そんなの女の子の言うことじゃないですよ ― ギャル系女子と出くわした無気力系男子 ―

たゆたん

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第14話(後篇):海辺の日

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■第14話(後篇):海辺の日







外に出てしばらく待っていると、
話し声がしたので振り返った。





幸尋ゆきひろは目を奪われた。







「・・・・・・・・・」



暖簾のれんをくぐって出てきたアカネ。

浴衣に着替えていた。





深い紅色が基調になっているのが印象的で、
全体に配色された白や黄が、かえって鮮やかに見える。





普段とは違う彼女だった。

少しりんとした涼しさがただよう。









「さぁ、行きましょう」






一行は委員長が下調べしたという店に向かった。

サンドウィッチが美味しい店らしい。










かきあげて留めた髪。


うなじに遅れ髪。





ときどき、アカネと目が合ってしまう。
ふたりは何も言葉をわさない。








しばらく歩いていると、
レンガ造りのカフェがあった。



委員長が先に行って、
店の前で待っている。








「ボクはパンにはうるさいんだよ」





店に入る前、幸尋が宣言した。


アカネも委員長も取り合わず、
安城は苦笑していた。







店内は少し暗めの照明で、
落ち着いた雰囲気だった。


微かにジャズが流れている。


見渡すと、店内から海が一望できた。
委員長が窓際のテーブル席に座って手招きした。





(よくこんな店知ってるなぁ・・・)


幸尋は内心感心した。




周囲を見回すと、お客は年配のふたり組が多い。
静かに話しながら、コーヒーをゆっくり楽しんでいる。







すぐにやって来た店員に、委員長が注文をした。
飲み物はそれぞれ好きなものを言いえた。





いろいろあるサンドウィッチから、
「たまごサンド」をチョイスしていた。






(まぁ、どうせ大したことないさ・・・)




幸尋はスーパーやコンビニで売ってるようなものを想像した。







・・・ところが、実物はぜんぜん違っていた。





サンドウィッチというよりも、
ハンバーガーのような厚みだった。






幸尋ひとりが興奮していた。

出来たてほやほやである。





「ゆ、湯気があがってる!」


「子供かっ!」



すかさず、アカネと委員長が同時につっこんだ。
鮮やかな手並みである。





厚くカットされたパン生地は2cmほどあるだろう。
表面には軽く焼き目があって、ふっかふかでいい香りがする。


その倍はあろうかというたまご。
何気なく見た幸尋は違いに気付いた。


このたまごは2層から成っていた。
たまご焼きと刻みたまごである。




幸尋はかぶせ気味に入ったつっこみに構わず、
取りかれたように、たまごサンドを手に取る。



・・・はふっ



躊躇ちゅうちょ無くかぶりつく。
いつになく真剣な顔である。


カリッ・・・もふっ・・・ふわわーん



焼きたてパンの香りがする。




(あぁ・・・何てことだ!
たまごが!あぁ、たまごいっぱいだ!)




厚いたまご焼きと、刻みたまごのまさかのコラボ。



濃くてやさしいたまごの甘味。
しっかりしたマヨの酸味とまろやかさ。



たまご焼きの層に歯が入っていくと同時に、
刻みたまごの細やかなつぶつぶ感が広がる。

こんな感触は初めてだった。



噛み締めるたびに、味と感触のハーモニーがたまらない。







(・・・ああ、たまごサンド・・・この瞬間、この世は平和・・・)





魅了されて、思わず目を閉じる。
美味しいものを食べると、幸せになる。









「くひひ・・・な?ユッキーって、
旨いもの食ってるときの顔、幸せそうだろ?」




「ふふっ・・・ホント、超絶子供っぽい」



それぞれたまごサンドにかぶりつきながら、
アカネと委員長が楽しそうにヒソヒソ言う。






「委員長、でかしたぞ!」


幸尋はうれしくなった。
いい店を教えてもらった。






「クチの周り、付いてっぞ!
マジ、子供かっ!?」



アカネにそう言われても、意に介さず、
また、たまごサンドにむさぼりついた。









・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






カフェを出て、海沿いの通りを歩く。







貝殻をアクセサリにして売っている店に入って物色したり、
土産物屋に入ったり。







ダブルデートといっても、違うカップルになって動いていた。


アカネは委員長と仲良く腕を組み、
幸尋がはぐれないように、安城が彼を見ている。








(・・・さっきのたまごサンド・・・
委員長がもっと前に食べておけば・・・)




幸尋は独り悶々もんもんとしていた。
あの「たまご焼き」事件がうらめしかった。









木陰こかげのあるベンチで少し休憩することにした。
目の前はすぐ砂浜が広がっている。





しばらく休んで、ぼんやり海を眺めていると、
委員長が急に話を持ちかけてきた。






「ねー?気分転換にちょっとだけカレシカノジョを交換しよー?」





「・・・それって、スワッ」



途中でマズイと思って、言葉を止めた。
もちろん幸尋しかこんなことは言わない。




アカネと安城は砂浜に転がっていたビニールボールで
バレーをやり始めた。






幸尋と委員長はベンチでまったり。

少し間を空けて座っている。










砂浜で、アカネと安城が楽しそうにしている。





楽しそうに遊ぶ姿。

それを見つめる幸尋は少し浮かない顔をしていた。








「どうしたの?せっかくの海だよ」




「これでも楽しいんだよ・・・ただ、ちょっと・・・」


その目は少し淋しい。







「アカネちゃんのこと、気になるの?いいじゃない。
少しだけの取っ替えっこなんだから・・・」






「アカネ・・・ボクといるとき、本当に楽しいのかな・・・」


そう言われて、委員長はあきれ顔になる。





「私ね・・・ユッキーの家で分かったの。
本当はすごくうらやましかった・・・距離感近いなって。」




「え?」



飛躍しているように感じられ、
言っていることがよく分からなかった。






「ユッキーごときが恋してるのがすっごいムカつく・・・」



はるか・・・」



「な、何!?やめてっ!!」


下の名前で呼んでみたら、意外に委員長に効いた。
いつもやられっぱなしではいけない。




「安城とアカネを見てて何ともないの?」



「正直、ムカついてるよ?・・・でも、私にぞっこんだから。」


よくそんな自信があると思って呆れた。
お互いがお互いに呆れている。





「恐れ入りました。」


「どういたしまして。」





そよ風が吹いて、ふたりは海を眺める。

キラキラと光り、波がゆらりゆらり。
どこまでも穏やかだった。






「ボク、こういうの初めてなんだ。不釣合いだってのは分かってるし、
アカネのことあまり分かってないし・・・。」



返しはキツかろうとも、彼女の意見が聞きたかった。





「・・・そんなことないよ」




「いつかアカネがフッといなくなるんじゃないかって思うんだ」









浜辺に波が寄せては返す。





しばらく何も言わず、彼の顔をじっと見つめた。






「アカネちゃんは幸せ者だね・・・」



「どういうことなんだよ・・・」



「分からないんなら、それでいいの。」




彼女の言葉はところどころ大切なところが分からない。











・・・一瞬、周囲から音が消えたようになった。







「・・・あの日のこと内緒だからね・・・」



「あぁ分かってる・・・」




「闇を抱えたまま・・・これからも・・・」



「・・・これはふたりにしか分からないよ・・・」





淋しい目になっていた。


分かったところで、知ったところで、どうしようもない。
それでも虚無きょむのなかでこうした出会いがあったのは幸せだった。


闇を抱えた者同士・・・。





それを振り切るように、立ち上がって背伸びする。










海辺から駅に向かう道すがら、少しシャレたカフェがあった。
委員長はもちろんその店を下調べしていた。


ここもオススメのドリンクを知っていて、注文を任せた。








出てきたのは2つのトロピカルドリンクだった。




基本はパイナップルとグレープのジュースらしい。


しゅわしゅわ炭酸の粒が上がっていく。
大きなグラスについた水滴が垂れていく。




ドリンクというよりも、パフェみたいだった。
フルーツがいろいろ盛り付けられている。






「あれ、もう2つ来ないね?」



幸尋が心配していてみた。






「何言ってるの?これでいいの。」




「どういうこと?」


驚いた顔でさらに答えを求めた。





「分かんない?こうするのよ。」


すると、委員長と安城は顔を近づけて、
1つのグラスにストローを挿した。






「あ!」



うろたえてしまう。







「ユッキー、さっさと飲もうぜ♪」


アカネは楽しそうにストローを2本無造作にグラスに挿し込んで、
自分はさっそく口をつけている。





「・・・う、うん」




仕方なく口をつける。



甘酸っぱいパイナップル・・・
しゅわしゅわする炭酸・・・


口の中いっぱいに広がっていく。




それでも、目は間近のアカネに向いている。




大きな瞳だった。
本当に不思議に思う。


あんな性格なのに見入ってしまうほど、
瞳はどこまでも深く、きらきらしている。




視線に気付いて、目が合う。


「何見てんだよ・・・ぜんぶ飲んじまうぞ?」





・・・ちゅちゅーっ・・・



みるみる減っていく。












カフェでいろいろと話はしていたと思う。

幸尋にはそれが曖昧あいまいなものに感じられた。






自分も話していたのは確かだし、
話もみ合っていた。





それなのに、その記憶はぼんやりとして、
ところどころ抜け落ちるように、消えていった。











日頃、代わり映えのしない高校生活に、
この日のダブルデートは新鮮だった。




それをしっかり噛み締めきれないうちに、
時間はただ流れていった。




日常に帰る時間が近づいた・・・。










1輌しかない電車が来た。






また4人は海が見える方に並んで座った。


乗客は彼らだけ。







日が差し込んでくる。

コントラストがくっきりして、影が車内を流れていく。



レールのつなぎ目を走る音が響く。







「海もいいよね・・・」


そうつぶやく委員長に、みんなうなづいた。












・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







家に帰ってから、幸尋は気が抜けていた。





ごはんが終わり、かたづけも終わり、お風呂にも入った。
意外に日焼けしていて、肌がヒリヒリした。

海に行っていたんだな、とぼんやり思う。




彼はリビングでテレビを見始めた。

ただ、目はうつろで映像は通り過ぎていくだけだった。







「どうしたんだよ?湯当たりでもしたのかよ?疲れたのか?」


彼女がすぐ横にドサリと腰を下ろす。







「・・・今日、変なことが気になって・・・不安だった。」





「それ、話してよ・・・」



やさしい声だった。
彼の様子を気遣きづかう風情。








「アカネがどこかへ行ってしまう気がしてしょうがない・・・」





・・・隣にいて、何も言わない。





しばらくしてテレビの画面を彼女の顔がふさいだ。




彼からリモコンを奪うと後ろ手にテレビを消した。







・・・体重を彼に傾けた。



上気した彼女の顔。






鼓動が一気に高まり、何も聞こえなくなる。




思い切って、彼は顔を重ねた。




くちびるが触れ合う。








後はふたりの荒い吐息。





そうして夜は更けていった。













(つづく)
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