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第7話(前篇):おせっかい
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■第7話(前篇):おせっかい
「ひぇえ~すげぇある~」
幸尋は頭が真っ白になるという貴重な体験をした。
目の前で繰り広げられている光景に何だか現実感が無い。
こうなってしまえば、むしろ認めたくないからそうなのだろうか。
(・・・どうしてこんなことに・・・)
アカネが幸尋の部屋の机に座って、
ノートパソコンをかちゃかちゃいじっている。
彼は机の脇に正座させられている。
その命令には抗えなかった。
ノートパソコンは彼の持ち物である。
アカネが居候するようになって、
今の今まで何も対策をしていなかったことに、
激しく後悔していた。
「おっぱい・・・お尻・・・
エロ女子●生・・・イチオシおばさん」
(・・・よ、読み上げるなぁ!!)
色んなフォルダに名前を付けて、分かりやすく
整理していたのがアダになった。
アカネがひとつひとつ読み上げるたびに、
彼は氷の楔でも打ち込まれている心地だった。
捜索の手は容赦なかった。
今度は動画のフォルダを物色し始めた。
「騎乗位でポヨヨ~ンIカップおっぱい
若妻の昼下がり汗だくエクササイズ」
動画のタイトルを読み上げられる。
(・・・声に出して読むと、こんなに下品だったのか・・・)
こんなときでも思わぬ発見がある。
「夫には絶対に言わないで!
団地妻の絶頂騎乗位地獄」
タイトルを読み上げるアカネの声は
ごくごく平静だが、若干棒読みだった。
それが気になっているのだが、
指摘する勇気は無い。
(臆面もなく・・・よく読めるものだ・・・)
思わず幸尋は戦慄する。
彼ならそんなタイトルは口に出せない。
「ひひひっ!お前、騎乗位好きなんだ~」
「そ、それはぁっ」
思わず声が上擦る・・・。
性癖を言い当てられる。ましてやアカネに。
幸尋の恥部を堪能して満足したのか、
ニヤニヤしながらアカネは彼の部屋を出ていった。
何か罰が下ると思っていた彼は後を追った。
彼女はリビングにどかっと座るとテレビを見始めた。
それを見てほっと胸を撫でおろして、自室に戻った。
・・・が、すぐに居たたまれなくなってきた。
「・・・っひ・・・くおぉぉぉおおおおお!」
幸尋はベッドで悶えた。
弱みを握られるという、おぞましい感覚が頭に渦巻いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――翌日
幸尋はアカネの前でどんな顔をしたらいいか分からなかった。
どうやってもふたりは朝顔を合わせる。
ドキドキしながら待ち構えていたが、
アカネはケロッとした顔をしていた。
幸尋はひとり動揺を隠しながら、朝支度をした。
アカネには強いて平静に振る舞った。
(・・・・・・・・・)
登校中、幸尋は悶々としながら歩いた。
もし思考を可視化できるならば、彼の頭上には
ドス黒いものが渦巻いているだろう。
(どうしてあんなことになったんだ!?)
男には女には知らないでもらいたい秘密がある。
そっとしておいて欲しい。
知りたくても、知ったとしても、
何の得もない男の秘密。
(とんでもない弱みをアカネに知られた・・・)
もう素っ裸で砂浜でも全力疾走したかった。
誰にも気兼ねすることなく叫びたかった。
――学校
「今日は犯罪者みたいな顔してるわね」
幸尋はそのとおりの顔で委員長を見遣った。
こんなときでも彼女は容赦が無い。
「知らないほうが幸せってことあるよね・・・」
幸尋は「秘密」が委員長にバレた場合を想定してみる。
この世のありとあらゆる罵詈雑言を浴びせてくるだろう。
それはそれは地獄絵図が繰り広げられることになる。
この場合少なくとも、アカネか委員長かを仮に選ぶのであれば、
アカネのほうが幸尋が受けるダメージは少ないと思えてきた。
ダメージコントロールというのは大切である。
(・・・ふふっ)
「笑わないで・・・気持ち悪い・・・」
委員長が眉をひそめた。
幸尋の思考はあくまで彼のなかにしかない。
彼女に見えるのは薄気味悪く笑う幸尋である。
「委員長、君は幸せだね・・・」
「・・・ここでトドメを刺しておくほうがいいのかしら・・・」
今度は委員長が犯罪者のような顔をした。
女の子といってもいろいろな顔をもっている。
――お昼
昨日のことがあまりにショックで、
今日は弁当を作ってこなかった。
今日のお昼は通学路にあるパン屋さん「ほふほふ」で、
ツナサンドとねじりドーナツを買って持ってきた。
「ほふほふ」は、スーパーの交差点から東に伸びる道路と
学校に続く道路の交差点にある。
その辺りは住宅地で、「ほふほふ」もそれに馴染んでいる。
周囲にめぐらした壁と店舗はレンガ造りになっていて、
建物はがっしりしていながら、どこか可愛らしさがある。
古くシックな窓枠はアンティークのようである。
ところどころにツタが伸びて、葉が多く茂っている。
褐色のレンガに濃い緑のツタが美しい。
黒々とした鉄のドアには格子状にステンドグラスが入っている。
それを引いて開けると、店内にはやさしいパンの香りが満ちている。
店内には暗いブラウンの分厚い木材で床が組まれている。
ディスプレイのガラスケースには、いろいろなパンが
ところ狭しと並んでいて目移りしてしまう。
パンの美味しさと豊かなバリエーション、さらに洒落た店構えで、
町の人たちにも生徒にも人気のパン屋さんだった。
登下校で必ず通るところで、いつもパンを焼くいい香りが
道にまでふわりと漂っていて、幸尋の空腹を誘った。
ありがたいことに、高校生が好みそうなパンは
だいたいサイズが大きく、それに値段も安かった。
―ツナサンド―
荒くほぐしたツナに、少し酸味が利いたマヨネーズソース、
味の引き締めにコショウなどのスパイスも入っている。
たっぷりのツナマヨの上に、粉チーズがまぶされている。
フレッシュ&濃厚の数種類がミックスされている。
それの上にざくざく刻まれたきゅうりやレタスが覆う。
これにはレモン系のドレッシングが軽く絡ませてある。
そうした分厚い具材を、パンが挟んでいる。
それは長方形の形をしていて、両手を余るほどである。
パンの厚みだけで1.5cm×2、具材を含むと全5cm。
これを大きく口を開けてかぶりつく。
濃厚なツナマヨとフレッシュな野菜のガツンとくる衝撃。
ドレッシングやスパイスが具材とパンを渾然一体にする。
―ねじりドーナツ―
通常のドーナツだったとしても、生地は相当太い。
それを2本ひねってネジのように仕上げている。
綱のような形をしていて、ちょっとした棍棒のようである。
こんがり揚げられた生地は表面はカリカリだが、
なかはしっとりしている。
その生地に甘いシロップがかけられている。
生地そのものの味、シロップの濃い甘味、
ひと口ひと口で味の表情が変わる。
「ほふほふ」で買うツナサンドとねじりドーナツは
幸尋の絶対的な組み合わせだった。
これに学校の自販機で、紙パックのヨーグルトサワー、
カフェオレ、バナナオレなどと合わせる。
いつも幸尋は屋上で弁当を食べた。
屋上で昼食を楽しむ生徒は少なくない。
それぞれ思い思いの場所を見つけているが、
彼の場合は機械設備のひとつの上だった。
それを身軽に側面をひょいひょいよじ登ると、
ちょうどひとり寝そべるぐらいのスペースがある。
そこで誰にも邪魔されず、「ほふほふ」のパンを堪能した。
(・・・うまかった・・・)
美味しいパンを食べると幸せな気持ちになる。
食後は寝そべって、空の動きをぼんやり見るのが常だった。
幸尋は「ほふほふ」を毎日でも味わいたいが、
決してそうはしなかった。
それはお金の問題なのだが、それと同じぐらい、
「たまにしか味わえない」という特別さを大事にしたかった。
(「ほふほふ」がなくなったら、ボクは生きていけないな・・・)
おなかがいっぱいになった午後の授業はよく昼寝ができた。
幸尋の右のほうの席から、何やらプレッシャーをかけてくる気がしたが、
最近の彼はそれを意に介さなかった。
――下校
昼寝から覚める頃には、下校時間までもうしばらくだった。
委員長からまたお小言をもらったが、習い事でもあるのか、
早々に帰っていった。
(やれやれ・・・)
委員長から解放されて、幸尋は学校を出た。
長居は無用である。
学校のある場所は、山の尾根と尾根の間の荒地を
整備したようで、駅周辺と比べて新しい。
その小高い一帯に学校がある。
生徒たちは登下校に緩やかな坂を通ることになる。
学校の周囲は森林を挟んで、住宅地になっている。
それを北に10分ほど歩くと、あの「ほふほふ」がある。
ここまで来ると、町の中心地が見える。
左手に神社のある丘、その奥にスーパーである。
この辺りの道路はまあまあの交通量がある。
幸尋には見慣れた風景になっていたが、
学校から離れたという実感があって、
いつも「ほっ」としてしまう。
町に近づくと何となくいい気分になる。
彼はスーパーのある交差点を渡った。
・・・そのときだった。
「あ、ユッキぃ~」
いつもより慣れ慣れしい声がした。
スーパーの交差点はたいがい赤信号なのだが、
今日はアカネが信号を待つことなく、向こうから走り寄ってきた。
昨夜のことがある。
幸尋はどきまぎしてしまった。
「今日はスーパー寄らねぇのかよ?」
「まぁ、今日は別に買うものないし・・・」
それにアカネとふたりでスーパーをうろうろするのは危険だった。
パートさんや、瀧江店長に見つかるのは恐怖でしかなかった。
・・・ふたり並んで歩いた。
スーパーから家まで15分ほどである。
アカネが学校での出来事を話したが、
内容が入ってこない。
(・・・ふふっ・・・もう動揺しないぞ・・・
今日は「ほふほふ」のパンでパワー全開だからな・・・)
道路脇の歩道を進んでいく。
ここから右の方へ少し入ると、「あの一帯」である。
しばらく歩いていると、右に入っていく路地がいくつかある。
「・・・!!」
見えているものが信じられなかった。
やや先の路地の入り口に「黒いもの」がいたのだ。
ふたりは思わず立ち止まった。
「黒いもの」に目を奪われて、動けなくなった。
それも束の間だった。
「黒いものは」すぐに路地の奥へ姿を消した。
それにつられて、ふたりはその後を追うように、
路地まで走っていって、奥の方を見た。
向こうに広がる「あの一帯」。
もうすでに暗い廃墟の家々に「黒いもの」は
どこへ行ったのか分からなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「う、ウソだろ・・・見ちゃったのか・・・おい・・・」
黒いものをすっぽり被ったような格好だった。
背格好は幸尋たちとそんなに変わらない。
「いやいやいや!あ、あたしは何も見てないから!」
「はぁ?」
アカネは「あの一帯」に背を向けて、
幸尋に立ちはだかる。
信じられない顔で彼女を見た。
「一緒に見てただろうが!」
「うぅん!見てない!見てない!」
アカネが頑なに首を振って否定する。
「もう帰ろう」とばかり、幸尋を押した。
「ウソつけ!絶対見てただろっ!」
「うるせぇ!知らねぇよっ」
幸尋もワナワナ震えている。
見てはいけないものをついに見てしまったのだ。
「ボクはちゃんと受け入れようとしてんだぞ!?」
「てめぇの勝手だろっ!このバカっ!」
「バカっつったな!?」
さきほどの衝撃はどこへやら、
頭に来た幸尋はアカネと掴み合いになった。
「・・・いひっ!!」
アカネの向こうに、再びあの「黒いもの」がスゥーッと
路地を左右に横切ったり、奥へ進んでいくのが見えた。
それは走っているようにも、浮いているようにも見えた。
急に、掴み合いの手がから力が抜ける。
目で何かを追っているのが分かったのか、
アカネがハッとした顔をして動きを止めた。
「ま、マジなのかよぉ~」
真っ青になったアカネがその場にへたり込む。
「お、お、おば・・・おばっ・・・」
幸尋は2度も見てしまった。
黒いものが消えていくのを目が放せなくなっていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
家に辿り着いたふたりはシュンとしていた。
しばらくすると、黙っていると余計に怖くなってきたため、
ふたりとも強いて普段どおりに振る舞った。
幸尋は家事をこなすうちに、アカネはごろごろするうちに、
ようやく平静を取り戻していった。
――まどろみの時間
「ユッキーはあたしと一緒にいるのヘーキか?・・・あ?」
落ち着き無く話し掛けてきた。
アカネが話しかけてくるときは、けっこう突然なことが多い。
それも幸尋が返答するのをあまり待ってくれない。
語尾の「あ?」というのは、最近「早く応えろよ」という
意味であることが分かってきた。
「べ、別に・・・」
「何なんだよテメー!」
・・・ガスッ!
アカネは気に喰わないと容赦なく足蹴りを入れる。
幸尋はじっくり考えて応えたい。催促されると考えが言葉にまとまらない。
どうしてアカネがこんなふうなのか、彼には疑問だった。
(・・・まったく粗雑というか、加減を知らないというか・・・)
ごはんもお風呂も終わって、後は寝るだけだった。
そんなときでも、アカネは何かを発生させる。
「今日はもう眠いから寝るよ・・・」
幸尋はそう言って立ち上がった。
アカネはそれには無視だった。
――30分後
・・・コンコン
「ちょっと話があるんだけど」
幸尋も幸尋である。
眠くなってきたから寝るといって、自室に入っていったのだ。
ベットに潜り込んだが、変にアカネの言葉が気になって眠れなかった。
何度か寝返りを打つうちにハッと閃くことがあって、
そのままアカネの部屋に行った。
「え?えぇ・・・?」
昼間に比べると、寝る直前のアカネはツンツン感が少ない。
急にやって来た幸尋に目を丸くした。
「前より刺激的になった気がする・・・認めたくないけど・・・」
目を丸くしていたアカネが目を細めた。
何の話かがすぐに分かったようだった。
「じゃ、じゃ・・・」
「うん・・・」
(つづく)
「ひぇえ~すげぇある~」
幸尋は頭が真っ白になるという貴重な体験をした。
目の前で繰り広げられている光景に何だか現実感が無い。
こうなってしまえば、むしろ認めたくないからそうなのだろうか。
(・・・どうしてこんなことに・・・)
アカネが幸尋の部屋の机に座って、
ノートパソコンをかちゃかちゃいじっている。
彼は机の脇に正座させられている。
その命令には抗えなかった。
ノートパソコンは彼の持ち物である。
アカネが居候するようになって、
今の今まで何も対策をしていなかったことに、
激しく後悔していた。
「おっぱい・・・お尻・・・
エロ女子●生・・・イチオシおばさん」
(・・・よ、読み上げるなぁ!!)
色んなフォルダに名前を付けて、分かりやすく
整理していたのがアダになった。
アカネがひとつひとつ読み上げるたびに、
彼は氷の楔でも打ち込まれている心地だった。
捜索の手は容赦なかった。
今度は動画のフォルダを物色し始めた。
「騎乗位でポヨヨ~ンIカップおっぱい
若妻の昼下がり汗だくエクササイズ」
動画のタイトルを読み上げられる。
(・・・声に出して読むと、こんなに下品だったのか・・・)
こんなときでも思わぬ発見がある。
「夫には絶対に言わないで!
団地妻の絶頂騎乗位地獄」
タイトルを読み上げるアカネの声は
ごくごく平静だが、若干棒読みだった。
それが気になっているのだが、
指摘する勇気は無い。
(臆面もなく・・・よく読めるものだ・・・)
思わず幸尋は戦慄する。
彼ならそんなタイトルは口に出せない。
「ひひひっ!お前、騎乗位好きなんだ~」
「そ、それはぁっ」
思わず声が上擦る・・・。
性癖を言い当てられる。ましてやアカネに。
幸尋の恥部を堪能して満足したのか、
ニヤニヤしながらアカネは彼の部屋を出ていった。
何か罰が下ると思っていた彼は後を追った。
彼女はリビングにどかっと座るとテレビを見始めた。
それを見てほっと胸を撫でおろして、自室に戻った。
・・・が、すぐに居たたまれなくなってきた。
「・・・っひ・・・くおぉぉぉおおおおお!」
幸尋はベッドで悶えた。
弱みを握られるという、おぞましい感覚が頭に渦巻いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――翌日
幸尋はアカネの前でどんな顔をしたらいいか分からなかった。
どうやってもふたりは朝顔を合わせる。
ドキドキしながら待ち構えていたが、
アカネはケロッとした顔をしていた。
幸尋はひとり動揺を隠しながら、朝支度をした。
アカネには強いて平静に振る舞った。
(・・・・・・・・・)
登校中、幸尋は悶々としながら歩いた。
もし思考を可視化できるならば、彼の頭上には
ドス黒いものが渦巻いているだろう。
(どうしてあんなことになったんだ!?)
男には女には知らないでもらいたい秘密がある。
そっとしておいて欲しい。
知りたくても、知ったとしても、
何の得もない男の秘密。
(とんでもない弱みをアカネに知られた・・・)
もう素っ裸で砂浜でも全力疾走したかった。
誰にも気兼ねすることなく叫びたかった。
――学校
「今日は犯罪者みたいな顔してるわね」
幸尋はそのとおりの顔で委員長を見遣った。
こんなときでも彼女は容赦が無い。
「知らないほうが幸せってことあるよね・・・」
幸尋は「秘密」が委員長にバレた場合を想定してみる。
この世のありとあらゆる罵詈雑言を浴びせてくるだろう。
それはそれは地獄絵図が繰り広げられることになる。
この場合少なくとも、アカネか委員長かを仮に選ぶのであれば、
アカネのほうが幸尋が受けるダメージは少ないと思えてきた。
ダメージコントロールというのは大切である。
(・・・ふふっ)
「笑わないで・・・気持ち悪い・・・」
委員長が眉をひそめた。
幸尋の思考はあくまで彼のなかにしかない。
彼女に見えるのは薄気味悪く笑う幸尋である。
「委員長、君は幸せだね・・・」
「・・・ここでトドメを刺しておくほうがいいのかしら・・・」
今度は委員長が犯罪者のような顔をした。
女の子といってもいろいろな顔をもっている。
――お昼
昨日のことがあまりにショックで、
今日は弁当を作ってこなかった。
今日のお昼は通学路にあるパン屋さん「ほふほふ」で、
ツナサンドとねじりドーナツを買って持ってきた。
「ほふほふ」は、スーパーの交差点から東に伸びる道路と
学校に続く道路の交差点にある。
その辺りは住宅地で、「ほふほふ」もそれに馴染んでいる。
周囲にめぐらした壁と店舗はレンガ造りになっていて、
建物はがっしりしていながら、どこか可愛らしさがある。
古くシックな窓枠はアンティークのようである。
ところどころにツタが伸びて、葉が多く茂っている。
褐色のレンガに濃い緑のツタが美しい。
黒々とした鉄のドアには格子状にステンドグラスが入っている。
それを引いて開けると、店内にはやさしいパンの香りが満ちている。
店内には暗いブラウンの分厚い木材で床が組まれている。
ディスプレイのガラスケースには、いろいろなパンが
ところ狭しと並んでいて目移りしてしまう。
パンの美味しさと豊かなバリエーション、さらに洒落た店構えで、
町の人たちにも生徒にも人気のパン屋さんだった。
登下校で必ず通るところで、いつもパンを焼くいい香りが
道にまでふわりと漂っていて、幸尋の空腹を誘った。
ありがたいことに、高校生が好みそうなパンは
だいたいサイズが大きく、それに値段も安かった。
―ツナサンド―
荒くほぐしたツナに、少し酸味が利いたマヨネーズソース、
味の引き締めにコショウなどのスパイスも入っている。
たっぷりのツナマヨの上に、粉チーズがまぶされている。
フレッシュ&濃厚の数種類がミックスされている。
それの上にざくざく刻まれたきゅうりやレタスが覆う。
これにはレモン系のドレッシングが軽く絡ませてある。
そうした分厚い具材を、パンが挟んでいる。
それは長方形の形をしていて、両手を余るほどである。
パンの厚みだけで1.5cm×2、具材を含むと全5cm。
これを大きく口を開けてかぶりつく。
濃厚なツナマヨとフレッシュな野菜のガツンとくる衝撃。
ドレッシングやスパイスが具材とパンを渾然一体にする。
―ねじりドーナツ―
通常のドーナツだったとしても、生地は相当太い。
それを2本ひねってネジのように仕上げている。
綱のような形をしていて、ちょっとした棍棒のようである。
こんがり揚げられた生地は表面はカリカリだが、
なかはしっとりしている。
その生地に甘いシロップがかけられている。
生地そのものの味、シロップの濃い甘味、
ひと口ひと口で味の表情が変わる。
「ほふほふ」で買うツナサンドとねじりドーナツは
幸尋の絶対的な組み合わせだった。
これに学校の自販機で、紙パックのヨーグルトサワー、
カフェオレ、バナナオレなどと合わせる。
いつも幸尋は屋上で弁当を食べた。
屋上で昼食を楽しむ生徒は少なくない。
それぞれ思い思いの場所を見つけているが、
彼の場合は機械設備のひとつの上だった。
それを身軽に側面をひょいひょいよじ登ると、
ちょうどひとり寝そべるぐらいのスペースがある。
そこで誰にも邪魔されず、「ほふほふ」のパンを堪能した。
(・・・うまかった・・・)
美味しいパンを食べると幸せな気持ちになる。
食後は寝そべって、空の動きをぼんやり見るのが常だった。
幸尋は「ほふほふ」を毎日でも味わいたいが、
決してそうはしなかった。
それはお金の問題なのだが、それと同じぐらい、
「たまにしか味わえない」という特別さを大事にしたかった。
(「ほふほふ」がなくなったら、ボクは生きていけないな・・・)
おなかがいっぱいになった午後の授業はよく昼寝ができた。
幸尋の右のほうの席から、何やらプレッシャーをかけてくる気がしたが、
最近の彼はそれを意に介さなかった。
――下校
昼寝から覚める頃には、下校時間までもうしばらくだった。
委員長からまたお小言をもらったが、習い事でもあるのか、
早々に帰っていった。
(やれやれ・・・)
委員長から解放されて、幸尋は学校を出た。
長居は無用である。
学校のある場所は、山の尾根と尾根の間の荒地を
整備したようで、駅周辺と比べて新しい。
その小高い一帯に学校がある。
生徒たちは登下校に緩やかな坂を通ることになる。
学校の周囲は森林を挟んで、住宅地になっている。
それを北に10分ほど歩くと、あの「ほふほふ」がある。
ここまで来ると、町の中心地が見える。
左手に神社のある丘、その奥にスーパーである。
この辺りの道路はまあまあの交通量がある。
幸尋には見慣れた風景になっていたが、
学校から離れたという実感があって、
いつも「ほっ」としてしまう。
町に近づくと何となくいい気分になる。
彼はスーパーのある交差点を渡った。
・・・そのときだった。
「あ、ユッキぃ~」
いつもより慣れ慣れしい声がした。
スーパーの交差点はたいがい赤信号なのだが、
今日はアカネが信号を待つことなく、向こうから走り寄ってきた。
昨夜のことがある。
幸尋はどきまぎしてしまった。
「今日はスーパー寄らねぇのかよ?」
「まぁ、今日は別に買うものないし・・・」
それにアカネとふたりでスーパーをうろうろするのは危険だった。
パートさんや、瀧江店長に見つかるのは恐怖でしかなかった。
・・・ふたり並んで歩いた。
スーパーから家まで15分ほどである。
アカネが学校での出来事を話したが、
内容が入ってこない。
(・・・ふふっ・・・もう動揺しないぞ・・・
今日は「ほふほふ」のパンでパワー全開だからな・・・)
道路脇の歩道を進んでいく。
ここから右の方へ少し入ると、「あの一帯」である。
しばらく歩いていると、右に入っていく路地がいくつかある。
「・・・!!」
見えているものが信じられなかった。
やや先の路地の入り口に「黒いもの」がいたのだ。
ふたりは思わず立ち止まった。
「黒いもの」に目を奪われて、動けなくなった。
それも束の間だった。
「黒いものは」すぐに路地の奥へ姿を消した。
それにつられて、ふたりはその後を追うように、
路地まで走っていって、奥の方を見た。
向こうに広がる「あの一帯」。
もうすでに暗い廃墟の家々に「黒いもの」は
どこへ行ったのか分からなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「う、ウソだろ・・・見ちゃったのか・・・おい・・・」
黒いものをすっぽり被ったような格好だった。
背格好は幸尋たちとそんなに変わらない。
「いやいやいや!あ、あたしは何も見てないから!」
「はぁ?」
アカネは「あの一帯」に背を向けて、
幸尋に立ちはだかる。
信じられない顔で彼女を見た。
「一緒に見てただろうが!」
「うぅん!見てない!見てない!」
アカネが頑なに首を振って否定する。
「もう帰ろう」とばかり、幸尋を押した。
「ウソつけ!絶対見てただろっ!」
「うるせぇ!知らねぇよっ」
幸尋もワナワナ震えている。
見てはいけないものをついに見てしまったのだ。
「ボクはちゃんと受け入れようとしてんだぞ!?」
「てめぇの勝手だろっ!このバカっ!」
「バカっつったな!?」
さきほどの衝撃はどこへやら、
頭に来た幸尋はアカネと掴み合いになった。
「・・・いひっ!!」
アカネの向こうに、再びあの「黒いもの」がスゥーッと
路地を左右に横切ったり、奥へ進んでいくのが見えた。
それは走っているようにも、浮いているようにも見えた。
急に、掴み合いの手がから力が抜ける。
目で何かを追っているのが分かったのか、
アカネがハッとした顔をして動きを止めた。
「ま、マジなのかよぉ~」
真っ青になったアカネがその場にへたり込む。
「お、お、おば・・・おばっ・・・」
幸尋は2度も見てしまった。
黒いものが消えていくのを目が放せなくなっていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
家に辿り着いたふたりはシュンとしていた。
しばらくすると、黙っていると余計に怖くなってきたため、
ふたりとも強いて普段どおりに振る舞った。
幸尋は家事をこなすうちに、アカネはごろごろするうちに、
ようやく平静を取り戻していった。
――まどろみの時間
「ユッキーはあたしと一緒にいるのヘーキか?・・・あ?」
落ち着き無く話し掛けてきた。
アカネが話しかけてくるときは、けっこう突然なことが多い。
それも幸尋が返答するのをあまり待ってくれない。
語尾の「あ?」というのは、最近「早く応えろよ」という
意味であることが分かってきた。
「べ、別に・・・」
「何なんだよテメー!」
・・・ガスッ!
アカネは気に喰わないと容赦なく足蹴りを入れる。
幸尋はじっくり考えて応えたい。催促されると考えが言葉にまとまらない。
どうしてアカネがこんなふうなのか、彼には疑問だった。
(・・・まったく粗雑というか、加減を知らないというか・・・)
ごはんもお風呂も終わって、後は寝るだけだった。
そんなときでも、アカネは何かを発生させる。
「今日はもう眠いから寝るよ・・・」
幸尋はそう言って立ち上がった。
アカネはそれには無視だった。
――30分後
・・・コンコン
「ちょっと話があるんだけど」
幸尋も幸尋である。
眠くなってきたから寝るといって、自室に入っていったのだ。
ベットに潜り込んだが、変にアカネの言葉が気になって眠れなかった。
何度か寝返りを打つうちにハッと閃くことがあって、
そのままアカネの部屋に行った。
「え?えぇ・・・?」
昼間に比べると、寝る直前のアカネはツンツン感が少ない。
急にやって来た幸尋に目を丸くした。
「前より刺激的になった気がする・・・認めたくないけど・・・」
目を丸くしていたアカネが目を細めた。
何の話かがすぐに分かったようだった。
「じゃ、じゃ・・・」
「うん・・・」
(つづく)
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でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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