そんなの女の子の言うことじゃないですよ ― ギャル系女子と出くわした無気力系男子 ―

たゆたん

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第1話:突然の出会い

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■第1話:突然の出会い






「・・・うぅ~んっ!」





堤に上ると、川が一望できる。

きらきら光る流れに、さわさわと茂る草木。
ふわりと身を包むような風が心地よかった。


ここは幸尋ゆきひろが暮らす古びた団地まで、すぐのところだった。

高校から帰ってきて、そのまま団地に入らなかった。
気まぐれにちょっぴり道から外れて堤に上る。


しばらくゆっくり堤を歩いていると、心を空っぽにできる。


独り暮らしの彼にとって、この辺りは絶対領域だった。
全く面白くもない学校生活から解放される時間が好きだった。





(・・・さぁ、帰るか・・・)


堤から階段を降りると、すぐ古びた団地の敷地である。


4階建てのコンクリート棟がいくつも並んでいる。
外壁は黒ずんでしまっていて、ひっそりしている。

今では団地に暮らす人も少なくなっている。
幸尋の家がある2階もガラガラである。



彼はゆっくり階段を上がっていく。





(・・・ん?)



階段の踊り場を折り返すと、
廊下に誰か座り込んでいた。




(・・・女子?)



幸尋は高校生になってから、この団地で独り暮らしを始めたが、
こんなことは初めてのことだった。


ステップを上がっていくと、その子は胡坐あぐらをかいていた。




(うわ・・・苦手そうな女子だ・・・)



目が合ってしまったような気がして、すぐ目を反らした。


顔は整った目鼻立ちで、目は少し涼やかだった。
髪はセミロングではあるが、前髪は相当遊ばせている。


彼女の制服は幸尋の学校とは違うものだった。
ブレザーの着こなしも少し着崩していて派手だった。


(・・・ギャル系だ・・・・・・)


ブラウスの胸元は豊かな膨らみを見せながらちょっとはだけていた。
スカートもずいぶん短くしていて、太ももがまぶしい。

一瞬のうちに彼女を観察しながら、傍を通り過ぎようとする。




「てめぇ・・・パンツ見ただろ?」


いきなりの難癖だった。

芯のある声に、少し可愛さがある。
その声に思わず足が止まってしまった。




「え?・・・み、見てないよ・・・」


まさか声を掛けられるなんて、思いもしなかった。
難癖をつけられて一気に緊張する。



「あたしのピンクのパンツ見たろ?」


彼女はすっと立ち上がって、幸尋に詰め寄る。
難癖をつけてきたわりに、顔がニヤニヤしている。



「え!?メロン色みたいだったけど・・・」


実は、ちゃんと見てしまっていた。

見たものと違っていたから、反射的に応えてしまった。
顔だけ彼女のほうに向いてしまう。



「やっぱ見てんじゃねぇか!」


(カマかけられたー!!)


鮮やかな手際だった。

逃げるように廊下を歩き出した。
とてもヤバそうな女の子に思えてならなかった。



「あたしのパンツ見てバックレるのかよ!てめぇ!」


すっと先回りして、彼にまとわりつく。
バッグから垂れ下がるアクセサリーがじゃらじゃら鳴る。


「あんなところに座ってたら誰にでも見えるって!」


団地は平穏そのものである。
廊下だけが騒がしい。



「ハァ?何だと?なめんなよ?
おい!聞いてんのかよ!急に止まりやがって!」




ガチャガチャ・・・



「ここ、ボクの家なんだけど・・・」


いつもはスッと開くはずの鍵がなかなか開かない。

鍵を開けて、さっさと家に入ってしまえば、
彼女もあきらめるかもしれない。



「え?お前、ここなのか?あ、安藤ってのか?」


「そ、そうだけど・・・」


半分ほど身体を玄関に入れた状態で応える。

彼女はさっきまでのトゲトゲしいのが消えて、
単純に驚いているようだった。



「ははーん、じゃ、隣り同士だ!」


幸尋にはワケが分からなかった。
さっきの動揺がまだ収まっていない。

少し遅れて「隣り」という言葉に引っ掛かりを覚えた。



「・・・え?両隣りとも空き部屋だったんじゃ・・・?」


「何言ってんの?あたし、前から住んでんだぜ~」


その言葉に今度は幸尋が驚いた。

ここに暮らしてもう2年目になるのに、
隣りから人の気配を感じたことは無かった。

古びた団地といっても、造りだけはかなり頑丈である。
もしかしたら、単に生活音が聞こえないだけだったのかもしれない。

それに生活リズムが違えば、案外分からないものかもしれない。




「何だよ、その顔、よろこべよ!」


「・・・ぇえ・・・じゃ、自己紹介とか・・・する?」


しぶしぶ訊いてみた。
彼女の軽そうなノリが何となく釈然としない。



「あたし、アカネ!」


「ボク、安藤幸尋・・・」


彼女に下の名前だけ言われて、げんなりした。
かと言って、もう改めて訊く気もしない。




「分かった、じゃ、ユッキーだな」


「勝手にアダ名つけないで・・・」


初対面で難癖をつけてきたのに、もうすでにれ馴れしい。

「ユッキー」というアダ名を付けられたのは初めてだった。
彼には何とも軽薄な響きに思えて嫌だった。



「いーだろ別に。」


アカネは全く撤回する気は無いらしい。
それどころか、「どうだ」というように平然としている。


一方の幸尋は彼女にアダ名を付ける気は毛頭もうとうなく、
ストレートに受け止めていた。



「・・・アカネ・・・か・・・
意外にいい名前だね・・・」


名前の音の響きに素直にそう思った。
彼女にしっくりくる名前だった。



「“意外”って何だよ・・・てめぇ」


アカネは不服そうに言い返したが、
そのほおは少し赤くなっていた。



(・・・何でだろう・・・)


彼女の反応が不思議だった。

幸尋はロクに女の子と接したことがない。
高校生になれば、「そういうこともあるのかな」と
思っていた彼だったが、そんな思いは散々裏切られてきた。



「とりあえず、上がらせろよ~
隣同士だろ?もてなせよ!」


「えぇっ!?」


アカネは次々と幸尋が予測できないことを言った。
そんな彼女に彼は戸惑うばかりだった。




「ふん!上がるったら上がるぜ!」


そう言うと、無理やり半開きのドアをこじ開けて、
彼より先にずかずかと上がっていった。




「うっそ!マジでキレーくない?」


「あぁ~どうして上がるかなぁ!」


急いで後を追っていくと、彼女はキッチンに入り込んでいた。
きょろきょろ辺りを見回している。

もう迷惑この上ない。


「あー何か飲ませろよ」


「ぷんすか!」


幸尋の言葉づかいや言葉のチョイスは
ちょっと変わっているかもしれない。




「あははは!それ、声に出す奴、初めて見た!」


アカネは手を叩いて笑った。
バカにされているようで、幸尋はムッとする。



・・・ガチャガチャ・・・



冷蔵庫からしぶしぶ炭酸系500mlPETを差し出した。

楽しみにしていたドリンクを他人に渡すのが納得いかない。
これを飲ませて何とか早く帰ってもらわなければならない。



「おおっ!いいチョイスだね~」


テーブルに腰掛けて、受け取ると、
すぐにキリリとフタを開けた。


・・・んぐっんぐ・・・んぐ・・・


豪快にどんどん飲んでいく。


彼はテーブルに向かい合わせに座わったが、
その様子に思わず釘付けになった。



目を閉じて、あごを上にして飲む。
その姿が“ピュア”だった。



外見とは相容あいいれないものだったので、
それを何だか不思議に感じた。




「ぷはぁーっ!ん~何、何?」



視線に気付いて、テーブルの上に身を乗り出す。
幸尋の目の前で上目遣いした。


さっき感じた不思議さは、
すっかりどこかへいってしまった。



「ななな、何でもないです。」



「“な”が多いぜ~くひひ・・・」


アカネの上目遣いが気まずくて、
幸尋はあからさまに顔をそむける。



・・・げふっ・・・



(・・・うわぁ・・・人前なのに・・・)


ゲップにまた彼女を見てしまい、
思わずまゆをひそめる。

そんなことを人前でするのは、
彼にはエチケット違反だった。



「ユッキーはウブだねぇ~。童貞だろ?お前」


「ど、童貞!?・・・か、関係ないだろ!?」


またもや予想もしなかったことを言われた。
返す言葉が裏返ってしまう。


会ってまだ間が無いのに、「童貞」というフレーズが出た。
幸尋はその言葉に敏感だった。


(なんで分かったんだよぉ!!)


「童貞」成分が幸尋からにじみ出ているのかもしれない。
アカネはいともカンタンに彼が「童貞」であることを見抜いた。



「ね、ね、ね・・・あたしが童貞もらってあげよーか?」


「えっ?いや、あの・・・そ、そんなの女の子の言うことじゃないですよ!」


幸尋が思い描く女の子像とはぜんぜん違う。
アカネという女の子の出現に幸尋は翻弄ほんろうされっぱなしである。



「動揺してやんのwウソだよ!このバカ!」



思い掛けない申し出に、一瞬期待してしまった自分が情けない。

それにしても、彼女のリズムが全く分からなかった。
未知の他人、未知の異性に完全に戸惑っている。

身体がカーッと熱くなる。



「ぷいっ」


「それも声に出すんだ!あはははっ!
ユッキーって超~変だよね?変な童貞くんだね~」


「おい!初対面なのに失礼だろっ!!」


遠慮もなくズカズカと領域に入ってくる感じが
どうにも気に入らなかった。


彼女の言葉は思いがけないことばかりで、
うまく言葉を返せない。

もどかしくて仕方なかった。




「決めた、あたし、お前んちに入り浸る~」

人差し指を高く挙げて、勝手に宣言した。
さらにワケが分からない。




「もー帰ってよ!」


「おいおい!追い出すなよ、テメー!」



半ば取っ組み合いになった。
アカネは力がけっこう強く、反応が素早い。


「あぁああっ!」


「ふもぉおっ!」


幸尋は彼女に容赦ようしゃなく顔をぐいぐい押され、
ぱんぱん叩かれ、何度も見せてはいけない顔になる。

それでも、何とか玄関まで追いやった。




「また、来てやっからな!覚悟しろよ!」

やっとドアを開け、外にアカネを押しる。
まだ手足をバタバタさせて幸尋につかみ掛ろうとしている。

アカネの宣言に幸尋は青くなった。



・・・ガチャ・・・バーン!



「もう来ないで~!」


何とかアカネに最後の一押しが効いた。
急いで、ドアにタックルして鍵を閉める。

もうふらふらになっていた。



「・・・大変なことになった・・・」



取っ組み合いで、制服のブレザーはぐちゃぐちゃ、
ネクタイが解けて首に巻きついてしまった。


ただでさえ、ボサボサの髪の毛が
ひっちゃかめっちゃかである。


けっこう長い時間が流れたように感じた。

女の子ならではの言葉、ごちゃごちゃした感じ。
いっせいに降りかかり、あっという間に過ぎ去った。

あっという間の出来事だった。




「ボクの・・・ボクだけの家なのに・・・」




そのまま玄関にへたり込んでしまった。









(つづく)
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