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第7話(後篇):おせっかい
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■第7話(後篇):おせっかい
――ある日の帰り道
幸尋がスーパーに寄ろうと交差点にさしかかると、
南の商店街側の信号に、アカネが男の子といるのを見てしまった。
「ちょ、ついてくんなよ!付き合わねぇつったろーが!」
見知らない男と少しモメているようだった。
かなり軽そうな感じで、背格好は幸尋と同じぐらいだった。
彼女のバッグを掴んで引き戻そうとしたり、
拝むような手つきをしながら、何か頼み込んでいた。
彼女はそれに全く取り合おうとしなかった。
その光景に幸尋は足がガクガク震えた。
「あ、ユッキー!」
それでもなるべく関わりたくなかったから、
死角になるように目立たないように歩いていた彼だったが、
目敏く見つけられてしまった。
来るな、と言いたかったが、たちまち走り寄ってくる。
言い寄っている男も釣られて、一緒にやって来る。
「何だよコイツ!」
「あたしのカ・レ・シ。だから、もう付きまとうな!」
幸尋はムスッとした。
アカネはそういうことを平気で言う女だ、
ということはもう学習している。
「クソッ・・・」
一方的に男が睨みつけてくる。
彼女は幸尋の腕にまとわりついて、
「あたしのカレシです」的アピールを楽しそうにしている。
男はそれをしばらく見ていたが、
幸尋を睨みつけるようにして帰っていった。
(・・・な、長かった・・・)
幸尋は正直ビビっていた。
まさか殴られたり、蹴られたりされるかと、心配だった。
目を合わせては負けだと思い、不機嫌を装うことに終始した。
やがて、彼女が腕を引っ張って、ふたり歩き始めた。
何となく気まずくて話ができなかった。
あれこれ考えているうちに家の近くまで帰ってきた。
「・・・さっきの誰?よかったの?」
「あんなのいいんだよ。」
アカネは少し前を歩きながら、
不機嫌そうに言い捨てた。
幸尋は立ち止まって下を向く。
「あんな男と話すんなよ・・・」
低い声で呟いた。
声がちょっと震えてしまった。
「・・・え?」
「あんな男なんて・・・ダメだからな!」
アカネが足を止めて振り返る。
再び幸尋が強めに言った。
「・・・何言ってんだよ? ちょっと変だぜ、お前・・・」
言い終わらないうちに、幸尋はアカネを追い越して
さっさと階段を登っていく。
すぐにアカネが後を追う。
「・・・ごめんな・・・ユッキー」
「・・・うん・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――翌日
幸尋は頭がモヤモヤして気分が晴れなかった。
昨日のアカネと言い寄っていた男の光景が脳裏にこびりついている。
それが何度も気になって落ち着かなかった。
「どうしたの?また考え事?」
委員長だった。
今回は辛辣な言葉が無い。
「・・・ん?・・・うん・・・」
「話を聞こうじゃない・・・」
そう言ってイスを寄せてきた。
彼女は面倒見が良いことで、人後に落ちない。
本当はそうだったのだが、長く忘れていた。
少し迷ったが、相談してみることにした。
アカネとの遭遇から居候されるまでの経緯。
バスルーム事件はカットして、概要をボソボソと語った。
途中まで相槌があったのが、
それもいつの間にか無くなった。
少し気になったが、それでも最後まで話すには話した。
改めて彼女に視線を向けた。
「・・・ユッキー・・・」
不思議に静かな反応だった。
いつもの刺激的な言葉が無い。
「委員長までその呼び方すんな!」
彼女のたった一言に、幸尋は喰いついた。
これ以上、普及させるワケにはいかない。
「言い易くていいじゃない?わたし、ちょっと心配してたんだ。
いつもいつも同じ動きで、存在感もないし。」
安心したのも束の間だった。
時間差攻撃のように、刺激的な言葉が降りかかってきた。
「ちょっとヒドくないですか、委員長」
そう抗議してみるが、まるで意に介さず話が続く。
「女の子にも興味なさそうだし。
せっかくの潜在イケメンが勿体無いって、女子は噂してたんだよ?」
「・・・ははは」
どうせウソだろうと思う。女子は何かと話が旨い。
そこそこおだてて相手を上げて、いい気にさせる。
その後で一気に落とすために。
ここは笑ってゴマかす。
少しの間、「潜在」を「洗剤」と思い違いをしていた。
「何なんだ!それは!」と憤慨しかかったのは内緒である。
同音異義の言葉は、耳で聞くだけでは難しい。
「何か最近変わったよね?・・・そのことが原因だったんだね」
意味が分からなかった。
今朝、洗面台の鏡に映っていた顔を思い出してみる。
ぼさぼさの髪に、冴えない顔。半分死んでいる目。
いつものとおりだった。
まだお昼前だけど、お腹が減ってきているから、
半分死んだ目は4分の3ぐらいになっているかもしれない。
これはともかくとして、いつもどおりだと思った。
「ね、家庭訪問してあげる!」
変なことを言い始めた。
「~してあげる」的な言い草は、委員長らしいというか、
常に上から目線というか、彼女の性質は度し難い。
「まぁ、ちょっとぐらいなら・・・」
よく考えずにOKしてしまった。
というより、断ったほうが面倒なことになると思った。
――放課後
委員長は幸尋と一緒に家に向かった。
彼女だけ楽しそうである。
アカネとの距離感は、もう何も気遣いすることはなくなっているが、
委員長と一緒に歩いてみると、何となく落ち着かなかった。
「何?そわそわして・・」
「べ、別に・・・」
「カノジョがいるのに、女の子と一緒に下校するのは気が引ける?」
「へ?・・・いや、アカネとはそういう関係じゃないし・・・」
午前中たっぷり居眠りをしたので、今はすっきりしていたが、
気の利いた言葉が出てこない。
「はぁ?・・・何言ってんの?」
呆れ果てた顔だった。
吐き捨てるように言われた。
居候というよりは同棲だと言う。
「・・・・・・・・・」
現状認識というのは、人から言われないと分からないことがある。
彼は口を手で押さえて、黙りこくった。
目を大きく見開いて、受けた衝撃に打ちのめされた。
そんな彼を委員長は冷めたい目で見るばかりだった・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(・・・ちょ、ちょっと止めてよ・・・)
幸尋は委員長を家に招いて、後悔していた。
女の子同士だから仲良くやるだろう
と思っていたら大間違いだった。
「混ぜるな危険!」という洗剤の化学反応についての注意があるが、
アカネと委員長にも当てはまると分かって呆然とした。
「ちゃんと聞きなさいよ!
こんな同棲ってイケナイって言ってるの!!」
「るっせーんだよ!黙ってろクソ女!帰れよテメー!!」
目の前で信じられないことが起きていた。
ふたりとも大声だった。
それが何とも恐ろしく、彼はオロオロするしかなかった。
最近の傾向から、どうせ帰ってくるのは夕食前だろうと思っていたら、
彼と委員長が家に着くと、もうアカネはすでに帰っていて、だらだらしていた。
しかも、委員長は家の一間が「アカネの巣」になっているのを知って、
問い質している最中だった。
「何よ!こんなに散らかして!女の子としての自覚がないの?」
「へっ!知るか!!あたしは好きなようにやるんだよ!」
まだやり合っている。
彼はそおぉっと後ずさりして、「アカネの巣」から消えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・しゅしゅーっ・・・
「よし・・・」
幸尋はキッチンで湯を沸かしていた。
沸騰してきたので、ガス火を止めた。
(・・・こういうときはお茶でも飲んで落ち着かなきゃね・・・)
テーブルの上には、幸尋のマグカップと
お客用のカップがふたつ。
色んなお菓子が入ったカゴも置いた。
意を決して、「アカネの巣」に向かう。
「・・・ねー!・・・お茶でも飲もうよ!」
思ったより、軽薄な声になってしまった。
「・・・・・・・・・」
じろりと睨み付ける目が怖ろしかった。
今回はふたり分の目である。
さっきまで怒鳴り合っていたふたりは、
今は睨み合いになっていたようだ。
「仕方ないわね・・・」
「しゃーねーな・・・」
ほぼ同時だった。
まるで幸尋の所為であるかのような言い草だった。
意外にも、ふたりはすぐズカズカとリビングに向かった。
(・・・あぁ!良かった~)
急いでふたりの後を追った。
テーブルの上には、コーヒーに紅茶にココアに緑茶。
セルフサービス的に好きな物を選べるようにしている。
もちろん、角砂糖もパウダー状のミルクもある。
彼は緑茶にした。
さっきからクチの中がパッサパッサで、爽やかな潤いが欲しかった。
・・・すすーっ
ゆっくり緑茶を啜りながら、
目だけでふたりの様子をキョロキョロ窺う。
アカネ。
コーヒーを飲むようだ。
コーヒーをスプーンで2杯。
それだけで、お湯を注いだ。
(・・・へぇ・・・アカネってブラックコーヒーOKなのか・・・)
意外な発見だった。
そして、委員長。
コーヒーを飲むようだ。
コーヒーをスプーンで2杯。
角砂糖を1個、2個、3個、4個、5個、6個。やっと止まった。
それにパウダーミルクを「どぱぁーっ!」と入れた。
スプーンなど使う素振りもなかった。
もうカップの半ばほどが、砂糖とパウダーミルクで埋まっている。
「おいおいおい!!」
幸尋とアカネが同時にツッコんだ。
「何よ?」
委員長は不思議そうな顔をして、ふたりを見回した。
そして、すぐにお湯を注いでスプーンで掻き回す。
幸尋はあんな量が溶けるのかと、思わずカップを凝視した。
・・・ふーっふーっ・・・すすすーっ・・・
「うーん・・・美味しい・・・」
(うわぁ~)
幸尋とアカネは同じ顔をして、委員長を見る。
「お前、それはねぇだろ?コーヒーはブラックだろーが!」
「何言ってるの?美味しいのよ、これ。」
アカネも委員長も互いにそう言いながら、
テーブルの置いてあるカゴに手を延ばして、
お菓子を物色した。
「アカネの巣」での口喧嘩の温度は、
いつの間にかどっかにいっていた。
「へぇ?意外にいいチョイスしてるじゃない?」
「あたし、チョコにしよーっと」
チョコに、ポテトチップスに、クッキーに、
スナック菓子からおかき系まで取り揃えている。
ふたりはもしゃもしゃお菓子に夢中になった。
彼の目の前で、今度は違う光景が繰り広げられた。
・・・ふたりが雑談を始めたのである。
(こ、コイツら・・・一体何なんだよ・・・)
さっきまで激しく言い合っていたのに、
今はお菓子を食べながらキャッキャッ言っている。
がらりと変わった彼女たちが不可解だった。
彼はダメもとで、冷静な話し合いを提案するつもりだった。
緑茶の味がぜんぜん分からなかった。
「そうだ・・・。今度、予定合わせてデートしない?ダブルデート」
「いいな!それ・・・最近、息抜きしてねぇんだよ~」
ふたり楽しそうに話を進めているのに、
彼は心ここにあらず、間抜けな顔であ然としていた。
(つづく)
――ある日の帰り道
幸尋がスーパーに寄ろうと交差点にさしかかると、
南の商店街側の信号に、アカネが男の子といるのを見てしまった。
「ちょ、ついてくんなよ!付き合わねぇつったろーが!」
見知らない男と少しモメているようだった。
かなり軽そうな感じで、背格好は幸尋と同じぐらいだった。
彼女のバッグを掴んで引き戻そうとしたり、
拝むような手つきをしながら、何か頼み込んでいた。
彼女はそれに全く取り合おうとしなかった。
その光景に幸尋は足がガクガク震えた。
「あ、ユッキー!」
それでもなるべく関わりたくなかったから、
死角になるように目立たないように歩いていた彼だったが、
目敏く見つけられてしまった。
来るな、と言いたかったが、たちまち走り寄ってくる。
言い寄っている男も釣られて、一緒にやって来る。
「何だよコイツ!」
「あたしのカ・レ・シ。だから、もう付きまとうな!」
幸尋はムスッとした。
アカネはそういうことを平気で言う女だ、
ということはもう学習している。
「クソッ・・・」
一方的に男が睨みつけてくる。
彼女は幸尋の腕にまとわりついて、
「あたしのカレシです」的アピールを楽しそうにしている。
男はそれをしばらく見ていたが、
幸尋を睨みつけるようにして帰っていった。
(・・・な、長かった・・・)
幸尋は正直ビビっていた。
まさか殴られたり、蹴られたりされるかと、心配だった。
目を合わせては負けだと思い、不機嫌を装うことに終始した。
やがて、彼女が腕を引っ張って、ふたり歩き始めた。
何となく気まずくて話ができなかった。
あれこれ考えているうちに家の近くまで帰ってきた。
「・・・さっきの誰?よかったの?」
「あんなのいいんだよ。」
アカネは少し前を歩きながら、
不機嫌そうに言い捨てた。
幸尋は立ち止まって下を向く。
「あんな男と話すんなよ・・・」
低い声で呟いた。
声がちょっと震えてしまった。
「・・・え?」
「あんな男なんて・・・ダメだからな!」
アカネが足を止めて振り返る。
再び幸尋が強めに言った。
「・・・何言ってんだよ? ちょっと変だぜ、お前・・・」
言い終わらないうちに、幸尋はアカネを追い越して
さっさと階段を登っていく。
すぐにアカネが後を追う。
「・・・ごめんな・・・ユッキー」
「・・・うん・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――翌日
幸尋は頭がモヤモヤして気分が晴れなかった。
昨日のアカネと言い寄っていた男の光景が脳裏にこびりついている。
それが何度も気になって落ち着かなかった。
「どうしたの?また考え事?」
委員長だった。
今回は辛辣な言葉が無い。
「・・・ん?・・・うん・・・」
「話を聞こうじゃない・・・」
そう言ってイスを寄せてきた。
彼女は面倒見が良いことで、人後に落ちない。
本当はそうだったのだが、長く忘れていた。
少し迷ったが、相談してみることにした。
アカネとの遭遇から居候されるまでの経緯。
バスルーム事件はカットして、概要をボソボソと語った。
途中まで相槌があったのが、
それもいつの間にか無くなった。
少し気になったが、それでも最後まで話すには話した。
改めて彼女に視線を向けた。
「・・・ユッキー・・・」
不思議に静かな反応だった。
いつもの刺激的な言葉が無い。
「委員長までその呼び方すんな!」
彼女のたった一言に、幸尋は喰いついた。
これ以上、普及させるワケにはいかない。
「言い易くていいじゃない?わたし、ちょっと心配してたんだ。
いつもいつも同じ動きで、存在感もないし。」
安心したのも束の間だった。
時間差攻撃のように、刺激的な言葉が降りかかってきた。
「ちょっとヒドくないですか、委員長」
そう抗議してみるが、まるで意に介さず話が続く。
「女の子にも興味なさそうだし。
せっかくの潜在イケメンが勿体無いって、女子は噂してたんだよ?」
「・・・ははは」
どうせウソだろうと思う。女子は何かと話が旨い。
そこそこおだてて相手を上げて、いい気にさせる。
その後で一気に落とすために。
ここは笑ってゴマかす。
少しの間、「潜在」を「洗剤」と思い違いをしていた。
「何なんだ!それは!」と憤慨しかかったのは内緒である。
同音異義の言葉は、耳で聞くだけでは難しい。
「何か最近変わったよね?・・・そのことが原因だったんだね」
意味が分からなかった。
今朝、洗面台の鏡に映っていた顔を思い出してみる。
ぼさぼさの髪に、冴えない顔。半分死んでいる目。
いつものとおりだった。
まだお昼前だけど、お腹が減ってきているから、
半分死んだ目は4分の3ぐらいになっているかもしれない。
これはともかくとして、いつもどおりだと思った。
「ね、家庭訪問してあげる!」
変なことを言い始めた。
「~してあげる」的な言い草は、委員長らしいというか、
常に上から目線というか、彼女の性質は度し難い。
「まぁ、ちょっとぐらいなら・・・」
よく考えずにOKしてしまった。
というより、断ったほうが面倒なことになると思った。
――放課後
委員長は幸尋と一緒に家に向かった。
彼女だけ楽しそうである。
アカネとの距離感は、もう何も気遣いすることはなくなっているが、
委員長と一緒に歩いてみると、何となく落ち着かなかった。
「何?そわそわして・・」
「べ、別に・・・」
「カノジョがいるのに、女の子と一緒に下校するのは気が引ける?」
「へ?・・・いや、アカネとはそういう関係じゃないし・・・」
午前中たっぷり居眠りをしたので、今はすっきりしていたが、
気の利いた言葉が出てこない。
「はぁ?・・・何言ってんの?」
呆れ果てた顔だった。
吐き捨てるように言われた。
居候というよりは同棲だと言う。
「・・・・・・・・・」
現状認識というのは、人から言われないと分からないことがある。
彼は口を手で押さえて、黙りこくった。
目を大きく見開いて、受けた衝撃に打ちのめされた。
そんな彼を委員長は冷めたい目で見るばかりだった・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(・・・ちょ、ちょっと止めてよ・・・)
幸尋は委員長を家に招いて、後悔していた。
女の子同士だから仲良くやるだろう
と思っていたら大間違いだった。
「混ぜるな危険!」という洗剤の化学反応についての注意があるが、
アカネと委員長にも当てはまると分かって呆然とした。
「ちゃんと聞きなさいよ!
こんな同棲ってイケナイって言ってるの!!」
「るっせーんだよ!黙ってろクソ女!帰れよテメー!!」
目の前で信じられないことが起きていた。
ふたりとも大声だった。
それが何とも恐ろしく、彼はオロオロするしかなかった。
最近の傾向から、どうせ帰ってくるのは夕食前だろうと思っていたら、
彼と委員長が家に着くと、もうアカネはすでに帰っていて、だらだらしていた。
しかも、委員長は家の一間が「アカネの巣」になっているのを知って、
問い質している最中だった。
「何よ!こんなに散らかして!女の子としての自覚がないの?」
「へっ!知るか!!あたしは好きなようにやるんだよ!」
まだやり合っている。
彼はそおぉっと後ずさりして、「アカネの巣」から消えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・しゅしゅーっ・・・
「よし・・・」
幸尋はキッチンで湯を沸かしていた。
沸騰してきたので、ガス火を止めた。
(・・・こういうときはお茶でも飲んで落ち着かなきゃね・・・)
テーブルの上には、幸尋のマグカップと
お客用のカップがふたつ。
色んなお菓子が入ったカゴも置いた。
意を決して、「アカネの巣」に向かう。
「・・・ねー!・・・お茶でも飲もうよ!」
思ったより、軽薄な声になってしまった。
「・・・・・・・・・」
じろりと睨み付ける目が怖ろしかった。
今回はふたり分の目である。
さっきまで怒鳴り合っていたふたりは、
今は睨み合いになっていたようだ。
「仕方ないわね・・・」
「しゃーねーな・・・」
ほぼ同時だった。
まるで幸尋の所為であるかのような言い草だった。
意外にも、ふたりはすぐズカズカとリビングに向かった。
(・・・あぁ!良かった~)
急いでふたりの後を追った。
テーブルの上には、コーヒーに紅茶にココアに緑茶。
セルフサービス的に好きな物を選べるようにしている。
もちろん、角砂糖もパウダー状のミルクもある。
彼は緑茶にした。
さっきからクチの中がパッサパッサで、爽やかな潤いが欲しかった。
・・・すすーっ
ゆっくり緑茶を啜りながら、
目だけでふたりの様子をキョロキョロ窺う。
アカネ。
コーヒーを飲むようだ。
コーヒーをスプーンで2杯。
それだけで、お湯を注いだ。
(・・・へぇ・・・アカネってブラックコーヒーOKなのか・・・)
意外な発見だった。
そして、委員長。
コーヒーを飲むようだ。
コーヒーをスプーンで2杯。
角砂糖を1個、2個、3個、4個、5個、6個。やっと止まった。
それにパウダーミルクを「どぱぁーっ!」と入れた。
スプーンなど使う素振りもなかった。
もうカップの半ばほどが、砂糖とパウダーミルクで埋まっている。
「おいおいおい!!」
幸尋とアカネが同時にツッコんだ。
「何よ?」
委員長は不思議そうな顔をして、ふたりを見回した。
そして、すぐにお湯を注いでスプーンで掻き回す。
幸尋はあんな量が溶けるのかと、思わずカップを凝視した。
・・・ふーっふーっ・・・すすすーっ・・・
「うーん・・・美味しい・・・」
(うわぁ~)
幸尋とアカネは同じ顔をして、委員長を見る。
「お前、それはねぇだろ?コーヒーはブラックだろーが!」
「何言ってるの?美味しいのよ、これ。」
アカネも委員長も互いにそう言いながら、
テーブルの置いてあるカゴに手を延ばして、
お菓子を物色した。
「アカネの巣」での口喧嘩の温度は、
いつの間にかどっかにいっていた。
「へぇ?意外にいいチョイスしてるじゃない?」
「あたし、チョコにしよーっと」
チョコに、ポテトチップスに、クッキーに、
スナック菓子からおかき系まで取り揃えている。
ふたりはもしゃもしゃお菓子に夢中になった。
彼の目の前で、今度は違う光景が繰り広げられた。
・・・ふたりが雑談を始めたのである。
(こ、コイツら・・・一体何なんだよ・・・)
さっきまで激しく言い合っていたのに、
今はお菓子を食べながらキャッキャッ言っている。
がらりと変わった彼女たちが不可解だった。
彼はダメもとで、冷静な話し合いを提案するつもりだった。
緑茶の味がぜんぜん分からなかった。
「そうだ・・・。今度、予定合わせてデートしない?ダブルデート」
「いいな!それ・・・最近、息抜きしてねぇんだよ~」
ふたり楽しそうに話を進めているのに、
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