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第3話(前篇):事件な風邪
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■第3話(前篇):事件な風邪
ケータイが鳴っている。
滅多に無いことだった。
ビクッ
幸尋はケータイをマナーモードにしているが、
いつもひっそり穏やかに生活しているので、
バイブの振動音に敏感に反応してしまった。
(えっ!な、何!?)
――きっかけは数日前のことだった。
「隣り同士だろっ!?」
この間、アカネがよく分からない理由で電話番号を訊いてきた。
彼女が家に帰ろうとしたときのことだった。
幸尋は電話番号なんて知られたくなかったのですぐに断った。
ところが、そのときアカネは彼の自室の前にいて、
目敏く机の上にあったケータイを奪い取った。
「番号登録しといたぜっ!」
幸尋がアカネの所業に気付いたときには遅かった。
リビングから駆けつけたとき、彼女はニヤニヤしながら、
ポンとケータイを手渡した。
彼はケータイの操作に全く慣れていない。
彼女があっという間に番号登録を済ませたのが不思議だった。
呆気にとられているうちに帰ってしまった。
(・・・・・・・・・)
複雑な心境だった。
彼のケータイの登録番号は公表できないほど貧相である。
そこに女の子の番号が入ったのはこれまでに無いことだった。
――そして、今日
バイブの振動音に驚いて、慌てて電話に出てみると、
いきなり咳き込む声が聞こえてきた。
アカネが風邪を引いたらしい。
「ごほごほっ・・・ケーキ買って来いよ・・・」
そう言っただけで通話が切れた。
一瞬、何を言われているのか意味が呑み込めなかったが、
要するに「介抱に来い」だろうと解釈するしかなかった。
彼にとってアカネの言葉は暗号のようだった。
(ぬうう・・・あの女・・・)
命令口調にムッとしながら、出掛ける支度をした。
電話しないとダメなくらい弱っているのか、
それとも、ダルくてズルしたいだけなのか。
近くのスーパーまで自転車で行くことにした。
入学当時、自転車通学できると思って買った自転車である。
それが自宅と学校の距離の問題でギリギリ不許可となった。
それをアカネのために使うのが納得できない。
(まったく人遣いの荒い・・・)
それでも、風邪を引いているから仕方ないかと、自分で納得させる。
独り暮らしで、風邪を引いて動けなくなるのはとてもマズイ。
あれこれとやるべき雑多なことがいくらでもある。
ここ数日、アカネはやって来なかった。
「あたしの部屋にするー」と宣言していたのだが、
あのマーボーナス事件はさすがに恥ずかしかったのか、
何とか部屋の占拠は阻止された形になった。
これもナスの尊い犠牲のおかげである。
久しぶりの静寂だった。
もともと独り上手の彼はそれを楽しんだぐらいだった。
スーパーに着くと、すぐにケーキ屋に向かった。
ここが場違いのように思えて、ちょっと気後れした。
こんな不本意な命令でも無ければ、立ち寄れない。
「苺のショートと・・・レアチーズケーキ・・・1個ずつお願いします。」
外では幸尋は礼儀正しい。
ケーキが並ぶガラスケースを指差しながら、店員さんに注文した。
目に映るケーキはどれもキラキラしているように見えた。
しかし、値段に目が止まると、現実に引き戻された。
どれを見てもだいたい400~500円であった。
安藤家の家計にとって、ケーキは贅沢品である。
アカネの命令が恨めしい。
(こ、これだけでほぼ1000円・・・)
細心の注意を払って、帰路を急いだ・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・ピンポーン・・・
「あーあがってこいよ・・・」
インターホンから、弱々しい声が聞こえた。
ドアに鍵は掛かっていなかった。
(無用心だな・・・)
アカネの家を訪れるのは初めてのことだった。
自分の家の隣りであるが、何だか変な気分だった。
それでも、女の子の家に上がるという感動は全く無かった。
彼の理想の女の子像は、彼女の所為でだいぶダメージを受けている。
生活感の無い彼女は一体どんな生活をしているのか。
好奇心というよりは、怖いもの見たさかもしれない。
インターホンで応えていた彼女は、ドアが開くのを見ると
すぐにくるりと背中を向けて、部屋の奥に入っていった。
(何だよ、その態度・・・)
ムッとしながら、彼女に続いて入っていった。
ダイニングに入ってくると、
彼女はぼさぼさ頭で突っ立っていた。
意外なことに、ダイニングに布団を敷いていた。
(おいおい・・・どうなってんだよ・・・)
ざっと見渡す限り、生活感がまるでなかった。
辛うじてそれがあるのは、ふとん周辺だけだった。
それも万年床のようだった。
「はい・・・」
無造作にケーキの入った箱を差し出した。
「・・・・・・・・・」
ひったくるように箱を奪うと、
ふとんに座って、背を向けた。
がさがさっもそもそ・・・
そのまま直接手掴みでケーキを食べているらしい。
幸尋はその様子にあ然とした。
理想の女の子イメージが、トドメの一撃を受けてしまった。
目の前にいるのは、みすぼらしい猫背の女。
元気なときに会ったときの彼女も大概だったが、
今の姿はその上をいっている。
おそらく風邪が悪化して、安藤家に来なくなったのだろう。
風呂も入っていないようだし、顔も洗っていないように見えた。
えっほえっほ・・・じゅるるるっ・・・
変な咳に鼻をすする音・・・。
幸尋の目は冷たくなっていた。
「じゃ、そういうことで」
思わず帰りたくなった。
言い終わらないうちに、くるりと背を向けた。
「えぇ?」
信じられない、とでも言いたげな声を出した。
それでも彼は帰ろうとした。
「ちょ!ちょっと待ってよ!」
ドタン!
すごい音がして振り返ってみると、
彼女は滑って転がっていた。
・・・うえっうぅうぅ~
フロアにうつ伏せになって、嗚咽している。
子供のような泣き方だった。
ワケが分からなかった。
しばらく泣き崩れた彼女を見つめていた。
イライラしてきた。
あの電話に、あの態度・・・。
まだ泣いている彼女の腕を引っ張って、
無理やり仰向けにした。
嗚咽で抵抗しながら、泣き腫らした顔を
すぐ手と腕で覆い隠した。
キッチンの水道にトコトコを歩いていき、
近くにあったコップに水を注いだ。
それを彼女の真上で逆さにする。
・・・ばしゃっ
「えっ!な、何っ?」
・・・ごぼっぐぼぼっ・・・えっほえっほっ!
体を起こして、しきりに顔をぬぐう。
いつの間にか嗚咽は止まって、目がしっかりしてきた。
「アカネ、ウチに来て。さっさと用意して。」
幸尋がトーンを硬くした。
「これではダメだ」と強く思った。
「う・・・うん・・・」
アカネは怯えたような目をして、
おろおろしながら支度を始めた。
「さっさと行くよ。」
さっきと変らないトーンで促すと、
慌てて詰めたバックを抱えた。
幸尋は無造作にアカネの手を掴むとすぐに家を出た。
彼女は全く抵抗することなく、ついて行った。
彼女の手は思ったより華奢だった。
肌の感触がしっとりしている。
(熱はなさそうだな・・・)
バタバタと安藤家に戻ると、
アカネをバスルームに連れて行った。
古びた団地ではあるが、バスルームは
洗い場と湯船が分かれている。
「さっさと風呂に入ってね。
何日も入ってないでしょ?」
そう言うなり、バスルームを離れた。
電話は昼前だったから、中断していた家事がいろいろある。
彼女が風呂に入っているうちに、それを済ませてしまいたかった。
昼ごはんも準備しないといけない。
(冷ごはんがあるから、焼き飯にするか・・・)
そう決めかけて、風呂の方に聞き耳を立てるが、
どうも音がしない。
(・・・ったく、何やってんだろ・・・)
バスルームに見に行ってみたが、
まだ脱衣場にうずくまっていた。
「早く入ってよ~遠慮とかするガラじゃないでしょ?」
「・・・しんどい・・・動きたくない・・・」
顔を上げないまま、呻くような声だった。
彼女を目の前に、しばらく迷った。
帰すと風邪が悪化しそうだし、
このまま待っていても風呂に入りそうにない。
「・・・・・・・・・」
大仕事を始めるように、彼女の目の前で決心した。
まず幸尋が衣服を脱いでパンツだけの姿になった。
アカネがそれを見て、「はっ」として顔を背けた。
「・・・い、イヤっ!」
今度は、彼女の服を脱がしにかかる。
上下のジャージは何とかすぐに脱がせることができた。
(んん?シャツかこれ・・・妙にふにゃふにゃしてんな・・・)
女の子が着ているタンクトップ。
見るのも触るのも、彼には初めてのことだった。
下はパンツ。これは分かった。
・・・ガシガシッ!バンッ!
「っ!・・・あぁああ!・・・ひぃあっ!」
彼女は言葉にならない声をあげて抵抗した。
振りほどく、叩く、かきむしる、突っぱねる。
せっかく後ろを向けて脱がせようとするのに、
彼を攻撃しようと正面を向く。
・・・何とか上の服を脱がせることができた。
バシッ!・・・ガン!・・・パン!
本当に容赦が無かった。
何度も頬に平手打ちを喰らう。
(っはぁああ・・・)
的確に頬を叩かれる。
喰らった瞬間、視界が揺れる。
意識が一瞬飛ぶぐらいの痛さだった。
あまりの痛みにうずくまりそうになるが、
それでも、何度も後ろを向かせようと格闘した。
―パンツ―
それは最後の難関だった。
後ろから脱がせようとすると、
強烈なキックに襲われた。
吹っ飛ばされては、また脱がしにかかる。
また吹っ飛ばされる。
その次は、一瞬だけ、彼の手のほうが早かった。
キックしようとした足の動きと相まって、
スルッとパンツを脱がすことができた。
(・・・や、やった・・・ついに!)
そのパンツを高らかに掲げて、
勝利のポーズをとりたかった。
だが、そんなことをしている場合ではない。
なおも、取っ組み合いながら、
脱衣スペースから浴室に何とか押し遣った。
そこでも取っ組み合いになる。
片手で何とかシャワーを出すことができた。
・・・シャー・・・
次第に湯になって、湯気が立ち込めてくる。
彼女にシャワーを向ける。
少しビクッとした後、湯に身を委ねた。
しきりに顔をぬぐう彼女をくるりと回して、
背中をこちらに向ける。
ボディソープを多めにスポンジにかけて泡立てる。
(・・・あっしまった・・・シャンプーを先にしたほうがいいか・・・)
頭の上からじゅぶじゅぶシャンプーを垂らして、泡立てる。
髪が長くてけっこう洗いにくい。
あんまり泡が立たなくて、
さらにじゅぶじゅぶ垂らす。
今度は多過ぎ。
何とか全体をごしごしできたから、
シャワーを頭からかける。
次はコンディショナー。
最初からだいぶ多めに出して、塗りたくってやった。
肩より少し長い髪。
コンディショナーの適量がよく分からなかった。
シャワーの熱気と、シャンプーの香り。
一瞬だけシャワーの水音だけになる。
身を竦める彼女をよそに、
今度は背後から身体を洗い始めた。
最初は泡立ったスポンジを拒むように、身体を捩っていたが、
しばらくすると、そうした抵抗は無くなっていった。
・・・ずずずっ・・・えっほえっほ・・・うえぇ・・・
聞こえてくるのは、みすぼらしいものばかり。
他意が無い、ということを彼は示したつもりだった。
今さらかもしれないが、背中からしか身体に触れない。
・・・でも、どうしようもない現象が起きていた。
最初は彼女の身なりをキレイにしたい一心だった。
・・・水に濡れ馴染んだ髪・・・
・・・そっと露になる首筋・・・
・・・背中から腰へ太ももへの滑らかさ・・・
スポンジを介して分かる身体の柔らかさ。
彼は食い入るように眺めた。
目は上から下まで何度も往復し、ときには一点に留まる。
こんな至近距離で女の子のハダカを見るのは初めてのことだった。
身体中が沸き立つような感じがした。
何とも言えない曲線のボディライン。
肌の質感など男の自分とは全く別物のように思う。
(・・・あのアカネが・・・
こ、こんな素肌をしてるのか・・・)
(つづく)
ケータイが鳴っている。
滅多に無いことだった。
ビクッ
幸尋はケータイをマナーモードにしているが、
いつもひっそり穏やかに生活しているので、
バイブの振動音に敏感に反応してしまった。
(えっ!な、何!?)
――きっかけは数日前のことだった。
「隣り同士だろっ!?」
この間、アカネがよく分からない理由で電話番号を訊いてきた。
彼女が家に帰ろうとしたときのことだった。
幸尋は電話番号なんて知られたくなかったのですぐに断った。
ところが、そのときアカネは彼の自室の前にいて、
目敏く机の上にあったケータイを奪い取った。
「番号登録しといたぜっ!」
幸尋がアカネの所業に気付いたときには遅かった。
リビングから駆けつけたとき、彼女はニヤニヤしながら、
ポンとケータイを手渡した。
彼はケータイの操作に全く慣れていない。
彼女があっという間に番号登録を済ませたのが不思議だった。
呆気にとられているうちに帰ってしまった。
(・・・・・・・・・)
複雑な心境だった。
彼のケータイの登録番号は公表できないほど貧相である。
そこに女の子の番号が入ったのはこれまでに無いことだった。
――そして、今日
バイブの振動音に驚いて、慌てて電話に出てみると、
いきなり咳き込む声が聞こえてきた。
アカネが風邪を引いたらしい。
「ごほごほっ・・・ケーキ買って来いよ・・・」
そう言っただけで通話が切れた。
一瞬、何を言われているのか意味が呑み込めなかったが、
要するに「介抱に来い」だろうと解釈するしかなかった。
彼にとってアカネの言葉は暗号のようだった。
(ぬうう・・・あの女・・・)
命令口調にムッとしながら、出掛ける支度をした。
電話しないとダメなくらい弱っているのか、
それとも、ダルくてズルしたいだけなのか。
近くのスーパーまで自転車で行くことにした。
入学当時、自転車通学できると思って買った自転車である。
それが自宅と学校の距離の問題でギリギリ不許可となった。
それをアカネのために使うのが納得できない。
(まったく人遣いの荒い・・・)
それでも、風邪を引いているから仕方ないかと、自分で納得させる。
独り暮らしで、風邪を引いて動けなくなるのはとてもマズイ。
あれこれとやるべき雑多なことがいくらでもある。
ここ数日、アカネはやって来なかった。
「あたしの部屋にするー」と宣言していたのだが、
あのマーボーナス事件はさすがに恥ずかしかったのか、
何とか部屋の占拠は阻止された形になった。
これもナスの尊い犠牲のおかげである。
久しぶりの静寂だった。
もともと独り上手の彼はそれを楽しんだぐらいだった。
スーパーに着くと、すぐにケーキ屋に向かった。
ここが場違いのように思えて、ちょっと気後れした。
こんな不本意な命令でも無ければ、立ち寄れない。
「苺のショートと・・・レアチーズケーキ・・・1個ずつお願いします。」
外では幸尋は礼儀正しい。
ケーキが並ぶガラスケースを指差しながら、店員さんに注文した。
目に映るケーキはどれもキラキラしているように見えた。
しかし、値段に目が止まると、現実に引き戻された。
どれを見てもだいたい400~500円であった。
安藤家の家計にとって、ケーキは贅沢品である。
アカネの命令が恨めしい。
(こ、これだけでほぼ1000円・・・)
細心の注意を払って、帰路を急いだ・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・ピンポーン・・・
「あーあがってこいよ・・・」
インターホンから、弱々しい声が聞こえた。
ドアに鍵は掛かっていなかった。
(無用心だな・・・)
アカネの家を訪れるのは初めてのことだった。
自分の家の隣りであるが、何だか変な気分だった。
それでも、女の子の家に上がるという感動は全く無かった。
彼の理想の女の子像は、彼女の所為でだいぶダメージを受けている。
生活感の無い彼女は一体どんな生活をしているのか。
好奇心というよりは、怖いもの見たさかもしれない。
インターホンで応えていた彼女は、ドアが開くのを見ると
すぐにくるりと背中を向けて、部屋の奥に入っていった。
(何だよ、その態度・・・)
ムッとしながら、彼女に続いて入っていった。
ダイニングに入ってくると、
彼女はぼさぼさ頭で突っ立っていた。
意外なことに、ダイニングに布団を敷いていた。
(おいおい・・・どうなってんだよ・・・)
ざっと見渡す限り、生活感がまるでなかった。
辛うじてそれがあるのは、ふとん周辺だけだった。
それも万年床のようだった。
「はい・・・」
無造作にケーキの入った箱を差し出した。
「・・・・・・・・・」
ひったくるように箱を奪うと、
ふとんに座って、背を向けた。
がさがさっもそもそ・・・
そのまま直接手掴みでケーキを食べているらしい。
幸尋はその様子にあ然とした。
理想の女の子イメージが、トドメの一撃を受けてしまった。
目の前にいるのは、みすぼらしい猫背の女。
元気なときに会ったときの彼女も大概だったが、
今の姿はその上をいっている。
おそらく風邪が悪化して、安藤家に来なくなったのだろう。
風呂も入っていないようだし、顔も洗っていないように見えた。
えっほえっほ・・・じゅるるるっ・・・
変な咳に鼻をすする音・・・。
幸尋の目は冷たくなっていた。
「じゃ、そういうことで」
思わず帰りたくなった。
言い終わらないうちに、くるりと背を向けた。
「えぇ?」
信じられない、とでも言いたげな声を出した。
それでも彼は帰ろうとした。
「ちょ!ちょっと待ってよ!」
ドタン!
すごい音がして振り返ってみると、
彼女は滑って転がっていた。
・・・うえっうぅうぅ~
フロアにうつ伏せになって、嗚咽している。
子供のような泣き方だった。
ワケが分からなかった。
しばらく泣き崩れた彼女を見つめていた。
イライラしてきた。
あの電話に、あの態度・・・。
まだ泣いている彼女の腕を引っ張って、
無理やり仰向けにした。
嗚咽で抵抗しながら、泣き腫らした顔を
すぐ手と腕で覆い隠した。
キッチンの水道にトコトコを歩いていき、
近くにあったコップに水を注いだ。
それを彼女の真上で逆さにする。
・・・ばしゃっ
「えっ!な、何っ?」
・・・ごぼっぐぼぼっ・・・えっほえっほっ!
体を起こして、しきりに顔をぬぐう。
いつの間にか嗚咽は止まって、目がしっかりしてきた。
「アカネ、ウチに来て。さっさと用意して。」
幸尋がトーンを硬くした。
「これではダメだ」と強く思った。
「う・・・うん・・・」
アカネは怯えたような目をして、
おろおろしながら支度を始めた。
「さっさと行くよ。」
さっきと変らないトーンで促すと、
慌てて詰めたバックを抱えた。
幸尋は無造作にアカネの手を掴むとすぐに家を出た。
彼女は全く抵抗することなく、ついて行った。
彼女の手は思ったより華奢だった。
肌の感触がしっとりしている。
(熱はなさそうだな・・・)
バタバタと安藤家に戻ると、
アカネをバスルームに連れて行った。
古びた団地ではあるが、バスルームは
洗い場と湯船が分かれている。
「さっさと風呂に入ってね。
何日も入ってないでしょ?」
そう言うなり、バスルームを離れた。
電話は昼前だったから、中断していた家事がいろいろある。
彼女が風呂に入っているうちに、それを済ませてしまいたかった。
昼ごはんも準備しないといけない。
(冷ごはんがあるから、焼き飯にするか・・・)
そう決めかけて、風呂の方に聞き耳を立てるが、
どうも音がしない。
(・・・ったく、何やってんだろ・・・)
バスルームに見に行ってみたが、
まだ脱衣場にうずくまっていた。
「早く入ってよ~遠慮とかするガラじゃないでしょ?」
「・・・しんどい・・・動きたくない・・・」
顔を上げないまま、呻くような声だった。
彼女を目の前に、しばらく迷った。
帰すと風邪が悪化しそうだし、
このまま待っていても風呂に入りそうにない。
「・・・・・・・・・」
大仕事を始めるように、彼女の目の前で決心した。
まず幸尋が衣服を脱いでパンツだけの姿になった。
アカネがそれを見て、「はっ」として顔を背けた。
「・・・い、イヤっ!」
今度は、彼女の服を脱がしにかかる。
上下のジャージは何とかすぐに脱がせることができた。
(んん?シャツかこれ・・・妙にふにゃふにゃしてんな・・・)
女の子が着ているタンクトップ。
見るのも触るのも、彼には初めてのことだった。
下はパンツ。これは分かった。
・・・ガシガシッ!バンッ!
「っ!・・・あぁああ!・・・ひぃあっ!」
彼女は言葉にならない声をあげて抵抗した。
振りほどく、叩く、かきむしる、突っぱねる。
せっかく後ろを向けて脱がせようとするのに、
彼を攻撃しようと正面を向く。
・・・何とか上の服を脱がせることができた。
バシッ!・・・ガン!・・・パン!
本当に容赦が無かった。
何度も頬に平手打ちを喰らう。
(っはぁああ・・・)
的確に頬を叩かれる。
喰らった瞬間、視界が揺れる。
意識が一瞬飛ぶぐらいの痛さだった。
あまりの痛みにうずくまりそうになるが、
それでも、何度も後ろを向かせようと格闘した。
―パンツ―
それは最後の難関だった。
後ろから脱がせようとすると、
強烈なキックに襲われた。
吹っ飛ばされては、また脱がしにかかる。
また吹っ飛ばされる。
その次は、一瞬だけ、彼の手のほうが早かった。
キックしようとした足の動きと相まって、
スルッとパンツを脱がすことができた。
(・・・や、やった・・・ついに!)
そのパンツを高らかに掲げて、
勝利のポーズをとりたかった。
だが、そんなことをしている場合ではない。
なおも、取っ組み合いながら、
脱衣スペースから浴室に何とか押し遣った。
そこでも取っ組み合いになる。
片手で何とかシャワーを出すことができた。
・・・シャー・・・
次第に湯になって、湯気が立ち込めてくる。
彼女にシャワーを向ける。
少しビクッとした後、湯に身を委ねた。
しきりに顔をぬぐう彼女をくるりと回して、
背中をこちらに向ける。
ボディソープを多めにスポンジにかけて泡立てる。
(・・・あっしまった・・・シャンプーを先にしたほうがいいか・・・)
頭の上からじゅぶじゅぶシャンプーを垂らして、泡立てる。
髪が長くてけっこう洗いにくい。
あんまり泡が立たなくて、
さらにじゅぶじゅぶ垂らす。
今度は多過ぎ。
何とか全体をごしごしできたから、
シャワーを頭からかける。
次はコンディショナー。
最初からだいぶ多めに出して、塗りたくってやった。
肩より少し長い髪。
コンディショナーの適量がよく分からなかった。
シャワーの熱気と、シャンプーの香り。
一瞬だけシャワーの水音だけになる。
身を竦める彼女をよそに、
今度は背後から身体を洗い始めた。
最初は泡立ったスポンジを拒むように、身体を捩っていたが、
しばらくすると、そうした抵抗は無くなっていった。
・・・ずずずっ・・・えっほえっほ・・・うえぇ・・・
聞こえてくるのは、みすぼらしいものばかり。
他意が無い、ということを彼は示したつもりだった。
今さらかもしれないが、背中からしか身体に触れない。
・・・でも、どうしようもない現象が起きていた。
最初は彼女の身なりをキレイにしたい一心だった。
・・・水に濡れ馴染んだ髪・・・
・・・そっと露になる首筋・・・
・・・背中から腰へ太ももへの滑らかさ・・・
スポンジを介して分かる身体の柔らかさ。
彼は食い入るように眺めた。
目は上から下まで何度も往復し、ときには一点に留まる。
こんな至近距離で女の子のハダカを見るのは初めてのことだった。
身体中が沸き立つような感じがした。
何とも言えない曲線のボディライン。
肌の質感など男の自分とは全く別物のように思う。
(・・・あのアカネが・・・
こ、こんな素肌をしてるのか・・・)
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