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第2話:まぜまぜ
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■第2話:まぜまぜ
「あたし、お前とうまくやってけそーだ♪」
「か、勝手なことを・・・」
スーパーで買ってきた食料品を冷蔵庫や野菜カゴに移す幸尋。
それを楽しそうに眺めているアカネ。
彼はムカムカしていた。
・・・あんな初対面の翌日。
アカネは宣言どおり、幸尋の家の前に座り込んでいた。
彼にとっては「まさか」の出来事だった。
あんなことを宣言していたものの、
時間が経てば気が変わると思っていた。
それが、家の前にいる。
そんなアカネを無視して家に入ろうとしたが、
彼女は素早く足をドアに差し込んできて、
するりと家の中に入られてしまった。
あわあわ追いかけていくと、ダイニングにいた。
ちゃっかりテーブルのイスにドカッと座った。
(何なんだよ!この女っ)
ダイニングの入り口で呆然とした。
目の前で起きていることが信じられなかった。
・・・幸尋は仕方なく、買ってきた食料品をかたづけた。
それをアカネはテーブルに頬杖をついて眺めた。
(・・・ったく、よく喋るな・・・)
アカネは片膝を立てて行儀悪く座ったまま、
べらべらと学校でのことを話した。
幸尋はそれを背中で聞きながら家事をこなした。
ワケの分からない女と話すヒマは無かった。
「なぁ、いいだろ?ご・は・ん!」
「・・・!?」
話をほとんど聞いてなかった。
急に引っ掛かるフレーズが耳に飛び込んできた。
「ごはん食わせろよ~」
「な!なんでだよっ!!」
「ごはん!」
「イヤだ!」
「バカ!」
「イヤだ!」
・・・不毛な押し問答が続いた。
結局、幸尋はアカネの分まで
夕ごはんを作る破目になった・・・。
――10分後
幸尋が部屋着のジャージに着替えてきた。
顔は不機嫌そのものである。
エプロンを着けてキッチンに立つと、
無言で料理を始めた。
「へぇ~エプロン似合うじゃん♪」
アカネはイスに座ったまま、べたっと身体をテーブルに乗せていた。
彼は背後で声がするのにも応じず、テキパキ料理を進めた。
先に米を洗って、炊飯器にセットした。
明日の朝ごはん用も夜のうちに炊いてしまう。
今日はふたり分だから調子が狂う。
炊き上がりの時間に合わせるため、弁当を先に作ることにした。
彼は節約のため、学校には弁当持参である。
冷蔵庫から残り物と詰めればいいだけのものを出して、
さっさと詰めていく。ごはんは朝、レンジで温めて入れる。
「ちょ!おまっ!弁当作ってんのかよっ!」
後ろから驚きの声が上がる。
彼にはルーティーンなことなので、ウザくて仕方ない。
「あーそーですよー!」
かまぼこを切っていた包丁を持ったまま振り返る。
何だか急に恥ずかしくなってくる。
座っていたアカネは幸尋の傍までやってきて、
めずらしそうに弁当を覗き込んだ。
(せめてイスに座ってろよっ)
カッカするやら、恥ずかしいやら、
ごちゃごちゃの気持ちを抑えながら、
ひたすら弁当作りを進めた。
――10分後
ようやく夕ごはんの準備に入る。
冷蔵庫からパック詰めされた鶏もも肉、
たまご、玉ねぎ、ボトル入りの濃縮出汁を出す。
脇の野菜カゴから玉ねぎをふたつ取る。
調味料が入った棚から、砂糖を出す。
玉ねぎの皮を剥き、軽く水で洗う。
水を切ってまな板に置く。
玉ねぎに手を添えて、包丁を構える。
(・・・よしっ・・・)
深呼吸して、上体を後ろに反らせる。
・・・しゃくしゃくしゃく・・・
素早く玉ねぎを切っていく。
はっきり言って、上体を後ろに反らせるのは得策ではない。
ただ幸尋は玉ねぎを切ると目に沁みるのが嫌なのだ。
切り進めるにつれ、反りが大きくなっていく。
真横から見れば“C”のようである。
「あっはっはっは!」
アカネがぱちぱちと手を叩きながら笑っている。
幸尋はこの姿勢を崩すワケにはいかない。
この姿勢でも、目に沁みることは沁みる。
普通に切るよりはちょっとマシという程度である。
(・・・ぐぬぬぬっ!おのれぇっ!)
目に沁みる、アカネに笑われる。
これまで、こんな姿は誰にも見せなかった。
独りでやるぶんには「合理的だ」とさえ思っていたのだ。
今日は思わぬ屈辱を被ることになってしまった。
ようやく玉ねぎを切り終えて、雪平鍋に投入する。
今日は異例のふたり分なので、もうひとつはフライパンで作る。
そこに砂糖をふり、濃縮出汁を目分量で注いで、水を加える。
ガスコンロに火をつけ、煮込み始める。
煮汁が沸き立つまでの時間、今度は鶏もも肉を一口サイズに切る。
玉ねぎとは違って、これは普通の姿勢で切る。
・・・じゅわわわ~・・・
玉ねぎに火が通ってきたので、鶏肉を投入した。
肉に火が通るまでまだ少しある。
(やっぱネギも入れるか・・・)
包丁を軽く洗って、ネギを斜め切りに刻む。
これは見栄えのために添える。
たまごを割って溶いておく。
幸尋は卵白が切れるまでしっかり溶くタイプだった。
何度か料理しているうちに、
肉は余熱で火を通すということを覚えた。
あまり火を通すとパサパサな食感になるので、
見極めのタイミングはけっこう大事だった。
(・・・まだだ・・・)
先に斜め切りにしておいたネギを真ん中に少し乗せる。
これもただ乗せるだけではなく、見栄えよく乗せる。
(今だっ!!)
まだ少し火を通したいところで、弱火にして
溶きたまごをゆっくり回し掛けしていく。
たまごが半熟になるまでの短い時間を使って、
炊き上がったごはんを丼によそう。
「もうちょっと、もうちょっと!」
ごはんの量をアカネに見せると、増量を求められた。
すかさず火の通り具合を見る。
右の雪平鍋、左のフライパン、どちらもちょうど頃合いだった。
丼へは具をするりと移したい。
鍋と具のくっつきを取るため、箸で具全体をつついて動かす。
ごとん・・・
「鶏たまご丼、でけたよ・・・」
テーブルに丼がふたつ並ぶ。
幸尋はちょっぴり得意である。
甘辛い香りに出汁のしっかりしたカツオ風味が漂う。
半熟のたまごはぷるぷる、鶏肉や玉ねぎはつやつや。
湯気がほこほこあがっている。
「おーめっちゃ美味しそう!
でも、何で“鶏たまご”丼?フツー親子丼だろ?」
そう指摘されて、ちょっぴり恥ずかしくなる。
「鶏たまご丼」と呼ぶのは、彼なりのこだわりだった。
「・・・え?いや、そのネーミング残酷だし、グロいし・・・」
「そういう理由かよ!・・・エロいからじゃねぇのかよっ!」
アカネは変なことを思っていたらしい。
肩を震わせて笑い出した。
エプロンを外しながら、その姿に呆れながら席に着いた。
なぜエロいのかは追究したくなかった。
冷蔵庫から麦茶のボトルを出して、コップをふたつ。
スーパーで貰ってきた割り箸を彼女に差し出した。
「いっただきまーふ」
言い終わらないうちに、ふたり食べ始めていた。
とろりとした優しいたまごの柔らかさ・・・
しゃきしゃきの玉ねぎはほんのり甘い・・・
弾力があって噛むほどにジューシーな鶏肉・・・
甘辛なしっかり出汁が包み込む・・・
・・・もぐもぐ・・・・・・
(・・・食べているときは静かなんだな・・・)
さっきまで彼女にはイヤな気分にさせられていたのに、
今はどういうわけか、そうでもない。
彼女はニコニコしながら丼を持って、
ひとくち、またひとくちと口に運んだ。
「うんうん」
微かに頷く彼女。
気の所為か、微笑んでいるように見えた。
それに思わず見とれていると、
彼はすっかり毒気を抜かれてしまった。
(・・・あ・・・女の子とごはん食べるの初めてだった・・・)
アカネは「鶏たまご丼」に夢中だった。
目の前の彼女に、幸尋はハッとして顔が赤くなった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――1週間後
あれからアカネが夕ごはんを食べに来ても、断わらなくなった。
それが1日、また1日と積み重なっていった。
彼女は毎日家の前で待っているわけではなかった。
待っていたり、待っていなかったりした。
気まぐれと言えばそうなのだが、
彼女の生活は謎に包まれていた。
待っているのに出くわすと、幸尋は溜息をついて、
何も言わずに夕ごはんをふたり分用意した。
料理したものを彼女は必ず残さずに食べ、
食べ終わった後に、恥ずかしそうにお礼を言った。
小さな声だったが、どういうわけかそれが憎めなかった。
彼自身、心境の変化は不思議だった。
相変わらず、彼女の言動は不愉快だった。
それでも「まぁ、いいか」という気持ちが生まれた。
・・・だんだんスーパーでの買い物の量が増えていった。
本当は他人が入り込んでくることが嫌だった。
それでも、幸尋は理想像と異なるアカネに、
だんだん緊張することが減っていった。
お互いズケズケ言い合うようになった。
アカネは言葉遣いが悪く、行儀も悪い。
言い合いになっても、翌日会うとケロリとしている。
彼女は前の日のことを引きずらなかった。
――翌日
「帰ってくるのおせーよ!バカ」
「そんなの女の子の言うことじゃないよ・・・」
出くわすと、いつも文句を言われた。
すると、いつもムッとしながら言い返した。
言い合いしながら、ふたりは家に入る。
言い合いがやがて雑談になっていく。
そうやって、夕ごはんまで過して、
お風呂に入る頃になるとアカネは帰っていく。
(・・・やれやれ・・・今日もこれで済んだぞ・・・)
長い溜息が出る。
それでも不思議と嫌な気持ちではなくなっていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――数日後
「ユッキー、これ濃いーぜ?」
「文句言わないでよ・・・」
味噌汁を啜るアカネがストレートに言う。
インスタントの味噌汁だったが、湯量が少なかったようだ。
いつも木曜日はそわそわして注意力散漫になる。
こうなると、ちょっとしたことも鈍ってしまう。
夕ごはんのメインは肉じゃがだった。
具材はじゃがいも、人参、玉ねぎ、こんにゃく、豚バラ肉。
味付けはボトル入りの濃縮だしに砂糖と味醂。
「肉じゃがはどう?」
「うまいっ」
アカネの単純な感想に幸尋はほくそ笑んだ。
今夜の料理の出来にはそれなりに満足していたのだが、
金曜日からのスケジュールにはげんなりしていた。
「アカネはどんな料理するの?」
「料理なんてするもんじゃねーよ!」
彼は目を丸くした。
料理をしないのかと心配になって、続けて質問した。
「トーストは焼くぜ?」
「はは・・・そうなんだ・・・」
(それ、料理って言わない!)
・・・アカネの謎が深まるばかりだった。
これまで出くわした彼女の様子を振り返ると、
買い物袋をぶら下げていることはあった。
彼が見ているのは、家の前で待っている姿と、
夕ごはんを食べて帰っていく姿だけだった。
(・・・ほ、ホントに実在してるのか?)
あらぬことを考えてしまう。
彼女はこれまで全く見たことがないタイプだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――土曜日
金曜日はいろいろと疲れ果てた。
10時前まで寝ていた幸尋は、ぼおっと無気力状態で、
よたよたしながら身の回りのことをこなした。
彼にしてはめずらしく、まるまる休みの土曜日だった。
・・・ガンガンガン!
「ひいぃいっ!!」
突然、ドアを叩く音にビビッた。
恐る恐る覗き込んでみると、外にはアカネが立っていた。
(な、なんだ・・・アイツか・・・)
ほっとした彼はドアを開けた。
すると、彼女は当然のようにズカズカ上がり込んできた。
(・・・・・・・・・)
その動きを彼は猫背のままに目だけで追う。
何か言う気も起こらなかった。
「鍵、開けとけよな!」
ダイニングのテーブルにドカッと座るなり、
とんでもないことを言った。
「あ、危ないよ、そんなの・・・」
当然のことを返したが、
「開けとけ」にはモヤモヤした。
(寝てる間に上がり込むつもりだったのか!?)
行儀悪くイスに座っていたかと思うと、
今度は外が気になるのか、ベランダに出た。
「おおっ!」
低い声が聞こえた。
とぼとぼ幸尋が見に行くと、アカネがしゃがんで
プランターをじいっと見つめていた。
「おい、花でも育ててんのかよ?」
「違うよ・・・野菜だよ。それトマト・・・」
信じられないというような顔で、見にきた彼を見上げた。
プランターで野菜を育てるのは今年始めたばかりだった。
実は、団地の中庭の共有スペースに小さな畑を作っている。
「野菜を育てるのはイイものなんだよ?」
「はぁ?んなもん、買ってくればいいだろうが~」
「畑、見る?」
「んん?あぁ・・・」
幸尋はちょっと自慢したくなって、畑に案内した。
もうすでに日差しがけっこうキツかった。
今日は少し風が吹いていてまだ涼しい。
彼が暮らす棟の隣りの棟との間に少しスペースがある。
そこでは何人かがささやかな畑を作っている。
花を育てている人もいた。
アカネは眩しそうな顔をしてキョロキョロした。
「お・・・ナスあんじゃん・・・」
「まだ早いけどね・・・」
季節は初夏である。
それでも今年のナスは成長が早いようだった。
ぐぐぅうううう・・・
「・・・やべ」
アカネのおなかが鳴った。
幸尋が見ると、サッと顔を背けた。
「おい、ナス食わせろよ」
「いや、まだ早いって」
「ナス食いたい」
「ダメだよ・・・」
「ナス!ナス!ナス!」
「・・・・・・・・・」
・・・ナスを食べることになった。
ゴリ押しである。ゴリナスである。
今日のお昼は焼きそばの予定だったので、
ナスは夕ごはんの食材にすることになった。
「おい、このナス何か細長いな?
太さ指2本ぐらいしかねーじゃん・・・」
「う、うるさいよ!」
可愛いナスなのに、幼いうちに摘んでしまうのが勿体無い。
それなのに、彼女がニヤニヤしているのが納得できなかった。
「ふぅい~」
家に戻ってくると、彼女はリビングのソファにドカッと座り、
テレビをぼんやり見て、ザッピングした。
(まるでおっちゃんじゃないか・・・)
彼はそんな姿を「だらしないな」と思いつつ、
昼ごはんに焼きソバを作り始めた。
もう13時を過ぎていた。
遅めの昼ごはんである。
残っていた人参半分、玉ねぎ1個を刻んで、
フライパンに油をひいて、火を点ける。
・・・じゅじゅじゅじゅ~
(ああ・・・何でふたり分作ってるんだろ・・・)
しばらくすると、具材に火が通ってきた。
そこに少量の豚バラ肉を入れて軽く炒める。
豚肉の赤みがちょっと残る状態で、麺を入れた。
すぐに粉末出汁をパラパラ振り掛けて、水を垂らす。
・・・じゅわわわわ・・・
もわもわっと湯気が上がっていく。
しばらく炒めて水分を飛ばす。
・・・こっぽこっぽ・・・
・・・じゅじゅじゅじゅ~!
ソースを少し多めにかけた。
スパイスの効いた甘辛い匂いが一気に広がっていく。
「ん~いい匂い~」
すぐ後ろで声がした。
匂いに釣られてやって傍までやって来た。
「そろそろできるよ」
そう言って、後ろを振り向くと、
彼女はもうテーブルについていた。
「マヨネーズ!マヨネーズ!」
当然のように、焼きソバにかけ始めた。
幸尋はそれを見てげんなりした。
・・・ぷりゅりゅりゅりゅ・・・
「かけなくても美味しいのに!」
「かけたら、もっとうまいんだよー」
表面に白い網がかかったような焼きソバを
美味しそうに啜った。
彼はマヨネーズをかけない派なので、
彼女の趣向に呆れながら、焼きソバを啜った。
(謎だ・・・女の子って、こうなのか・・・?)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お昼の後、幸尋が洗い物をしている間、アカネはごろごろしていた。
しばらくすると何を思い立ったのか、家の中をあちこち物色し始めた。
隣り同士なのだから、間取りは同じなはずである。
それでも何がめずらしいのか、あちこちトコトコ歩き回り、
いたるところをパカパカ開けた。
そのうち、物置だった一間をガラリと開けた。
「おぉ、ここ使ってねぇーのかよ?」
「あぁ、うん。ひとりだからね。そこは物置。」
つまらない質問だった。
この団地は2LDKの間取りである。
ひとりで暮らすには充分過ぎる。
「あたし決めた。ここ、あたしの部屋にするー」
「ええっ!?」
突然の宣言に幸尋はギョッとした。
どういう発想なのだろう。
「ちょっと昼寝するからな。
ここ開けたら、しばくからな!」
そう言うと、ピシッと引き戸が閉められてしまった。
その戸に幸尋がおろおろ張り付く。
「ちょ、ちょっとぉ~困るよぉ~」
泣きそうになった。
どうしてこんなことになるのだろう。
「うるせえっ!!」
中から怒鳴られて、シュンとなった。
彼はがっくり下を向くと、とぼとぼダイニングに入っていった。
テーブルのイスに座って、頭を抱え込んだ。
(超絶面倒なことになった!!)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――2時間後
「っは!!」
気がつくと、幸尋は座ったまま寝てしまっていた。
テーブルの上に涎が垂れていた。
壁の掛け時計を見ると、16時を過ぎていた。
(・・・ウソだ・・・夢じゃないのか・・・)
寝起きというのは嫌なことばかり頭に浮かんでくる。
つい昨日まで物置だった一間が、今はワケの分からない
女に占拠されてしまっている。
おまけにその女はまだグースカ寝ている。
(あぁ・・・ボクの独り暮らしが・・・)
絶望に苛まれながら、キッチンに立つと、
夕ごはんの支度を始めた。
早め早めに家事をこなしていかないと、
後々大変な目に遭ってしまう。
(あぁ・・・何でこんなことしてるんだろう・・・)
収穫してきたナスはリビングに放置したままだった。
ナスを手に取ると、何だか空しくなってきた。
今夜はこれで料理しないといけない。
「あれ、おかしいな・・・もう1本あったはず・・・」
どこかに転がったのかと、リビングを見回す。
それでも見当たらなくてキッチンのほうも見てみる。
「無いな・・・」
・・・ガラッ!
アカネが出てきた。
その手にはナスが握られている。
「あっ!ナス隠してたなっ!」
「いやっ!あの・・・そ、それはな・・・」
寝起きの彼女はどぎまぎしていた。
ナスを幸尋が奪い取る。
「まぁ、とにかくもらうよ。
今日のおかずにするって言ったでしょ・・・」
「あ~それはマズいんじゃね?マズいよ!」
「美味しいよ!ボクが育てたんだよ!?」
バカにされているように思った。
確かに、スーパーに売っているナスと比べると、小さくて細い。
はっきり言ってみすぼらしいナスだ。
「いや~そういうことじゃなくて・・・」
「もういいから!」
何かと絡む彼女を振り払った。
こんなところで時間をムダにするわけにはいかない。
(・・・タイミングが悪かったな?バカめ・・・
ナスを隠して困らせる魂胆か・・・甘いんだよ・・・)
今夜の夕ごはんはマーボーナスにした。
さっき咄嗟に決めた。
突っ立ったアカネをそのままに、幸尋は夕ごはんの段取りを始めた。
さっさと手際よく米を洗って、炊飯器にセットした。
炊き上がるまでの時間に、洗濯物を取り込んでたたみ、
風呂を洗って、湯入れの予約をセットしておく。
幸尋がベランダにバスルームに忙しく立ち回っていると、
アカネはリビングのソファにちょこんと座っていた。
どういうワケか、機能停止しているように静かだった。
――料理開始
ナスをさっと水で洗って、適当な大きさに切る。
それを油をひいたフライパンで焼いていく。
ほんのり焼き目がついてくると、豚肉のこま切れを投入する。
とたんに肉の美味しそうな匂いが漂い始める。
何度か作っていて、豚肉のほうが火の通りが早いのが分かった。
今では敢えて茄子を先に炒めてから、豚肉を入れる。
これがいいのかどうかは分からない。
豚肉に少し赤みが残っている状態で、
マーボーのレトルトソースを絡める。
香辛料の効いた香ばしく辛味の匂いが一気に広がる。
ぐつぐつ煮立ってきたら、いったん火を止める。
片栗粉を水に溶いて、ささっとまんべんなくかける。
それから、再び火を点けて弱火の状態で、少しかき混ぜる。
幸尋が料理をテキパキ進めるキッチンの後ろでは、
いつの間にかテーブルのイスにアカネが腰掛けていた。
どうも様子がおかしい。
キッチンで料理する彼を見ながらしきりに気にしている。
「ナスっていいよな!この野菜はけっこう好きだぜ!」
「何だよ、急に・・・」
「何かさ、すべすべしてて、いい形してんじゃん?」
別にナスの感触や形を云々されたくない。
可愛いナスを食べてしまうことをもう少し有難く思って欲しかった。
「それ、味に関係ないですよ・・・」
「あっ!そ、そ、そうだな・・・」
くだらないやりとりをしているうちに、
マーボーナスが出来上がった。
「まぁ、とにかく食べようよ。冷めるから。」
ふたりの前に大皿に盛ったマーボーナス。
ふたりともごはんをこんもり盛った。
飲み物は麦茶である。
「いただきまーふ」
言い終わらない内に、大皿から取り分けて、
幸尋が熱々のマーボーナスをひとくち食べようとする。
「食べちゃダメーっ!」
「ど、ど、ど、どうして!」
突然のアカネからのストップに、
幸尋はビクッとして動きを止めた。
「ナスでひとりエッチした!」
幸尋の時間が止まった。
(ええええええええっ!!)
呆然として、ゆっくりアカネを見た。
彼女はゆっくり視線を外した。
マーボーナスと彼女とを目だけが往復する・・・。
・・・ごくり・・・
「・・・ま、まぁ・・・火を通してるし・・・」
それが何の解決になるのか。
幸尋は宥めるように言うと、少し「ははっ」と変に笑って
ムダに湯気が上がるマーボーナスを食べ始めた。
(アカネがナスでひとりエッチ!)
(アカネがナスでひとりエッチ!)
(アカネがナスでひとりエッチ!)
うわんうわん禁断のフレーズが頭をこだまする。
アカネがどんな格好で自慰していたのか、
どれぐらいの時間をかけて自慰していたのか。
あのときテーブルで寝ていたのが悔やまれた。
(・・・ダ、ダメだっ!こんなこと)
平気を装っても、スプーンが震えてしまう。
「うん、うまい・・・。マーボーナスってうまいよな!」
アカネの声が上擦っていた。
幸尋はそれどころではなかった。
マーボーナスをひとくち食べるたびに、
頭のなかをナスが縦横無尽に飛び交った・・・。
(つづく)
「あたし、お前とうまくやってけそーだ♪」
「か、勝手なことを・・・」
スーパーで買ってきた食料品を冷蔵庫や野菜カゴに移す幸尋。
それを楽しそうに眺めているアカネ。
彼はムカムカしていた。
・・・あんな初対面の翌日。
アカネは宣言どおり、幸尋の家の前に座り込んでいた。
彼にとっては「まさか」の出来事だった。
あんなことを宣言していたものの、
時間が経てば気が変わると思っていた。
それが、家の前にいる。
そんなアカネを無視して家に入ろうとしたが、
彼女は素早く足をドアに差し込んできて、
するりと家の中に入られてしまった。
あわあわ追いかけていくと、ダイニングにいた。
ちゃっかりテーブルのイスにドカッと座った。
(何なんだよ!この女っ)
ダイニングの入り口で呆然とした。
目の前で起きていることが信じられなかった。
・・・幸尋は仕方なく、買ってきた食料品をかたづけた。
それをアカネはテーブルに頬杖をついて眺めた。
(・・・ったく、よく喋るな・・・)
アカネは片膝を立てて行儀悪く座ったまま、
べらべらと学校でのことを話した。
幸尋はそれを背中で聞きながら家事をこなした。
ワケの分からない女と話すヒマは無かった。
「なぁ、いいだろ?ご・は・ん!」
「・・・!?」
話をほとんど聞いてなかった。
急に引っ掛かるフレーズが耳に飛び込んできた。
「ごはん食わせろよ~」
「な!なんでだよっ!!」
「ごはん!」
「イヤだ!」
「バカ!」
「イヤだ!」
・・・不毛な押し問答が続いた。
結局、幸尋はアカネの分まで
夕ごはんを作る破目になった・・・。
――10分後
幸尋が部屋着のジャージに着替えてきた。
顔は不機嫌そのものである。
エプロンを着けてキッチンに立つと、
無言で料理を始めた。
「へぇ~エプロン似合うじゃん♪」
アカネはイスに座ったまま、べたっと身体をテーブルに乗せていた。
彼は背後で声がするのにも応じず、テキパキ料理を進めた。
先に米を洗って、炊飯器にセットした。
明日の朝ごはん用も夜のうちに炊いてしまう。
今日はふたり分だから調子が狂う。
炊き上がりの時間に合わせるため、弁当を先に作ることにした。
彼は節約のため、学校には弁当持参である。
冷蔵庫から残り物と詰めればいいだけのものを出して、
さっさと詰めていく。ごはんは朝、レンジで温めて入れる。
「ちょ!おまっ!弁当作ってんのかよっ!」
後ろから驚きの声が上がる。
彼にはルーティーンなことなので、ウザくて仕方ない。
「あーそーですよー!」
かまぼこを切っていた包丁を持ったまま振り返る。
何だか急に恥ずかしくなってくる。
座っていたアカネは幸尋の傍までやってきて、
めずらしそうに弁当を覗き込んだ。
(せめてイスに座ってろよっ)
カッカするやら、恥ずかしいやら、
ごちゃごちゃの気持ちを抑えながら、
ひたすら弁当作りを進めた。
――10分後
ようやく夕ごはんの準備に入る。
冷蔵庫からパック詰めされた鶏もも肉、
たまご、玉ねぎ、ボトル入りの濃縮出汁を出す。
脇の野菜カゴから玉ねぎをふたつ取る。
調味料が入った棚から、砂糖を出す。
玉ねぎの皮を剥き、軽く水で洗う。
水を切ってまな板に置く。
玉ねぎに手を添えて、包丁を構える。
(・・・よしっ・・・)
深呼吸して、上体を後ろに反らせる。
・・・しゃくしゃくしゃく・・・
素早く玉ねぎを切っていく。
はっきり言って、上体を後ろに反らせるのは得策ではない。
ただ幸尋は玉ねぎを切ると目に沁みるのが嫌なのだ。
切り進めるにつれ、反りが大きくなっていく。
真横から見れば“C”のようである。
「あっはっはっは!」
アカネがぱちぱちと手を叩きながら笑っている。
幸尋はこの姿勢を崩すワケにはいかない。
この姿勢でも、目に沁みることは沁みる。
普通に切るよりはちょっとマシという程度である。
(・・・ぐぬぬぬっ!おのれぇっ!)
目に沁みる、アカネに笑われる。
これまで、こんな姿は誰にも見せなかった。
独りでやるぶんには「合理的だ」とさえ思っていたのだ。
今日は思わぬ屈辱を被ることになってしまった。
ようやく玉ねぎを切り終えて、雪平鍋に投入する。
今日は異例のふたり分なので、もうひとつはフライパンで作る。
そこに砂糖をふり、濃縮出汁を目分量で注いで、水を加える。
ガスコンロに火をつけ、煮込み始める。
煮汁が沸き立つまでの時間、今度は鶏もも肉を一口サイズに切る。
玉ねぎとは違って、これは普通の姿勢で切る。
・・・じゅわわわ~・・・
玉ねぎに火が通ってきたので、鶏肉を投入した。
肉に火が通るまでまだ少しある。
(やっぱネギも入れるか・・・)
包丁を軽く洗って、ネギを斜め切りに刻む。
これは見栄えのために添える。
たまごを割って溶いておく。
幸尋は卵白が切れるまでしっかり溶くタイプだった。
何度か料理しているうちに、
肉は余熱で火を通すということを覚えた。
あまり火を通すとパサパサな食感になるので、
見極めのタイミングはけっこう大事だった。
(・・・まだだ・・・)
先に斜め切りにしておいたネギを真ん中に少し乗せる。
これもただ乗せるだけではなく、見栄えよく乗せる。
(今だっ!!)
まだ少し火を通したいところで、弱火にして
溶きたまごをゆっくり回し掛けしていく。
たまごが半熟になるまでの短い時間を使って、
炊き上がったごはんを丼によそう。
「もうちょっと、もうちょっと!」
ごはんの量をアカネに見せると、増量を求められた。
すかさず火の通り具合を見る。
右の雪平鍋、左のフライパン、どちらもちょうど頃合いだった。
丼へは具をするりと移したい。
鍋と具のくっつきを取るため、箸で具全体をつついて動かす。
ごとん・・・
「鶏たまご丼、でけたよ・・・」
テーブルに丼がふたつ並ぶ。
幸尋はちょっぴり得意である。
甘辛い香りに出汁のしっかりしたカツオ風味が漂う。
半熟のたまごはぷるぷる、鶏肉や玉ねぎはつやつや。
湯気がほこほこあがっている。
「おーめっちゃ美味しそう!
でも、何で“鶏たまご”丼?フツー親子丼だろ?」
そう指摘されて、ちょっぴり恥ずかしくなる。
「鶏たまご丼」と呼ぶのは、彼なりのこだわりだった。
「・・・え?いや、そのネーミング残酷だし、グロいし・・・」
「そういう理由かよ!・・・エロいからじゃねぇのかよっ!」
アカネは変なことを思っていたらしい。
肩を震わせて笑い出した。
エプロンを外しながら、その姿に呆れながら席に着いた。
なぜエロいのかは追究したくなかった。
冷蔵庫から麦茶のボトルを出して、コップをふたつ。
スーパーで貰ってきた割り箸を彼女に差し出した。
「いっただきまーふ」
言い終わらないうちに、ふたり食べ始めていた。
とろりとした優しいたまごの柔らかさ・・・
しゃきしゃきの玉ねぎはほんのり甘い・・・
弾力があって噛むほどにジューシーな鶏肉・・・
甘辛なしっかり出汁が包み込む・・・
・・・もぐもぐ・・・・・・
(・・・食べているときは静かなんだな・・・)
さっきまで彼女にはイヤな気分にさせられていたのに、
今はどういうわけか、そうでもない。
彼女はニコニコしながら丼を持って、
ひとくち、またひとくちと口に運んだ。
「うんうん」
微かに頷く彼女。
気の所為か、微笑んでいるように見えた。
それに思わず見とれていると、
彼はすっかり毒気を抜かれてしまった。
(・・・あ・・・女の子とごはん食べるの初めてだった・・・)
アカネは「鶏たまご丼」に夢中だった。
目の前の彼女に、幸尋はハッとして顔が赤くなった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――1週間後
あれからアカネが夕ごはんを食べに来ても、断わらなくなった。
それが1日、また1日と積み重なっていった。
彼女は毎日家の前で待っているわけではなかった。
待っていたり、待っていなかったりした。
気まぐれと言えばそうなのだが、
彼女の生活は謎に包まれていた。
待っているのに出くわすと、幸尋は溜息をついて、
何も言わずに夕ごはんをふたり分用意した。
料理したものを彼女は必ず残さずに食べ、
食べ終わった後に、恥ずかしそうにお礼を言った。
小さな声だったが、どういうわけかそれが憎めなかった。
彼自身、心境の変化は不思議だった。
相変わらず、彼女の言動は不愉快だった。
それでも「まぁ、いいか」という気持ちが生まれた。
・・・だんだんスーパーでの買い物の量が増えていった。
本当は他人が入り込んでくることが嫌だった。
それでも、幸尋は理想像と異なるアカネに、
だんだん緊張することが減っていった。
お互いズケズケ言い合うようになった。
アカネは言葉遣いが悪く、行儀も悪い。
言い合いになっても、翌日会うとケロリとしている。
彼女は前の日のことを引きずらなかった。
――翌日
「帰ってくるのおせーよ!バカ」
「そんなの女の子の言うことじゃないよ・・・」
出くわすと、いつも文句を言われた。
すると、いつもムッとしながら言い返した。
言い合いしながら、ふたりは家に入る。
言い合いがやがて雑談になっていく。
そうやって、夕ごはんまで過して、
お風呂に入る頃になるとアカネは帰っていく。
(・・・やれやれ・・・今日もこれで済んだぞ・・・)
長い溜息が出る。
それでも不思議と嫌な気持ちではなくなっていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――数日後
「ユッキー、これ濃いーぜ?」
「文句言わないでよ・・・」
味噌汁を啜るアカネがストレートに言う。
インスタントの味噌汁だったが、湯量が少なかったようだ。
いつも木曜日はそわそわして注意力散漫になる。
こうなると、ちょっとしたことも鈍ってしまう。
夕ごはんのメインは肉じゃがだった。
具材はじゃがいも、人参、玉ねぎ、こんにゃく、豚バラ肉。
味付けはボトル入りの濃縮だしに砂糖と味醂。
「肉じゃがはどう?」
「うまいっ」
アカネの単純な感想に幸尋はほくそ笑んだ。
今夜の料理の出来にはそれなりに満足していたのだが、
金曜日からのスケジュールにはげんなりしていた。
「アカネはどんな料理するの?」
「料理なんてするもんじゃねーよ!」
彼は目を丸くした。
料理をしないのかと心配になって、続けて質問した。
「トーストは焼くぜ?」
「はは・・・そうなんだ・・・」
(それ、料理って言わない!)
・・・アカネの謎が深まるばかりだった。
これまで出くわした彼女の様子を振り返ると、
買い物袋をぶら下げていることはあった。
彼が見ているのは、家の前で待っている姿と、
夕ごはんを食べて帰っていく姿だけだった。
(・・・ほ、ホントに実在してるのか?)
あらぬことを考えてしまう。
彼女はこれまで全く見たことがないタイプだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――土曜日
金曜日はいろいろと疲れ果てた。
10時前まで寝ていた幸尋は、ぼおっと無気力状態で、
よたよたしながら身の回りのことをこなした。
彼にしてはめずらしく、まるまる休みの土曜日だった。
・・・ガンガンガン!
「ひいぃいっ!!」
突然、ドアを叩く音にビビッた。
恐る恐る覗き込んでみると、外にはアカネが立っていた。
(な、なんだ・・・アイツか・・・)
ほっとした彼はドアを開けた。
すると、彼女は当然のようにズカズカ上がり込んできた。
(・・・・・・・・・)
その動きを彼は猫背のままに目だけで追う。
何か言う気も起こらなかった。
「鍵、開けとけよな!」
ダイニングのテーブルにドカッと座るなり、
とんでもないことを言った。
「あ、危ないよ、そんなの・・・」
当然のことを返したが、
「開けとけ」にはモヤモヤした。
(寝てる間に上がり込むつもりだったのか!?)
行儀悪くイスに座っていたかと思うと、
今度は外が気になるのか、ベランダに出た。
「おおっ!」
低い声が聞こえた。
とぼとぼ幸尋が見に行くと、アカネがしゃがんで
プランターをじいっと見つめていた。
「おい、花でも育ててんのかよ?」
「違うよ・・・野菜だよ。それトマト・・・」
信じられないというような顔で、見にきた彼を見上げた。
プランターで野菜を育てるのは今年始めたばかりだった。
実は、団地の中庭の共有スペースに小さな畑を作っている。
「野菜を育てるのはイイものなんだよ?」
「はぁ?んなもん、買ってくればいいだろうが~」
「畑、見る?」
「んん?あぁ・・・」
幸尋はちょっと自慢したくなって、畑に案内した。
もうすでに日差しがけっこうキツかった。
今日は少し風が吹いていてまだ涼しい。
彼が暮らす棟の隣りの棟との間に少しスペースがある。
そこでは何人かがささやかな畑を作っている。
花を育てている人もいた。
アカネは眩しそうな顔をしてキョロキョロした。
「お・・・ナスあんじゃん・・・」
「まだ早いけどね・・・」
季節は初夏である。
それでも今年のナスは成長が早いようだった。
ぐぐぅうううう・・・
「・・・やべ」
アカネのおなかが鳴った。
幸尋が見ると、サッと顔を背けた。
「おい、ナス食わせろよ」
「いや、まだ早いって」
「ナス食いたい」
「ダメだよ・・・」
「ナス!ナス!ナス!」
「・・・・・・・・・」
・・・ナスを食べることになった。
ゴリ押しである。ゴリナスである。
今日のお昼は焼きそばの予定だったので、
ナスは夕ごはんの食材にすることになった。
「おい、このナス何か細長いな?
太さ指2本ぐらいしかねーじゃん・・・」
「う、うるさいよ!」
可愛いナスなのに、幼いうちに摘んでしまうのが勿体無い。
それなのに、彼女がニヤニヤしているのが納得できなかった。
「ふぅい~」
家に戻ってくると、彼女はリビングのソファにドカッと座り、
テレビをぼんやり見て、ザッピングした。
(まるでおっちゃんじゃないか・・・)
彼はそんな姿を「だらしないな」と思いつつ、
昼ごはんに焼きソバを作り始めた。
もう13時を過ぎていた。
遅めの昼ごはんである。
残っていた人参半分、玉ねぎ1個を刻んで、
フライパンに油をひいて、火を点ける。
・・・じゅじゅじゅじゅ~
(ああ・・・何でふたり分作ってるんだろ・・・)
しばらくすると、具材に火が通ってきた。
そこに少量の豚バラ肉を入れて軽く炒める。
豚肉の赤みがちょっと残る状態で、麺を入れた。
すぐに粉末出汁をパラパラ振り掛けて、水を垂らす。
・・・じゅわわわわ・・・
もわもわっと湯気が上がっていく。
しばらく炒めて水分を飛ばす。
・・・こっぽこっぽ・・・
・・・じゅじゅじゅじゅ~!
ソースを少し多めにかけた。
スパイスの効いた甘辛い匂いが一気に広がっていく。
「ん~いい匂い~」
すぐ後ろで声がした。
匂いに釣られてやって傍までやって来た。
「そろそろできるよ」
そう言って、後ろを振り向くと、
彼女はもうテーブルについていた。
「マヨネーズ!マヨネーズ!」
当然のように、焼きソバにかけ始めた。
幸尋はそれを見てげんなりした。
・・・ぷりゅりゅりゅりゅ・・・
「かけなくても美味しいのに!」
「かけたら、もっとうまいんだよー」
表面に白い網がかかったような焼きソバを
美味しそうに啜った。
彼はマヨネーズをかけない派なので、
彼女の趣向に呆れながら、焼きソバを啜った。
(謎だ・・・女の子って、こうなのか・・・?)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お昼の後、幸尋が洗い物をしている間、アカネはごろごろしていた。
しばらくすると何を思い立ったのか、家の中をあちこち物色し始めた。
隣り同士なのだから、間取りは同じなはずである。
それでも何がめずらしいのか、あちこちトコトコ歩き回り、
いたるところをパカパカ開けた。
そのうち、物置だった一間をガラリと開けた。
「おぉ、ここ使ってねぇーのかよ?」
「あぁ、うん。ひとりだからね。そこは物置。」
つまらない質問だった。
この団地は2LDKの間取りである。
ひとりで暮らすには充分過ぎる。
「あたし決めた。ここ、あたしの部屋にするー」
「ええっ!?」
突然の宣言に幸尋はギョッとした。
どういう発想なのだろう。
「ちょっと昼寝するからな。
ここ開けたら、しばくからな!」
そう言うと、ピシッと引き戸が閉められてしまった。
その戸に幸尋がおろおろ張り付く。
「ちょ、ちょっとぉ~困るよぉ~」
泣きそうになった。
どうしてこんなことになるのだろう。
「うるせえっ!!」
中から怒鳴られて、シュンとなった。
彼はがっくり下を向くと、とぼとぼダイニングに入っていった。
テーブルのイスに座って、頭を抱え込んだ。
(超絶面倒なことになった!!)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――2時間後
「っは!!」
気がつくと、幸尋は座ったまま寝てしまっていた。
テーブルの上に涎が垂れていた。
壁の掛け時計を見ると、16時を過ぎていた。
(・・・ウソだ・・・夢じゃないのか・・・)
寝起きというのは嫌なことばかり頭に浮かんでくる。
つい昨日まで物置だった一間が、今はワケの分からない
女に占拠されてしまっている。
おまけにその女はまだグースカ寝ている。
(あぁ・・・ボクの独り暮らしが・・・)
絶望に苛まれながら、キッチンに立つと、
夕ごはんの支度を始めた。
早め早めに家事をこなしていかないと、
後々大変な目に遭ってしまう。
(あぁ・・・何でこんなことしてるんだろう・・・)
収穫してきたナスはリビングに放置したままだった。
ナスを手に取ると、何だか空しくなってきた。
今夜はこれで料理しないといけない。
「あれ、おかしいな・・・もう1本あったはず・・・」
どこかに転がったのかと、リビングを見回す。
それでも見当たらなくてキッチンのほうも見てみる。
「無いな・・・」
・・・ガラッ!
アカネが出てきた。
その手にはナスが握られている。
「あっ!ナス隠してたなっ!」
「いやっ!あの・・・そ、それはな・・・」
寝起きの彼女はどぎまぎしていた。
ナスを幸尋が奪い取る。
「まぁ、とにかくもらうよ。
今日のおかずにするって言ったでしょ・・・」
「あ~それはマズいんじゃね?マズいよ!」
「美味しいよ!ボクが育てたんだよ!?」
バカにされているように思った。
確かに、スーパーに売っているナスと比べると、小さくて細い。
はっきり言ってみすぼらしいナスだ。
「いや~そういうことじゃなくて・・・」
「もういいから!」
何かと絡む彼女を振り払った。
こんなところで時間をムダにするわけにはいかない。
(・・・タイミングが悪かったな?バカめ・・・
ナスを隠して困らせる魂胆か・・・甘いんだよ・・・)
今夜の夕ごはんはマーボーナスにした。
さっき咄嗟に決めた。
突っ立ったアカネをそのままに、幸尋は夕ごはんの段取りを始めた。
さっさと手際よく米を洗って、炊飯器にセットした。
炊き上がるまでの時間に、洗濯物を取り込んでたたみ、
風呂を洗って、湯入れの予約をセットしておく。
幸尋がベランダにバスルームに忙しく立ち回っていると、
アカネはリビングのソファにちょこんと座っていた。
どういうワケか、機能停止しているように静かだった。
――料理開始
ナスをさっと水で洗って、適当な大きさに切る。
それを油をひいたフライパンで焼いていく。
ほんのり焼き目がついてくると、豚肉のこま切れを投入する。
とたんに肉の美味しそうな匂いが漂い始める。
何度か作っていて、豚肉のほうが火の通りが早いのが分かった。
今では敢えて茄子を先に炒めてから、豚肉を入れる。
これがいいのかどうかは分からない。
豚肉に少し赤みが残っている状態で、
マーボーのレトルトソースを絡める。
香辛料の効いた香ばしく辛味の匂いが一気に広がる。
ぐつぐつ煮立ってきたら、いったん火を止める。
片栗粉を水に溶いて、ささっとまんべんなくかける。
それから、再び火を点けて弱火の状態で、少しかき混ぜる。
幸尋が料理をテキパキ進めるキッチンの後ろでは、
いつの間にかテーブルのイスにアカネが腰掛けていた。
どうも様子がおかしい。
キッチンで料理する彼を見ながらしきりに気にしている。
「ナスっていいよな!この野菜はけっこう好きだぜ!」
「何だよ、急に・・・」
「何かさ、すべすべしてて、いい形してんじゃん?」
別にナスの感触や形を云々されたくない。
可愛いナスを食べてしまうことをもう少し有難く思って欲しかった。
「それ、味に関係ないですよ・・・」
「あっ!そ、そ、そうだな・・・」
くだらないやりとりをしているうちに、
マーボーナスが出来上がった。
「まぁ、とにかく食べようよ。冷めるから。」
ふたりの前に大皿に盛ったマーボーナス。
ふたりともごはんをこんもり盛った。
飲み物は麦茶である。
「いただきまーふ」
言い終わらない内に、大皿から取り分けて、
幸尋が熱々のマーボーナスをひとくち食べようとする。
「食べちゃダメーっ!」
「ど、ど、ど、どうして!」
突然のアカネからのストップに、
幸尋はビクッとして動きを止めた。
「ナスでひとりエッチした!」
幸尋の時間が止まった。
(ええええええええっ!!)
呆然として、ゆっくりアカネを見た。
彼女はゆっくり視線を外した。
マーボーナスと彼女とを目だけが往復する・・・。
・・・ごくり・・・
「・・・ま、まぁ・・・火を通してるし・・・」
それが何の解決になるのか。
幸尋は宥めるように言うと、少し「ははっ」と変に笑って
ムダに湯気が上がるマーボーナスを食べ始めた。
(アカネがナスでひとりエッチ!)
(アカネがナスでひとりエッチ!)
(アカネがナスでひとりエッチ!)
うわんうわん禁断のフレーズが頭をこだまする。
アカネがどんな格好で自慰していたのか、
どれぐらいの時間をかけて自慰していたのか。
あのときテーブルで寝ていたのが悔やまれた。
(・・・ダ、ダメだっ!こんなこと)
平気を装っても、スプーンが震えてしまう。
「うん、うまい・・・。マーボーナスってうまいよな!」
アカネの声が上擦っていた。
幸尋はそれどころではなかった。
マーボーナスをひとくち食べるたびに、
頭のなかをナスが縦横無尽に飛び交った・・・。
(つづく)
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