






週末は総菜の残り物で、本当に安藤家の家計は助かっている。
あのアカネという女は、意外にぱくぱく食べる。






「女の子は小食」という天使イメージは誰が広めたのか、
彼は犯人探しをしたい気分だった。



彼女が居候いそうろうするようになってから、女の子イメージが
だいぶ壊れてしまっている。







・・・がしっ・・・





肩をがっちりつかまれてしまった。
もう逃げられなかった。







「ちゃんと話しなさいっ!」




幸尋は瀧江店長に催眠さいみんをかけられたように
自白じはくせざるをえない状況に追い込まれてしまった。





彼はしどろもどろになりながら、事の顛末てんまつしゃべった。







いつの間にか、厨房にパートさんたちが入ってきた。
彼女たちはいつもタイミングが悪い。






「んっふふふっ・・・」



「ウソウソ!安藤くんが?」



「まだ早いんじゃない?」





あくどいことに、厨房へのドアにへばりついて、
ふたりの会話を聞いていたらしい。





こういうときに限って、客足が途切とぎれている。
全てが幸尋に背を向けている。







「もうヤッたの?」






瀧江店長がストレート過ぎることを訊いてきた。
目がイヤにギラついている。






「いひっ!?」




その場で跳び上がりそうになった。
まさかそんな質問が来るとは思わなかった。







「そ、そんなのするワケないじゃないでぅかっ」







語尾をんだ。






「そんなの悪いわよ」と言いながら、
パートさんたちは目を輝かせていた。






(こういうとき動じない男になりたいっ)






幸尋は心で叫んだ。


彼は完全に包囲され、瀧江店長以下オトナの女性に
事細かにアカネとのことを事情聴取された。








もうなされるがままだった・・・。
















――バイト上がり









「お疲れさまでーす・・・」




「はぁーい!お疲れさまぁ!」




「お疲れさまー!」




力なく挨拶あいさつする幸尋に対して、
瀧江店長らは生き生きとしていた。







(・・・生気を・・・吸われた・・・)






「何かおかしい」と感じるようになったのはいつからだろう。


どうもこのお惣菜屋さんでは何かと疲れることが多い。


最初は慣れていないから、と言い聞かせていたが、
それは間違っていた。










(女は怖ろしい・・・)





どうも彼女たちはエネルギーを容赦ようしゃ無くうばうらしい。
よくは分からないが、そんな能力があるとしか思えなかった。





(こ、これから先、生きていけるのかな・・・)




ものすごくどんよりした。
目がしぱしぱするし、身体が重い。





こんな気持ちにされて帰されるのはあんまりだと思った。









(つづく)
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